終焉からの導き ―中ボスになるはずだった男の俺TUEEE物語―

@TORIK666

第一章 本編開始前

転生

第1話

「この『悪魔の子』がッ!生意気な目をしやがって!」


「ガッ……ゴホッ」


 腹を力加減無しに思い切り蹴られて何回か地面を転がる。蹴られた腹に手を当てて、むせるが何も入っていない胃から出てくる物はなく、コヒュコヒュと息を吐き出すだけだった。


 蹴られた場所は痛みを通り越して熱く感じる。薄ボンヤリとした意識の中でそれを感じながらいつまでこの生活を続けなければならないのかとそんなことを考えていた。


 その後も何回も蹴とばされたりして男が立ち去った後、丸めていた体を広げて立ち上がり、体を休められる場所に向かって歩く。


 蹴られた拍子に骨に罅が入ったのだろうか、左脚に体重を掛けようとすると尋常じゃない痛みが走る。


 脚を引き摺りながら少しずつ前に歩を進めていると遠巻きにこちらを見ながらひそひそと話している町の町人が目に入る。いつもこうだ、早くあそこに行きたい。少しでも体を休めないと、明日も生きていられるのかすらわからない。


 そのうち人目もつかなくなり、最近見つけた防壁の穴を潜り、森へ入る。ここなら大丈夫、もうあの人達はいない。強張る肩から力が抜けてゆっくりと目的地へと向かう。


 鬱蒼とした木々の中を長い時間をかけて歩くと突如開いた視界に光が飛び込んできた。


 キラキラと輝く湖面、その周りには淡い色をした花々が咲き誇っており、楽園となっていた。


「うっ……」


 湖の畔に生えている木の幹に寄りかかって目を瞑る。ああ、今後はどうしようか。そう思ったが落ち着いた今はぐちゃぐちゃといろんな感情が頭の中を駆け巡って何も考えることができない。


「っあ……」


 気が抜けて視界が暗転する瞬間、自分の中に何かが流れ込んできて自分が端に奥に押しやられる・・・・・・感覚がした。


 でもそれは怖くなく、何故かわからないけど何時ぶりかわからない温かさに目を閉じて奥へ沈んでいった。


 ・・・


「あー、疲れた」


 時は既に夜の八時。空は暗く街路のイルミネーションが目に眩しい時間帯だ。


「お疲れ様でっす、先輩」


「ホントだよ、あんのクソジジイ自分の不始末を俺に押し付けやがって、何が『後はやっといて』だ。やったらやったで自分の功績にするんだろう?」


 首に手を当ててクキリと回転させる。長時間パソコンに向かっていたからか肩が凝っている気がする。


「あはは……あの人はあれですもんね……」


「まったく……今日はさっさと家に帰ってパーッとビールを―――」


「 み ー つ け た 」


「はっ?ガッ―――」


 後ろから女の声が聞こえたと思ったら背中に衝撃がかかった。


「先輩ッ!?」


 一瞬、とてつもない痛みを感じて―――それは直ぐに熱に変わった。

 次の瞬間、何かが背中からズルリと抜けていく感触がして俺は立ってられなくて地面に崩れ落ちた。

 どこか遠くからあいつの声が聞こえる。それと同時に悲鳴も聞こえた。

 あいつの声には焦りが含まれていてどうしたそんなに焦って、と言おうとしたところで喉の奥から熱いものがせり上がって吐き出す。


「ゲホッ、ゲッ、っ……血?」


 口に当てた手を見てみると見事に赤く染まっていた。道理でぬるっとした感触をしていたもんだ。


 出した声も掠れていて口の中は鉄の味で埋まっていた。


「先輩ッ!血が、血がっいっぱい出てっ……!」


「うふっ、うふふふふふっ、あはははははっ!」


 あいつの声と女の笑い声。周囲の人から119番を呼ぶ声も聞こえる。

 背中が熱い、そして服が凄く湿って気持ち悪い。


 横に倒れた視界にあいつと狂った笑い声をあげているらしき女が目に入る。女は血走った眼をして頬を釣り上げながら俺を凝視している。頬と着ていた白と青のチェックのワンピースには生々しい赤の色が付いていて、その手には包丁を握っていた。


