月夜の魔封猫

路傍塵

第1話  四方を司る守護猫

 日本のある場所の民家、○○家には家人さえ知り得ぬ地下室がある。

 現在住む家族の先祖がこさえたもので、そこは押し入れの奥に出入り口があり、人一人がやっと通れる階段を下りると八畳間程の広さで、天井までは十メートルほどもある空間が広がる。その床中央に四角形が方角にぴたりと合致するよう描かれていて、よく見ると西洋の魔方陣とは違うが、それと似かよった漢字で構成された紋様が刻まれている。

 家族が寝静まると、同居する猫四匹は押し入れを開け、秘密の出入り口に猫にしか気付かれないよう隠された取っ掛かりに爪を引っ掻けて地下室へ向かう。その際最後の猫は後ろ足で押せるよう大きめの取っ手がついた引き戸を閉める。

 猫故に階段も肉球で音が吸収され静か。一度寝たら起きないし、夜中厠に起きてもどうせ猫は遊んだり窓を見ているのでしょうと気にしないため気付かれたことはない。

 そんな彼ら猫が魔方陣へ向かうのは、夜中に騒ぎ出す魑魅魍魎を抑えるため。実は代々この家に暮らす猫は退魔の役を司る役目がある。本来避妊去勢手術をする必要があるが、不思議とこの猫一族は猫本来の繁殖とは趣を異にし、人間のように少数しか生まなかった。そして先祖代々猫の自由にさせるが、決して外には出すなときつく言い含められて育ってきたため、この一族と仕える猫は面妖だと変人扱いをされてきた。

 先祖は陰陽師だが、時流に合わせて人が退魔を生業とするのではなく、猫に退魔を任せることにした。猫であるが実は寿命は猫と同じだが少し妖の血が混じっており、人間と同じ位の知能がある。それ故に出産も計画的に、後進が育つようかつ不自然のないように行われてきた。猫が退魔結界を守るのも、先祖伝来の技が脈々と受け継がれたからである。

 床に描かれた四角形は方角と重なり、東西南北をそれぞれの担当する猫が守る。することはといえば、そこに座して法力を用いて合わせた力で結界を形成し、かつて一族が封印した化生が地より這い出ないように蓋をするのだ。

 そのため、夜中中全神経を集中して守護するため、くたくたなり日中は体力の回復に勤めている。家人は一日中寝ているのはやはり猫だなと、一切の疑問を抱かない。

 夜明けとともに魑魅魍魎は活動をやめるため、夜中の結界が重要。毎朝地下室から家人が起きる前に這い出て引き戸を閉め、押し入れも同じ要領で閉める。多少開いていても「猫がいたずらしたかな」程度の認識で、あれこれ疑う家族はこの家にはいない。

 昼はのんびり夜は退魔結界を張る日々を過ごしていると、○○家にある日来客があった。家人の知人で、4、5歳の孫を連れていた。白い丸みを帯びた襟つきの、袖はぷっくりした桃色のワンピースを着たくせっ毛を二つに結んだ女の子だ。おもちゃをたっぷり入れた鞄を持ち、きかん坊なきらいのある、年の離れた兄弟がいるために口達者で、家族みんなから甘やかされたために少々わがままが過ぎる性格のようだ。保護者は○○家の家人と話し込んでいて、孫の様子には気付いていなかったが、まぁ猫を追いかけ回すわひげを引っ張ろうとするなど、猫にしてみれば台風のよう。隠れても扉を開けたり引き出しを勝手に開けたりと、彼女が通ったあとは強盗か家捜しのよう。さすがに物音に気付いた家人と保護者はそれを見て驚き、保護者は彼女に大目玉を食らわせ、家人に非礼を詫びた。ばつが悪そうにそのまま逃げるように帰ったが。実は彼女は一匹の猫(北を司る)をおもちゃを入れていた鞄に閉じ込めて連れて帰っていた。

