第2話

 名前はルネ。ルネ=アンブロワーズという名だった。


 ここら地域では黒の髪と赤い瞳は片方だけでも不吉だと忌み嫌われている。ルネは両方ともそれに当て嵌まっていてそれで実の親から捨てられ、髪と目の色から『悪魔の子』と罵り町中でルネを殴ったり暴言を吐いたりしていたらしい。


 町の名前は知らない。しかし思い返してみたところ中世みたいな感じだった。

 ここは町の近くにある森。ここの名前も知らない。どうやら他の人たちに痛めつけられては森に入って身を休めていたらしい。


 この世界には魔物が出てくるらしく、この森からも魔物が出てくる。だから町の人は滅多に森に入らないのでここでは人に怯えなくて済む。


 何度も森に入ってはいたがこれまで一度も魔物に出会ったことがない。そのことに不思議に思うが危険な目に合わないのならいいことだろうと幾度となくこの森を過ごしていた。


 森に入る一番の理由はこれだ。


「んぐっ、ぷはぁ……もっと……」


 この湖の水を飲むと体の痛みがなくなるのだ。空腹は埋まらないが体の痛みだけでも治るのならそれは僥倖ぎょうこう。喉だけではない体の渇きが染み入ってくる水によって潤っていく。


「さて……ここまではいいとして」


 見覚えのあるという理由がわかってしまった。


 ルネ=アンブロワーズ


 悪魔の子


 森の中の幻想的な湖


 体が回復する水


 どれも知っている。


「『明けの聖剣』」


 それは昔ハマって読んでいたライトノベルの名前だ。それはコミカライズ化、アニメ化までされた傑作でこの男もまた、読者の一人であった。


 ある、一人の男が異世界に転生し、『勇者』となって世界に蔓延る邪教の敵と戦っていく話である。勇者となり、戦い、苦悩し、仲間と支え合って敵を討ち果たしていくテンプレ的な話でもある。


 しかし、個々の情景描写や話のテンポ、繊細さが話題を呼んでヒットしたのだ。数々の個性的で魅力的なキャラクター達との交流や交戦に読者や視聴者たちは固唾を呑んで進んでいく物語を見ていくのだ。


 ルネ=アンブロワーズ


 その名前を持つ人物は『明けの聖剣』にも登場している。


 中ボス、敵対する邪教の幹部として。


「これが中ボスの『麗しの狂戦士』ねぇ……」


 こけた頬、今でも転べばポッキリと折れてしまいそうな体。顔は泥で汚れているがよくよくと見てみれば将来を期待できる顔だが今ははっきりと言って貧相だ。

 それにこんな蹴られ殴られ、食事も満足にできず力の入らない体では戦うも何もない。だから将来その二つ名が付くのかと疑問に思えるぐらいだ。


 現状を見てため息を吐く。


 なんとも物騒な名前だが、このキャラクターだからこそと言えるものである。


 美しい相貌を狂気の笑みに歪め、敵味方問わずにその卓越した剣技と魔法で血に染め上げていく。そう、敵だけではない。味方さえも血に沈めていく。笑ったまま。それは正気の沙汰ではない。だから狂戦士。一度剣を取れば全てを切り裂くまで終わらないのだ。


「今までが今までだし、これからそういう風になってもおかしくないんだよな……」


 何せ、現在でも底辺だ。倫理も常識もあったものではない。

 自分以外は全て等しく敵である。それは同じ邪教に身を置く者でもといったところである。


 まあ、それだけではないのだが。


 ところで話は変わるが、これは異世界転生と言ってもいいのだろうか。


 記憶の最後、何かが体の中に入ってきた感じがしたようなのだ。


 これだけなら、まだわからない。


 しかしこの記憶は自分が目覚めた後、後付け・・・で甦った感じなのだ。その記憶は自分のものではなく、他人の記録という感じに感じてしまう。


 これらから推測すると、自分はこの体に憑依したというものではないのだろうか。そんな考えが頭に浮かぶ。


「しっかし、これからどうするよ?」


 今まで定期的に安心する湖からわざわざ危険な町に繰り出ていたのは唯一自分に優しくしてくれた老人が居たからなのだ。それもついこの間老衰で天に昇ってしまったのだが。悲しい、おっとこの体の持ち主らしき感情が漏れ出てしまった。


 だからもう町に行く必要はないのだ。ここには十分な食料と水がある。


「それにここって聖域なんだよなぁ……」


 だからTHE・ISEKAIな花や果実も実は普通ではない。で、瀕死の子供が辿り着けるぐらい町から近い所に聖域があったのなら人がこぞって入ろうとするのではないかと思われるのだが……


「設定だと神に認められた者じゃないと入れないらしいからなぁ……」


 思わず遠い目をしてしまうルネである。ガリガリの子供が幻想的な風景の中で遠い目をしているのはなかなかにシュールだ。


 こんな悪魔の子と呼ばれて痛めつけられていたが神に認められているというのは皮肉なものであろう。神とは言ってもこの国で一般的に・・・・・・・・祀られている光の神ではないのだが。


 聖域なので湖の水は生で飲んでも平気だし、あの果実はまさに天にも昇る程の美味らしい。なので希少でもあるその果実は見つけたら王に献上しなければならないとされている。この体の持ち主はそんな知識も教養もなかったので不気味がって食べもしなかったが。

 そして何よりここは雨が降らないし気温も高くもならず低くもならない。


「……ここでずっと住んでいられるな」


 暫くは大丈夫だろう。木にじ登り、クリスタルの果実――神水晶の果実をぎり取って一口齧りつく。


「――――――はっ」


 気づいたら手に持ってた神水晶の果実を食べきり、次のを捥ごうとしているところだった。


「正に天にも昇る程の美味と言われるだけあるな」


 これを一口食べたら他の果物なんて色褪せてしまうだろう。それぐらい美味しいのだ。これ一つで大国が戦争をした程である。


「そうだな、しばらく……最低限はあれが発現するまでここで過ごすか。記憶通りなら五歳まであともう少しだからな」


 そしてそれを十分に扱うことができるようになったらこのままこの森を抜けよう。自分がルネだというのなら、この森では魔物に襲われる・・・・・・・ことはない・・・・・


 森を抜けた先にある隣国に入って一先ず安住の地を見つけてそこで過ごしていく。とりあえずの目標はこれだ。元の町に戻る意味はない。


「ふぁ……ねみぃ……寝るか」


 体もさっぱりと回復し、腹も満たしたことでルネに眠気が襲ってきた。

 そのまま草葉の上に寝転がり体を丸めて寝る。


 この先の未来に幸せが来るように願いながら。

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