短編70話  数あるお嬢様への眠れぬ恋心

帝王Tsuyamasama

短編70話  数あるお嬢様への眠れぬ恋心

(……ああ、陽聖ひさとちゃん……)

 今日も僕、咲川さきかわ 雪明ゆきあきは、真夜中に目を覚ましてしまった。

 毎日夜中に目を覚ますっていうわけじゃないけど、気になって起きちゃうというか。そもそも夜も陽聖ちゃんのことを考えたら、すぐには眠れないというか。

 ……そう。僕は毎日、桜崎さくらざき 陽聖ひさとちゃんのことを考えている。い、いわゆる、好きっていう、あれ。

 この家の向かいにある、大きなおうちに住んでいる幼なじみ。

 そんな桜崎家には三人のきょうだいがいて。

 長男の空真そらまお兄ちゃん。今高校二年生で、遠いところで一人暮らしをしている。引っ越すときはさみしかったなぁ。

 次に長女の陽聖ちゃん。僕と同じ中学二年生。仲良し。

 そして次女の結海ゆいみちゃん。小学二年生。僕にもなついてくれている。

 もちろんおじさんの地穐ちあきさんとおばさんの月子つきこさんも、とてもよくしてくれている。あき同士仲良くしようではないか、ってセリフ、ずっと覚えている。

 ……もう陽聖ちゃんとは、充分仲良しになれているはずだ。こ、告白とか、したら、つ、付き合ってくれたりとか~……ど、どうなんだろう……。

(あぁぁ、またこうやって陽聖ちゃん陽聖ちゃんな頭の中になってしまってるよお~)

 ……実はいい副作用もあって。宿題をするときも、陽聖ちゃんのことを考えながらするから、気づいたら宿題が終わっているところ。



 次の日、金曜日。


「おはよう」

「おはようっ」

「お、おはよー」

 僕はいつも決まった時間に家を出ている。家を出ると、陽聖ちゃんと結海ちゃんに同じタイミングで会えるのも、毎朝の光景。

 陽聖ちゃんは髪が肩よりも長いけど、ひとつに三つ編みして、前に出していることがほとんど。今日は学校なので紺色のセーラー服に青いリボン。僕はただの黒い学生服。

 結海ちゃんの髪は肩くらいかな。白いブラウス(←教えてもらった)に赤色のチェックのスカート。僕らの学校指定紺色セカンドバッグセカバンと違い、赤いランドセル装備。おばさんが作った赤いうさぎ柄給食袋がぷらんぷらん。


 ほどなくして結海ちゃんを通学団の集合場所まで送り、手を小さくふりふりのいってらっしゃいをしてもらって、僕たちは……ま、まぁその。二人で横に並んでの登校。


 陽聖ちゃんは、身長が女子の中ではやや高い方っぽい。僕と同じくらいだけど、これでもやっと僕が追いついてきたくらい。

 でも性格のしっかりさ具合は、いつまで経っても追いつかない。というか、日に日に離されていっているんじゃ。級長学級委員長もすることが多いし。

 ……だからそんな陽聖ちゃんを前にすると、僕なんかが告白とか……なんか、不釣り合いっていうか……だよ、ね……?

(こうして横顔をこの距離でちらっできるだけでも……さ)

 今日もしっかりとした表情で、背筋もよく、歩き方ひとつでも桜崎家オーラを出しながら歩く陽聖ちゃん。僕の横で。

 実は僕は、土曜日はほぼ毎週・平日でもたまに学校からの帰りで、桜崎家におじゃまさせてもらっている。それは陽聖ちゃんの提案から始まった、小学校からずーっと今の中学二年生になっても続いている恒例イベント。

 これが続いている限り、陽聖ちゃんとは、仲良しなのは確実なはずなんだ。って、もし嫌われちゃったら、さすがに僕は立ち直れなさそう。

「ひ、陽聖ちゃん」

「なに?」

 顔をこっち向けてくれた陽聖ちゃん。今日もお元気そうでなによりです。すいません美しすぎてまぶしいです。

「きょ、今日もお元気そうですね!」

 なぜか敬語。

「おかげさまで。雪明は……」

 ……な、なんか見られてる?

「顔色があまりよくないように見えるけど、調子がよくないのかしら」

(うぇっ、とうとう寝不足が顔に出てきたってこと?!)

 確かに陽聖ちゃんは優しくて、土曜日とかに遊んでいても、気にかけてくれることが結構ある。だから僕の顔を見て、不調っていうこともばれちゃっているのかもしれない。

(でもさすがに、原因は陽聖ちゃんが好きだから! なんて言えるわけもなくっ)

「あ、あ~……大丈夫だよ!」

 うわ~。まったく表情変えずにこっち見てる。完全にノーダメージ。

「じゃあ、私の気のせいなのかしら」

 気のせいじゃないですぅ……。

「え、えっとー……かも、しれないね……?」

 僕こういうのさばくの、へたっぴだからさぁ。

「そう」

 その二文字を言ってからも、しばらく僕のことを見ていたけど、そのうち陽聖ちゃんは前を向いた。ので、僕も前を向くとしよう。

 でもこれ、もしこれからも寝不足が続いていたら、だんだんごまかしが効かなくなるよね……相手はあの陽聖ちゃんだし。

(うあー、どうしたらいいんだあ~!)

