勇者ちゃんと夜のイケナイこと

南木

イケナイこと?

 これはリーズがまだ王国で勇者をやっている時のこと――――


「あれ……暗い。まだ夜なのに……目が?」


 ある日の真夜中、リーズは王宮内にある自室にある豪華なベッドでふと目を覚ました。

 いつもは忙しさと疲れで死んだように眠る彼女だが、この日はなぜか目が冴えてしまったのだ。そして、その理由はすぐに分かった。


 リーズのお腹が「ぐぉおぅ」と唸ったのだ。


「あ……しまっ!?」


 王国にいる間は、模範的な勇者として空腹の音すら無理やり我慢していたリーズは、空腹の音を抑えきれなかったことで反射的にまずいと感じたが、幸いこの部屋にいる限りはリーズは誰にも見られずに一人だった。

 誰にも聞かれてないとわかりホッとしたリーズだが、今度は別の問題に気づく。


「…………おなか、すいたなぁ」


 熱前に行われていたパーティーでは豪華な夕食がずらりと並んでいたが、勇者リーズは王国の重鎮や王家の人々と絶えず交流せねばならず、パクパクと食べている暇はなかった。

 パーティーの前に多少は食事を摂ったものの、それだけでは明らかに足りない。


「早く寝ないと、明日のお仕事がつらくなる……でも」


 勇者リーズが休めるのは睡眠の時だけだ。

 なのに、極度の空腹のせいで安らかな気持ちにならず、眠気を全く感じない。

 こんな時は夜食の一つも食べたくなるが、宮廷料理人は起きていないだろうし、たとえ起きていても、決められた時間以外の食事は断られてしまうだろう。


 このまま朝まで空腹のまま横たわるほかないのか?