 普通の猫ならば半狂乱になって引っ掻いたり暴れたりするが、知性高き猫であったため、連れさらわれるまま鞄の中で文字通りの借りてきた猫になっていた。しかも、彼女らの家は車で2時間はかかる距離。家から出た時点で空が赤らんで来て、日没まで間がなかった。幸い布製の鞄で、そっと彼女に気付かれないように縫い目を爪で裂き、家からどのように道順をたどったかは見れていた。彼女の保護者が休憩のため駐車し、車の扉を開けた瞬間彼は勢いよく車を飛び出した。彼女は猫に対する罵声を甲高い声で浴びせまくり、車中で握りしめた拳をめちゃくちゃに振り回した。驚いたのは彼女の祖父で、あれはさっきの猫ではないのかどこまで悪さすれば気が済むのかと叱ると彼女はバレてしまったと青くなった。

 猫は道路を走った。夜目が利くから街灯の明かりがなくとも走れるが、自分よりもずっと速く走る自動車や自転車、散歩中の犬と飼い主に用心しながら帰らねばならなかった。既に夜。家から三十分の距離でも猫には遠い。速く帰らねばみんなが危ない、無理矢理速く走って痛む肺とアスファルトで擦れる肉球の痛みに耐えながら懸命に走る。

 その頃家では、三匹の猫が一匹の所在について議論を重ねていた。

「どうする、今まで誰か一人でも欠けたことはないから、正直今の状況に戸惑っている」と南の猫

「家人に気付かれないよう縁側の引き戸を少し開けておこう。あそこなら玄関から見えるし、人里離れたこの家なら物盗りの心配もない」東の猫

「さっき者盗りに北の猫を連れていかれたけどね。開けたらとりあえず地下室で三方だけでも結界を張ろう」西の猫


 三匹は地下室へと下りていった。いつものように結界を展開するも、一方が綻びている不完全な状態は、魑魅魍魎にとっては好機だったようだ。地響きがしてから、地中よりムワっとカビのような湿って忌まわしい怖気のする気配が強くなってきた。

 南、東、西の猫はそれを感じ、肌がビリビリ震えた。「北はまだか、このまま妖気を浴びていては私たちも結界を保てない、それどころか・・・」

 地下室の空気が紫じみてくると、黒い靄のようななにかが床の切れ目から少しずつ沸きだし、しゃもじのような影を形成した。黒い大蛇がどす黒い血のような舌を厭らしく出していた。

 「おや、北のがいないね、非力な猫どもの癖に一端に結界なんて張っちゃってさ、おかげで引きこもらされてうんざり。それも今日までさ!往生しな!」

 口からどす黒い霧を吐くと、三匹は両手をかざし、法力で力場を形成してそれをいなした。

 「はっ、猪口才な、それもいつまで保つかね!」さらに霧を強めると、三匹は苦悶の表情になっていった。

 「待たせた!」

 北の猫が階段を走り下り、三匹の後ろ、四角形を描くように位置し、両手をかざして法力を流し込んだ。

 「今まで外していて済まなかった、奴を退けよう!」

 「「「応!!!」」」

 さっきまで黒い霧で猫を圧倒していた蛇が、たちまち形勢逆転され、悔しげな表情を浮かべる。

「おのれ猫めが!!」

 捨て台詞を残しながら、また床の切れ目に吸い込まれるように地中に戻っていった。

 既に三人は疲労困憊であったが、床の魔方陣にいつも通り立ち、結界を形成した。今日だけは力が有り余っている北のが三人分も法力を出し、四匹がぐったり倒れた瞬間夜が明けた。

 ほとんど這うように地下室を脱出し、開けていた縁側の戸を閉めクレセント錠を跳躍で施錠し、思い思いの位置でアンモニャイトになり眠った。

 やがて起きて顔を洗った家人が「また朝から眠っている、猫っていつでも寝てられるからうらやましいね」呆れた声をかけた。

 実は家人が思うよりずっと働いている猫だが、そんなこと知るよしもない家人の言葉に「とんちんかんなご主人だと」思っていることは、四匹の猫以外誰も知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月夜の魔封猫 路傍塵 @ahirufrost

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