クロスボウ

 「お前のガタイは一般人に比べると異様な程に良い、私を追ってくる奴らはまずお前を目に留めるだろう。そこを、私が殺す」


 薙は目的地も言わずに淡々と道を歩く。自動販売機、コンビニ、いつもと同じ筈の見慣れた道が、打って変わって不気味に思える。普段は深夜に出歩くことなんてないからだとは思うが、それとは別に理由がある気がした。


 「どこまで行くんだ?」

 「この辺りにある駅に行く」

 「道は分かるか」

 「gooleマップがある」


 薙は縞模様のケースをつけたスマホを背後にいる俺に手渡した。狭川駅、と入力されたマップが画面に映っている。ここから3km、かなり近い駅だ。あそこの駅弁は鳥もも肉が美味い、少し値は張るが。そう考えていると、刀の先が指に少し刺さった。返せ、という意味だろう。スマホを薙へ手渡す。


 「その駅は弁当が美味いんだよ、食べるか?」

 「そんなに暇が私にあると思っているのか、馬鹿が。自分の置かれている状況を見つめ直してみたらどうだ?」

 「目が痛いな」

 「だろうな! それはそうだろ! 切ったんだから!」


 目の傷は燃えるように痛む。だが、片目如き無くても同じようなものだ。今、この瞬間の方が大事だ。


 「調子狂うな…あんなサラッと付いてくるとは思わないだろ…普通…」


 会話が途切れ、5分程たった頃だろうか、狭川駅が見えてきた。こじんまりとした駅で、廃駅と言われても違和感は無い。駅員は近所に家を持ってる爺さんの一人だ。当然、今の時間帯にいるわけがない。


 「この駅の駅員は爺さん一人だ、今の時間帯じゃ厳しいだろう。悲しいが、これも少子高齢化のせいだな」

 「駅につけただけで万々歳だ。刺客を迎え打てる」

 「やっぱりその…ボウガンで脳天を貫いたり、刀で袈裟掛けに切ったりするのか?」

 「ああ、これか、これはあれだ、印象づけ用の武器だ。やっぱ拳だな」


 刀とボウガンはメインじゃないのか、意外ではあるが、現実的に考えると目立ちすぎるのかもしれん。改札をパスモで抜け、薙を待つ。ボウガンからひゅんとステンレス製のボルトが発射され、自動改札機は大した音も立てずに壊れた。


 「こういう感じの時に使う」

 「金…無いのか」


 寂れたホームに出た。風の音が嫌なほどに聞こえる。中心にポツンと置いてある自動販売機、木造のホームには不相応の最新型だ。遠目から見ると、何かの芸術作品のようにも見える。コツ、コツ、と地面から足を引き剥がす音が改札の方から聞こえた。


 「まずは一人目だ。道からつけてきていた」


 薙はクロスボウの弦を引き、ボルトを再装填した。


 「クロスボウは印象づけだとさっき言っただろ? その理由はな」


 引き金がギュッと引かれ、ボルトが踊る。ホームに出てきたばかりの男の頭に突き刺さり、脳漿が飛び出した。


 「かつてクロスボウが戦争で使われていた頃、”コイツ”は威力が高過ぎて禁止になっちまったんだ」


 ニヤッと悪戯に笑う彼女の姿は、”大人”ではなく、年相応の”子供”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る