第17話 回想 その1

「そんな中で、我々は3年間を1秒たりとも無駄にせず、勉学に奮励努力ふんれいどりょくすべきであります」


 会場内に大きな拍手が響き渡ったことを昨日のことのように思い出す。

 都心でも有名な進学校を首席でパスし、俺は入学式で新入生の代表スピーチを行った。それから高校内では一躍いちやく知名度を上げると同時に、試験や各テストでは常に一位を獲得。一学期半ばを過ぎる頃には、学校では知らない人がいないほど存在感を放つ存在となっていた。

 さらに俺の勢いはそれにとどまらない。勉強の指導方法においても教員が一目を置き、放課後は学校側の要請で特別授業を行うほどの権限まで持つようになった。

 進学校の生徒なんて実家がお金持ちってのだけが取りで、頭の悪いどら息子やお馬鹿なお嬢さんばかりと相場で決まっている。ここで貸しやコネを作っておけば、もはや将来は約束されたようなもの。既に順風満帆であった


「あ、あの……安藤様」


 目を髪で隠した両おさげの地味な女子。ある日、そいつが俺に声をかけてきた。


「何か用事か?」


「あの、ここの数式がわからなくて……教えていただけませんか?」


「あん? 俺はお前みたいな奴にかまってるほど暇じゃないんだ」


「も、申し訳ありません。失礼しました」


 そいつはなんとも恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、そそくさと逃げ出した。

 暮坂くれさかあかね。確か俺の特別授業や、取り巻きの中にいたのを時々目にしたことがある。成績は中の下で、当時の俺にとってはとるに足らん奴……そんな印象だった。

 時は少し経過し、一学期の期末考査に入る前のことだ。俺は自分の特別授業を終えて帰ろうとしていると、自主学習室で一人遅くまで勉強している暮坂を見つけた。


「こんな時間まで勉強か? 感心だな」


 声をかけたのは気まぐれだった。一応は俺の取り巻きだし、いささか不憫ふびんに思ったのかもしれない。


「あ、安藤様! そ、そんな……もったいないお言葉」


「で、なにを勉強している?」


「そ、その……この数式がわからなくて」


「こんなものもわからないのか?」


「も、申し訳ございません」


「仕方がない……少しだけ見てやる」


「あ、ありがとうございます!」


 そいつが思いのほか嬉しそうなものだから……ついつい長々と勉強を見てやった。


♢♢♢


 それから、暮坂は必要以上に俺につきまとうようになった。朝は登校前から校門の前で俺を待ち、取り巻きに合流して一日を共にし、放課後は特別授業を受け、俺の片付けが終わるまで待っている。時間があれば勉強を見てやったが、多忙な日は追い払うこともあった。それでも、あいつは俺に勉強を教わるのを嬉しそうにしていた。


「安藤様、本日はお忙しいでしょうか?」


「この資料を片付けたら少しだけ見てやる」


「あ、ありがとうございます」


 この頃、俺は一年にして既に次期生徒会長にまで推薦されており、ちょこちょこ活動を手伝うほどにまでなっていた。周りもからも慕われており、信頼も厚い。自分で言うのもアレだが来年の生徒会長は俺で間違いないだろうと確信していた。

 この学校で生徒会長の座まで得てしまえば、将来の安泰ルートは完全に揺らがない。最高位までの階段を徐々に登り始めている手ごたえ。それもこれも、俺が優秀でトップの成績保持者だから成せることなのだ。


「しかし、お前は一向に計算問題が出来んな。一体なぜなんだ?」


「その……どうしてでしょうか?」


 指導の合間で薔薇色の妄想を膨らませる中、暮坂の解答が進んでいないことにふと気づく。


「質問しているのは俺の方なんだが」


「す、すいません。その、数式を見るとなんだか頭がいっぱいになってしまって……」


「お前は少し自信をつけた方がいいな。そんなオドオドしていたんじゃ、出来るものも出来なくなる」


「はい、すいません」


「仕方ねぇな、ここで指導をしているのも何かの縁だ。俺がしばらく面倒を見てやるか」


「ほ、本当ですか!?」


「お前みたいな出来損ないを救済するのも次期生徒会長の努めだからな」


「はい、すいません。ありがとうございます」


 思えばこの判断が大きな間違いだった。人生を変えてしまうほどの過ち。まぁ、俺の慢心が招いた結果だったのかもしれないがな。

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