第18話 回想 その2

「2位……この俺が?」


 それは夏休みが終わった、2学期最初の実力テストでのこと。

 ある異変に誰もが目を疑った。張り出されたテストの順位表……この学校で不動の地位にいたはずの俺が2位へと転落していた。そしてなにより、その俺の上にいたのはあいつ。


「私が学年1位……」


 暮坂くれさかだった。

 確かにこの夏、あいつにはありとあらゆる勉強方法をたたき込んだし、テスト対策もしてやった。しかし、こんなあっさりと俺を抜くなんてことがありえるのか。目の前の出来事が信じられないまま、茫然自失ぼうぜんじしつ


「や、やりました! 安藤様! これもすべて安藤様のおかげです」


「そ、そうだな。今回は夏の疲れもあっただろうし、少し油断してしまったな」


「あ……申し訳ありません。私はなんと失礼なことを。今回の成績は安藤様が全て対策してくれた結果です。今後もご指南のほどをよろしくお願いします」


「ああ」


 この結果はたまたまが重なったものだと誰もが思っていた。あくまで不測の事態。次の中間考査からはまたいつものように俺が1位に返り咲く……はずだった。

 俺の順位は2位から動かず、暮坂がまたも1位。そこから俺はことごとく暮坂に勝てなくなった。小テストから試験まで、常にあいつに負けた。取り巻きは一人、また一人と減っていき、いつしか特別授業の任も解かれた。そして、あろうことか俺のポジションは全て暮坂へと移っていく。

 躍起やっきになった俺はひたすら勉学に打ち込む日々であったが、寝不足や過労がたたり、体力は落ち、成績も2位からどんどん落ちていく。


「どけよ!」


「「「す、すいません。安藤さん」」」


 廊下の人だかりに怒号を飛ばす。

 不満が募る俺は、がらも悪くなり、人に当たり散らすようになった。家に帰れば「勉強の邪魔だ」と家族に当たり、学校ではクラスメイトに当たる。そんな状況に俺はどんどん孤立していった。


♢♢♢


 3学期も半ばへと入ったある日のこと。

 体育館にて、急遽きゅうきょ、新生徒会長の発表が行われた。全体が注目する中、壇上だんじょうに現れたのは……。


「あ、あの……暮坂茜です。この度は、こんな名誉な役職を与えていただいたことに感謝を申し上げます」


 惜しみない拍手を送られる暮坂。今まで積み上げてきたものが音を立てて崩れていった瞬間。俺の目の前は灰色に染まり、今にもひざをついてしまいそうだ。

 その後、どう一日を過ごしたのか。放課後、暮坂に呼ばれ、人気のないところへと場所を移す。最初にこいつに話しかけた、そう、あの自習学習室だ。


「あの……安藤様。不躾ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、生徒会に入ってはいただけませんか?」


 暮坂の提案に俺は不快感を示す。


「なんのつもりだ? お情けのつもりか?」


「め、滅相もございません! 今の私があるのはすべて安藤様のおかげです。私はその恩にどうにか報いたくて」


「で、その恩返しがお前より下の役職というわけか?」


 ズタズタのプライドの俺に、その申出は火に油であった。


「すいません……ですが、生徒会活動をこなしていけば、安藤様の信頼も回復できますし、内申にも大きくプラスになります。一流大学の推薦も射程圏内です」


「馬鹿にしてんのか!!」


「あ、安藤様……?」


「お前はアレか。俺は誰からも信頼されてなくて、生徒会で点数稼ぎしなきゃ大学にも行けないと思ってるのか!」


「そんな……違います。私は」


「前はオドオドとしかしゃべれなかったくせに、ずいぶん生意気な口をきくようになったな。ええ?」


 俺は暮坂のお下げを引っ張り、これまで溜まりに溜まった鬱憤うっぷんをぶつける。


「あ、安藤様……やめてください。い、痛いです」


「安藤! 何をしている!」


 次期生徒会役長に暴力を振るっている現場を通りすがった生徒に目撃されたようで、俺は駆けつけた教員に取り押さえられる。

 それから俺は停学処分。そればかりか、暮坂はある会社の重役の娘だということも判明し、圧をかけられた学校に俺は自主退学を進められた。

 俺の親は家族が露頭に迷うことを恐れ、半ば強制的に退学手続きを進めた。そして、それからは受入先の高校もなかなか見つからず、こうして辺境の田舎へとやってきたというわけ。


 完全にエリートコースの道を閉ざされたのだ。

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