真夜中の学校でラーメンを啜る

花見川港

真夜中の学校でラーメンを啜る

 ビーカーで沸かしたお湯をカップ麺に注ぐ。


「……先生」


「なんだ」


「なんで俺たち、理科室でラーメン食おうとしてんすか」


「小腹が空いたからだ」


 時は深夜零時。男子生徒と体育教師の二人は、両手を膝の上に乗せて三分待機していた。部屋の照明は使うと目立つので部屋は薄暗く、手元は懐中電灯で照らしている。


 漂うニオイに生徒の腹が鳴り、零時三分、蓋を外す。


 「トッピングいるか?」と教師は保冷バッグからマヨネーズ、塩、胡椒、チーズ、七味、茹で卵、ハム、などを取り出して机に並べた。


「なんで持ってんすか」


「持ち歩いてるんだよ。こういうときでも、食事はしっかりした方がいい」


 カップ麺に茹で卵、ハム、チーズ、マヨネーズ、七味をぶち込んで麺を啜っているのを見ながら、生徒は茹で卵だけ貰った。


 腹を満たすと今度は眠気がやってくる。教師は眠気覚ましにビーカーでコーヒーを入れた。


「先生」


「ん?」


「俺たちいつまでこうしていればいいんですかね」


「さあな。もしかしたら明日まで終わらないかもな」


「げぇ」


「しょうがないだろ。もとはといえば、お前が倉庫から持ち出してきたのが悪い」


「不良品置き場がそんなやばい倉庫だって思わなかったんすよ!」


「そもそも掃除中に箒で野球なんかしなければ、壊したことを隠そうとすることもなく、こんな面倒ごとにならなかったんじゃないか」


「ぐっ」


 へえへえ結局全部俺が悪いですよだ、っと生徒は不貞腐れる。


 トタ トタ トタ――


 足音。にしては妙な違和感のある音が理科室に近づいててくる。


 教師はスッと姿勢を低くし、そろりと近づく。生徒も足音を忍ばせ、教師の後ろで耳を澄ませる。


 心臓の音がうるさかった。口に手をあて、早まる呼吸の音を抑え込む。


 トタ トタ トタ――


 もうすぐ理科室の前を通る。自分たちのすぐ横を。


 目の前の背中の肩甲骨あたりが盛り上がった瞬間、教師はドアを勢いづけで開け放つと同時に飛び出した。


「かぁくほぉおおおお!!」


 さすが体育教師、見事なタックルである。


 飛び出した内臓・・が生徒の顔に当たった。


「イテッ」


 顎を思いっきり打った内臓の模型を拾う。


 教師が捕まえた『人体模型』は、じたばたと暴れていた。固い物を打つような音がするが、教師は気にせずあっという間に縄で人体模型を縛り上げた。


「うおっ」


 外れた模型の右手が後ろから教師の首を掴んで締めようとしている。


「先生!」


 なかなか強情で、生徒は咄嗟に手にしていた内臓を右手に向かって振り下ろした。人体模型の体が大きく震えて、力尽きたように大人しくなる。


「はぁ、はぁ……」


「よくやった!」




 この学校には、今はもう使われていない備品をまとめてしまっている『不良品置き場』と呼ばれる倉庫がある。ただ使われていないだけではなく、そこにあるのはかつて学校を賑わせた怪談の主役たち。


 夜に動く人体模型。動く音楽家の肖像画。ひとりでに鳴るピアノ。喋る石膏像。人を喰べる絵画。首に変わるボール。不幸を呼ぶ姿見。そういった曰く付きのモノたちが封じられているわけだが、稀に今回の生徒のように持ち出してしまう者がいる。


 それを捕まえて回収し見張る保管するのが鍵を管理している体育教師の役目なのだ。


 今回生徒に手伝わせたのは、模型を壊した罰である。


「反省したか?」


「はい……」


 夜明けの光が目に染みる。動く人体模型の待ち伏せなど、もう二度とやりたくない。


 しかし二日後、その生徒は再び真夜中の学校でカップ麺を食べる羽目になる。

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