 豪華な部屋の中にいながら、リーズにとってはまるで牢獄の中にいるのように感じるのだった…………。



 ×××




 「きゅるるぅ~」という可愛らしいお腹の音で、リーズは目を覚ました。


「あ……あれっ!? さっきのは……夢?」


 目を覚ましたリーズはまたしても夜の暗闇の中にいた。

 しかし、先ほど見ていた夢と違い、全身がいい心地の温かさと安らぐような香りに包まれている。


 リーズは今、生まれた姿のまま……布団の中で夫のアーシェラを抱き枕にしていた。


「うぅ……夢でよかった。あんな思いはもう二度としたくないわ。でも、やっぱりお腹すいたなぁ」


 かつてリーズが経験した寂しくてつらい記憶……それが現実ではないことに胸をなでおろしたリーズだったが、残念ながら空腹感だけは現実だった。


 王国にいた頃と違い、アーシェラの手料理をお腹一杯堪能できるようになってからは夜中にお腹が減ることはほとんどなかった。

 しかし、前日に村でちょっとしたイベントがあり、夕方前という変な時間に村人全員で食事をしたせいで満腹感が朝まで持たなかったのである。


「どうしよう、シェラはまだ寝てるし……起こすのもかわいそうだよね。自分で何か作ろうかな……?」

「……? う~ん、リーズ?」

「あぇっ!? シェ、シェラっ!? 起きちゃった?」


 ぐっすり寝ている旦那様を起こすのは忍びないと、こっそりベッドから出ようとしたリーズだったが、リーズがもぞもぞしすぎたせいかアーシェラも起きてしまった。


「ん~……まだ夜か。どうしたの、お手洗い?」

「えっと、それが――――」


 リーズがなんて言おうかと迷っていると、彼女のお腹の方が先に「ぎゅー」と鳴って、一切合切を説明してしまったのだった。


「あ、あうぅ……」

「そっか……お腹すいたんだね。そういえば夕飯もかなり早かったし、寝る前もし……僕も小腹がすいたかも」

「えっへへ~、シェラも? じゃあ、一緒に夜食作ろっ!」


 こうして二人は、夜中に食べるものを作るために二人で台所に向かった。

 時刻は午前1時ごろであった。



「何作ろうか、シェラ?」

「宴会の余りがあったはず。何が残ってるかな? 野菜は使えるかな? お肉は……?」


 さて、いつもは朝食も夕食もきっちり作るアーシェラだが、夜食となると勝手が若干違ってくる。

 食べたらすぐに寝るので、それほど凝ったものは作れないし、なにより食材は今家の中で保管している物しか使えない。


「パンに、ひき肉に、チーズに、玉ねぎに……レタスやトマトはないな。サンドイッチが作れるかと思ったんだけど。あとは冷やした卵か……」

「そう、シェラ? 何か作れそうかな?」

「そうだねぇ……………ちょっとアレを試してみようか。リーズ、まずはそこの黒パンを中央部だけ器になるように切り取ってくれるかな」

「わかった!」


 作るものが決まったようだ。

 まず、リーズが硬い黒パンが器になるように中央をナイフでくりぬいていく。

 その間にアーシェラはフライパンでひき肉を炒め始めた。


「夜食だから重いものは食べたくない、何か軽いものを…………なんてこと、リーズは思ってたりする?」

「ええっと……リーズは軽いものでもいいけど、お肉使うの?」

「ふっふっふ、分かってるとも。リーズは夜でもガッツリ食べられる、いやむしろ夜食こそお肉やチーズを使うドッシリ重いもの、食べたいでしょ!」

「うんっ!!」


 リーズは満面の笑みで大きく頷いた。

 結婚したとはいえ、アーシェラは二十歳を少し過ぎたばかりだし、リーズに至ってはまだ二十歳にすらなっていない。

 そんな二人の胃はまだまだ頑強であり、胃もたれなどとは無縁だった。


 炒めたひき肉と玉ねぎをリーズがくりぬいた黒パンの穴の中にぎっしりと詰め込むと、その上からさらにチーズをのせ、くりぬいた後のパンくずを粉にして振りかけ、更には温めた卵をトッピングする。

 そして、これを鉄板に乗せて竈の中に入れることで強引にオーブン。


 こうして出来上がったのが『ひき肉グラタンパン温玉乗せ』


 香ばしいパンの匂いと、チーズや卵が混じったひき肉の暴力的な香り……

 本来夜食にはタブーになるものばかりをあえて使った、罪深い逸品である。


「えっへへ~、すごいねこれ♪ 食べた分の二倍くらい太っちゃいそう♪」

「と言っても、リーズならこれくらいすぐに消費しちゃうんじゃない? でも、自分で作ってなんだけど、絶対身体に悪いよね」


 焼きたてのグラタンパンは非常に熱々で、冷めるまではナイフとフォークで切り分けなければいけない。

 それでも、パンの上に乗ったチーズと卵入りのひき肉のおいしさは飛び切りで、真夜中の空腹にずっしりと染み渡った。


「これ、すごぉい……♪ トロトロでおいひぃ♪」

「ほんとうに……癖になりそうな味だ」

「えへへ、それになんだかこんな夜中に食べるなんて、いけないことしてるみたいだねっ」

「そうだね、でもたまにはこんなイケナイことを悪くない」

「ねぇシェラ……リーズね、起きる直前に夢を見たの」

「夢?」

「まだリーズが王国にいたとき、今夜みたいに夜中に起きちゃったことがあるの。パーティーに出ても忙しくて、リーズだけご飯食べられないままだったから、夜なのにお腹がすいちゃって。でも、何か食べたいなんて言えなかった。そんなこと言ったら、止められるってわかってたから」

「勇者として、我儘なんて言えなかったんだね」


 毎日幸せに過ごしている今は、王宮の窮屈な仮面生活は遠い過去のように思えるが、それでもごくまれに辛かった思い出が蘇ってくることがある。

 たった一年程度でしかなかったのに、リーズのトラウマは根深かった。


(リーズにそんな思いをさせるまで酷使していたくせに、見かけだけの幸せを押し付けて……自分たちは何もせず楽しようとしているだけ。やっぱりあの国は、ちょっと痛い目見てもらうしかないみたいだ)


「シェラ……?」

「あ、ああごめん……本当にひどいことばかりされて、リーズも大変だったでしょう。その嫌な思い出をこれで帳消しにできるかわからないけれど、美味しそうに食べてくれてとても嬉しいよ」


 リーズを辛い目に合わせた王国に憤りを覚えたアーシェラが一瞬怖い顔をするも、愛するリーズの手前、すぐにいつも通りの顔に戻した。


 そして、そんな話をしているうちに二人はあっという間に夜食を平らげた。

 作る手間が簡単な割には、とても満足がいくものであった。


「うん……こんなに満腹になる夜食は久しぶりだ」

「美味しかったね、シェラっ! でも、お腹いっぱいになったのにまだ眠くならないね。ねえシェラ……せっかくだから久しぶりに夜のお散歩しない? リーズたちが遅く起きても、きっと誰も困らないから……」

「うん、眠くないならいっそのこと真夜中を満喫しちゃおうか」


 春が近づいてきたとはいえ、夜はまだまだ長い。

 リーズとアーシェラは、珍しく余り眠くない真夜中をもっと満喫すべく家を出たのだった。





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勇者ちゃんと夜のイケナイこと 南木 @sanbousoutyou-ju88

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