「だめでしょう?だめでしょう?わたしからにげちゃ。ねぇ?こうじくん」


「お、お前ええええっ!先輩をッ!!」


 どこか見覚えのある女の顔。どこだったかとぼんやりと見つめていたら思い出した。確か高校時代のクラスメイトだったはず。クラスのマドンナと言える存在で教室の端でぼんやりとしていた俺にも優しく声をかけてくれた人だ。


 それがどうしてこんなところで包丁持って俺を凝視しているんだろうか。とても恐怖を感じてしまう。接点はあまり無かったはずだ、ただ少し世間話をしていただけ……今の様子を見るに向こうにとってはそれだけではなさそうだが。


 確実にその手に持っている包丁で刺されたのだろう。返り血が付いてるし、背中がびしょ濡れなのだ。


 昔から女運が悪くて唯一このひとは大丈夫だろうと思えたひと。しかしこの様子を見るに例に漏れず、ってやつだろうか。


 血がなくなってきた頃なのか寒くなってきた。それでも背中だけは灼熱のように熱くて、ボンヤリとした意識の中でそれだけを感じて目を閉じる。そしてどこか自分が抜けていくような感覚がしたのははっきりとわかった。


 でも、一つだけ最後にやりたかったのがある


 ・・・


「ビール飲みたかったな」


 これは誰の声だろう、かなり幼い声だ。そう思った時、ハッと目を開けた。そんな幼い子がそんなこという訳ないじゃないか。しかも自分が思ったことと同じことを。


「っ……いったぁっ!!」


 体中に走る痛みに地面を転がる。と、そこで異常に気付いた。


「ここ、何処だ?それにこれはどういう状況?」


 一目に入ってきたのは自分を取り囲む木々と光に当たって輝く池……というか湖?があった。


 そして明らかに変わっている声と視界に入る小さな手。体中の痛み。俺は背中から刺されたのであって決して体中を殴られたかのような怪我はしていなかったはず。特に左脚が一番痛い。骨が折れているのではないかと思ってしまう。


 立ち上がって痛む左脚を庇いながら湖に近づく。


 ゆっくりと屈み、地面に手を置いて覗いてみると幼子が見えた。


「あ……誰?」


 大体四、五歳ぐらいだろうか。大きな目をまんまるにしてこちらを覗いていた。

 黒いぼさぼさの髪に血のような赤い瞳。頬はこけていてご飯を満足に食べれていないのだろうかと不安に思う。


「あ、もしかしてだけど俺か?……って、すっげぇ痩せてる」


 布切れ同然のシャツから覗く腕は骨と皮しかないように見える。その腕にも痣や擦り傷が沢山ついていて明らかに虐待の痕だとわかる。


「それにしても、死んだはずだったんだが……」


 あの女に背中を包丁で刺されて死んだ。それははっきりと覚えている。自分にとっては今さっきのことだ。


 だけど今は見知らぬ森の中で違う人物となって生きている。


 体はとても痛む。だけどそれは生きている証でもあった。


「それにしても、どっかで見たことがあるような顔をしてるんだよなぁ」


 どこだっけ、と首を傾げるも別人だし、こんな子供だ。ないだろうと結論付ける。


「これって、もしかしてファンタジーとかでよくある異世界転生?なんか明らかに地球ではありえないような植物も生えてるし……ありえない、と言いたいところだけどこの状況からしてねぇ」


 はっきり言って異常だ。


 辺りを見回すと少し向こうの木の根元の草陰に淡く発光している小花が生えていた。その上ではクリスタルのような果実が枝から重く垂れ下がっている。


「って、この光景もなーんか、見たことある気がするな」


 これってただ単に体が見ていただけなのでは……それならあり得るかもしれない。

 何せ、目を開ける前の記憶はないのだから……


「あれ?あるじゃん」


 前の記憶、と考えたら滲みだすかのように一つ思い出し、その後それを切っ掛けにしたように様々なことが頭に浮かんできた。


「あ、ちょ、まっ」


 突然の記憶の洪水に頭が混乱して意味のない声が出てしまう。それが落ち着いたのは二、三分した頃だった。


「っ……はぁ、ちょっと整理するか」


 まだ混乱しながらも少しずつ記憶を整理してみる。

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