 今日もまた、僕は悩みの朝だった。まぁ昼も夜も悩みっぱなしだけど。


 休み時間に、改めて明日の土曜日にお誘いをくれたので、今週も桜崎家へ遊びに行くことになった。



 次の日、土曜日。


 何度もお世話になっている、青色に金色の線と、上の方は白色のティーカップ。紅茶も毎回陽聖ちゃんと飲んでいる。

 僕は小学生のときは砂糖を入れていたけど、ほぼ砂糖を入れない陽聖ちゃんをまねして、高学年くらいからは入れなくなった。牛乳は入れるけど。

 白いテーブルクロスが掛かった円形のテーブル。今日のおやつはスコーン。と、謎の茶色い袋。

 いつもよりは薄い茶色なのかな? まずは牛乳入れずに。

 飲んでみると、すーっとするタイプの紅茶だ。薬っぽくはなく、紅茶は紅茶っぽい香り。香ばしいっていうやつ? ごめっ、あんまり専門的なことはわからないや。

「すーっとする系なのに、おいしいかも」

「よかったわ」

 薄いピンクのフリフリ付きブラウス装備の陽聖ちゃん。飲んでいる姿も、もう何年もずっと眺めてきたなぁ。

 それに対して、普通の紺色で厚手な長そでシャツ僕。

「お口に合ったのなら、家でも飲んでみて」

 と、謎だった茶色い袋をすすっと僕の方へスライド。

「わかった、ありがとう」

 僕はありがたく、すーっと紅茶を受け取った。えっとー……僕の前に置いとこ。

(……そしてまた見てくるっ)

 この正面陽聖お顔にとても弱い僕。

「……雪明」

「え? あ、な、なにっ!?」

 わ、陽聖ちゃんから切り出してきたっ。

(というか、表情も……)

「本当に大丈夫なの?」

「うぇ!? な、なにがっ?」

 ほんのちょこーっとだけど、表情がそれ、ぼ、僕のことをそこまで心配してくれているのだろうか。怒っ……いや違うかな……悲しん……う、う~ん。

「かぜ気味のときはかぜだと言って、私にうつしてしまわないか心配してくれるし。給食で苦手な野菜があったら、それも話してくれたわ」

(さ、最近は食べられるようになったもん!)

「なのに。今まで見たことがないほどに長く、ずっと疲れたような表情を続けているわ。それも毎日」

 そんなにも顔に出ていたのかっ。

「き、気のせいって話で終わったんじゃ~……?」

 ああっ、ますます陽聖ちゃんの表情がっ。これひょっとしてまずいんじゃ……。

「……疲れているのなら、私がお母さんにお願いをして、疲れが取れそうな紅茶を用意してもらうし。悩み事なら、私が相談に乗ってあげるわ」

 うあ~……そうだよ陽聖ちゃんって、こういう超優しいとこあるんだよなぁ……。

「あ、ありがとう。ほんとにだいじょぶさ!」

 紅茶ぐびぐび。全部飲んじゃった。あ、牛乳入れてなかったや。まだこっち見てる……。

(ってえええええ?!)

 ななななんでそこで急に陽聖ちゃ、え、うぇーっ?!

 僕は思わず立ち上がり、陽聖ちゃんのそばに寄った。

「な、ど、どうしたの!? 僕なんか変なこと言った? ご、ごめん陽聖ちゃんっ」

 なんと突然涙を流してしまった陽聖ちゃん。それでも僕を見上げ続けてくれている。

「……悔しいわ。私、雪明のことなら、なんでもわかる・なんでも助けてあげられる……そう思っていたのに。雪明は、どうしても私には打ち明けたくないことがあって……」

(ひ、陽聖ちゃん……)

「苦しんでいる雪明を助けてあげられない自分が、とても悔しい……」

 そこまで言うと、視線を落として、また一緒に涙がこぼれていった。

「ほ、ほんとに大丈夫だから! それにこれ、僕自身でしか解決できなさそうだしっ」

 ああ、ついちょっと声にしてしまったっ。

「……そう……」

 すごく……すごく悲しそうな、陽聖ちゃんの『そう』。

 いつまでもどこまでも緊張しっぱなしな僕だけど……そんなことよりも、大切な陽聖ちゃんが泣き続けているのを、ずっと見下ろし続けるなんて。それは僕にはできない。

「…………ひ、陽聖、ちゃん」

 陽聖ちゃんは、黙ったまま僕を見上げてくれた。ごめん、そんなお顔にさせちゃって。

「……えっ? ゆ、雪明……?」

 僕はそのまま、自然に、だけどありったけの勇気を振り絞って、陽聖ちゃんの肩を抱いた。

「ぼ、僕と……付き合ってください」

 言えた! 言ってしまった! ひどすぎる脈絡のなさすぎるけど! ああでも陽聖ちゃんならわかってくれるさ!!

(さ、さあ、反応やいかに……!)

 陽聖ちゃんはしばらくじっとしていたけど、ゆっくり、ゆーっくり腕を動かして……裏から僕の肩に、そっとそれぞれの手を添えた。

 すごく優しい力だけど、僕の顔は陽聖ちゃんの正面に誘導されて、かわいい陽聖ちゃんの顔が人生でいちばん近い距離で見えたと思ったら、もう目をつぶって、僕の唇があたたかく重ねられていた。


「……言ってくれれば、私は雪明なら、喜んでお受けしたのに」

「い、言えるわけないじゃんかっ。桜崎家と僕とでは、天と地ほどの差があるというかさっ!」

「よくわからない例えだけど……私は毎週ですら、遠慮していた方よ。本当は、その……」

「えっ?」

「……毎日。こうして、そばにいたかったわ……」

 登校は!? ってツッコミを入れて笑わせちゃおうかと一瞬思ったけど、なんかもう気持ちすごすぎるから、とりあえず抱きしめとこ。



「………………って! 結局寝不足解消してないじゃんかーーー!!」

 そう。家に帰ったら帰ったで、今度はお付き合いできたことがうれしすぎて、眠れなかったのでしたとさ。めでたしめでた……しっ!

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短編70話  数あるお嬢様への眠れぬ恋心 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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