ボクは真夜中にだけ息をする

プル・メープル

ボクは真夜中にだけ息をする

 人間はみんな、ジコショウカイが好きらしい。彷徨い歩いた夢の中で、よくその光景を見かけるから。

 けれど、ボクはジコショウカイなんてしたことがない。ボクが唯一存在することを許された夢の中には、誰の記憶からも独立した存在が他に居ないから。

 そうでなくとも、ボクは自分でもボクが分からない。夢が終わればパッと消えて、始まれば自由に歩き回れる自分が誰なのか。

 人間たちの夢から記憶を探ってみても、ボクが何に当たるのかが載っている本は見つからなかった。


「今日も自己紹介の夢か。ニュウガクシキってのが最近あったらしいから、その影響なのかな」


 今日やってきたのは、ショウガッコウというところに行き始めたばかりの女の子の夢だ。

 ジコショウカイというやつで名前と好きなことを発表する。これまで何度も見てきた流れなものの、今日もやっぱり何かが胸につっかえる。

 自分があの場にいたら何を言うのか、自分の好きなことって何だろう。そう考えてしまうからかもしれない。

 けれど、誰かの夢の中にしか居られず、本物の太陽も本物の月も見たことがない自分の好きなものなんて分かるはずがなかった。

 だって、偽物しか知らないのだ。こうして考えている間に進んでいくジコショウカイも、結局彼らの理想を映し出す偽物でしか――――――――。

 そう思いかけた瞬間、この夢を見ている本人である女の子が立ち上がった。これから彼女の番らしい。


「し、しみず……」


 声が震えている。彼女は緊張しているようで、自分の名前ですらはっきりと言えていない。

 いつも見てきたジコショウカイは楽しそうだったが、シミズのこの夢はすごく辛そうだ。

 何度も言葉を詰まらせる様子に、クラスメイトになったやんちゃそうな男の子がからかい始めてからは、ボクにまで影響するほどマイナスな感情にまみれていた。

 これはきっと本物だ。夢であっても、理想なんかじゃない。シミズはトラウマになった瞬間を、思い出したくもないのに夢で見させられている。

 机の上にポタリと落ちる涙を見て、触れられもしないのに手を伸ばしてしまった。

 ボクはあくまで夢を眺める存在で、干渉しようとしても硬い何かに覆われていて進めない。

 けれど、誰もが幸せそうに見るはずのジコショウカイの夢を、こんなにも辛そうに映し出す彼女を放っておけなかった。


「…………」


 その瞬間だった、ボクの手の中に硬い何かが現れたのは。

 自分でも考えたか考えていないかも分からないほど間髪入れず、その硬い何かで夢の殻を叩き割る。

 これはきっと、ボクの中に初めて生まれた『やりたいこと』を叶えるための道具なのだ。

 その証拠に、殻を失った夢に飛び込んだボクは、いつの間にシミズの手を取って逃げていた。


「え、だ、だれ……?」


 初めて自分へ向けて聞かれたその台詞に、ボクは躊躇うことなく満面の笑みでこう答えたのだった。


「シミズに幸せな夢を見せる存在だよ」


 今やるべきことはきっと、辛い夢を見ている人を連れ出してあげることなんだ。

 そう考えたボクは、シミズを別の夢へと連れていった。そしてまた別の夢へ、別の夢へ……。



 翌朝、とある小学一年生の女の子が、まるで魂が抜けたかのように突然亡くなったことはあまり知られていない。

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