第29話 250円論争

「学級委員長として価格500円を希望します!」(小枝)


「ダメだ。例年にならい価格は250円から変更せん」(三科)


「ならせめて400円だけでも」(小枝)


「250円ったら250円だ。なんぴたりとも譲らん」(三科)


 小枝と担任の三科との間で繰り広げられる熱い攻防。ただ、今日の小枝はクラスの代表としての立場から気合が入っており、なかなか引き下がらない様子である。


「お願いします、先生。私たちの楽しみの一つなんです」(奥原)


「学習も真面目にやりますから~」(川岡)


「三科先生、みんなの意見ですし……もう少し譲歩しても」(南田)


「だーっ、くどいぞ! 言っとくがウチのクラスだけの問題じゃないんだ。ダメなもんはダメだ!」(三科)


「そんな殺生ぴょん~」(うさぎ)


 う~ん……なんだかなぁ。

 熱い論争が続く中、俺は一人だけアウェイであった。


「三科ちゃん。このご時世250円で何が買えるんだよ」(高江洲)


「ふざけんな! 大体、お前らは贅沢なんだよ。若い内はもっと質素に生きろ、質素に」(三科)

 

 ここで気なっているであろう、この論争の内容を説明しよう。そう、それは遠足のお菓子代についてである。少しでも高く設定したい生徒側とがんとして譲らない教師側とで不毛な争いが今なお継続中。

 遠足については1~3年生と合同で、お菓子代一つでも全体調整が必要(要は面倒事)であるため、担任の三科はごねにごねまくっているのだ。


「私が若い頃はなぁ、お菓子なんて持ってこれなかったんだぞ! そんな哀れみもお前らは無視すんのか! 先生、悲しいぞ!」(三科)


「それは問題のすり替えです。それはそれ、これはこれです」(小枝)


(ったく……なんでこんな熱くなってんだ? お菓子代なんていくらでもいいだろうに)


 俺は溜息をつき、窓から空を眺めながら物思いにふける。


(早く帰りたいなぁ)

 

「ちなみに安藤君はどう思いますか!」


「はい?」


「遠足のお菓子代についてです。安藤君も250円は少なすぎと思いますよね?」


 唐突に小枝がこちらに話を振ってくる。


「馬鹿を言うな。そいつは生徒会の会計だぞ? 適正な価格というものを熟知している。なぁ、安藤?」


 え? え? え?

 なんか知らんうちにこっちに飛び火してないか? クラス中から同意を求められる声に俺は戸惑ってしまう。生徒側としては三科の肩を持つわけにはいかんし、だからと言って敵に回すと厄介な教師だ。ここは慎重な結論を出さねばならんな。


 俺はしばし考えた後……。


「そうですねぇ、お菓子代に消費税は含まれていますか?」


「は?」


 三科がすっとぼけた声を出す。


「お菓子代を250円にするならば、最低でも消費税は考慮されるはずです。食品なら8%ですのでざっと270円、さらに買い物におけるレジ袋やその他諸経費を含めた金額じゃないと」


「ちっ、安藤……テメーもやっぱそっち側か?」


「いえいえ、俺は大きな視野で問題を解決してほしいんです。生徒側の要望も一度は検討してから判断していただかないと誰も納得しませんよ」


「ぐむむむっ」


「わ~、安藤君! ならお菓子代は500円で要望ですね!」


「それは飛躍しすぎだ。向こうの提示した額に何を必要とした額で500円なんだ? 根拠がなさすぎる。せめて250円に必要経費を含めた適正価格でないと道理に合わんだろう」


「ふぇぇぇ!? た、確かに……一理ある事を認めます」


「妥協点としては350円くらいじゃないか?」


 そう言い終えると、場がシーンと静まり返る。

 ……し、しまった。調子に乗ってペラペラしゃべりすぎた。また俺やってしまったか? いさかいをあおったか?


「わーったよ、350円で掛け合ってみる。それなら文句ないな?」


「「「おお~」」」


 頑なに拒絶していた仁科が折れたことにより、全員が俺を見て拍手をする。

 はぁ……どうやら助かった。前回のようないざこざを起こさずに済んだことにほっと胸をなでおろしつつ、本当に早く帰りたいと願う今日この頃であった。

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