【KAC202210】まよなかのえのぐ

すきま讚魚

マヨナカとマヒルマ

 とおいむかし、せかいはまだその形だけで、どこを見渡してもすべてのものはまだ色をもちませんでした。空も海も大地もありましたが、まるで無色透明だったのです。

 ある日、神さまは色の子どもたちをあつめ、それぞれに絵ふでとえんぴつをお渡しになり「せかいをえがき、あなたの色をつけてあげなさい」とおっしゃいました。


 子どもたちはめいめいおきにいりのじぶんの絵の具をもって、せかいへと散らばってゆきました。色は子どもたちの個性で、誰ひとりとして同じものはもっていません。

 そうやって、気にいったところに気にいったものを描いて色をつけてゆくのです。

「そうだ、ぼくはお空にゆりかごがほしい」

 そうつぶやいたのは足の疾いキタカゼです。

「それならわたしは、つめたくてふわふわしたおふとんよ」

 仲良しのユキクモが答え、パレットに絵の具をひろげてゆきます。

 するとどうでしょう。あっという間にふたりは『じゅんぱく』と『くもりしろ』という色を空に浮かべて、つめたい結晶をふらせてゆきました。

 神さまはたいそう気にいり、これに雲と雪という名をあたえました。


 さあ子どもたちはますます一生けんめいに動きはじめました。

 大地の上には草木が描かれ、ここには『みどり』や『わかくさいろ』が使われてゆきます。あっちへこっちへ、どんどん塗られていくと、もうほとんどまっさらな場所は残ってはいませんでした。


 マヨナカはのんびりやさんで、色ぬりがだいすきです。

 けれども、どんくさいのでいつもえんぴつで下書きをする場には間にあいません。そして彼はなぜか、生まれつきじぶんの色の絵の具を持っていませんでした。

 色を持たないマヨナカを子どもたちはばかにしておりました。

 かれらはいつも余った絵の具を投げてよこすのです。だけどもマヨナカはその色を集めて色ぬりをするのがすきだったので、あまり苦にはおもいません。


 ともだちのマヒルマは、いつもそんなマヨナカをにっこり待っていてくれる子です。マヒルマは子どもたちの中でも、ひとつ飛びぬけて絵描きも色ぬりも上手でしたが、いつも色のない遅いマヨナカを待つのでもったいないとだれもが口にしておりました。

「ねえマヒルマ、ぼくのことはほうってカンヴァスに行きなよ」

「なんだいマヨナカまで。いいんだ、だって躍起になって塗った色にはね、むらがでてしまうというものなんだ」


 ふたりの見やった先で、頭のいいカガミが海に色を落としているのが見えました。

「おうい、カガミ、何をしているんだい」

「海だよ。海に色をつけてみたんだ」

「だけど、なんの色もないじゃない」

「今にわかるよ、ここにはね、ぜんぶの時間のお空の色がうつるようにぼくの『きょうめん』の色をめいっぱい流してぬったんだ」

 そりゃあ、とマヨナカとマヒルマはうなります。海は波立つので、だれもが失敗をおそれて手をつけるのをためらっていたからです。

「きょうめんだって、こりゃおどろいたよ」「すごいや、カガミらしい」

「じゃあ、マヒルマ、お空にとりかかりなよ。みんなきっとおどろくから」

 にっこりわらうカガミに、ふたりはそっと拍手をしてその場をさりました。


 子どもたちは陣地を作って遊びはじめました。大地に線を引いて、じぶんの塗った色をじまんしています。

 だけども、問題はお空の色です。

 大地も、天気も、季節もいっていはそこにとどまっていてくれる。だから色をつけることができました。

 そう、お空や風は時間をあっという間にくるくる使ってしまうので、だれも色ぬりができないでいたのです。

「よし、一緒に塗ろう。手伝ってくれるかい、マヨナカ?」

「もちろん」

 マヨナカはとても丁寧に、マヒルマの絵の具をお空に塗ってゆきます。色ぬりだけなら、じぶんだってまけてはいません。なにより、マヨナカはマヒルマの色がだいすきでした。

 あまりの大仕事に、みかねていっぴきおおかみのユフグレが途中から「しかたないね」とふたりに手を貸してくれました。

「あっ、いけない」

「どうしたのユフグレ?」

「まちがえておれの色をつけてしまったんだ」

「まちがいじゃないよ、とってもきれいだもの」

「そうだ、ユフグレ。そこから上はユフグレの色にしよう」

「えっ、いいのかい?」

「もちろんだよ、あっぼくはちょっとしっぱいしちゃった。はみ出しちゃったよ」

 マヨナカとマヒルマはユフグレの絵の具を絵ふでにとって、いっしょに塗っていきました。お空の半分は、それはそれはきれいな色になりました。


 楽しそうな声を聞きつけたのか、他の子どもたちがやってきました。

「ずるだぞ、協力して色ぬりなんて」

「そんなことないよ、いっしょにやっちゃダメだなんて云われていないもの」

「マヨナカが手を貸してもできたなら、ぼくたちにもできるはずだ」

 みんなはそう云って、われさきにと空にじぶんの絵の具を空に塗りはじめたのです。

「ここからここまではぼくのお空だ」

「じゃまだぞ」

「やめて、ここはあたしが塗るんだから」

 みんなは云いあいを始め、そのほこさきはマヨナカにもむいたのです。

「やい手伝え」「いいえ、こっちを手伝ってよ」

 色を持たないマヨナカに、みんなそれぞれじぶんの絵の具を渡しては、手伝わせようとしました。のんびりやさんのマヨナカは、いっきに色を渡されてどうしていいのかわかりません。

 みんな好き勝手に塗っているので、お空の色はめちゃくちゃになっていきました。


「もうみんなやめよう」

 そう呼びかけたマヒルマを、だれかがうるさいとつきとばしました。

 ころんだしょうげきで、マヒルマは持っていたえんぴつでお空にぐいいっとめちゃくちゃなせんを引いてしまったのです。

 しっぱいしたことのないマヒルマの失態に、みんなはやんややんやとはやし立てはじめました。マヒルマは恥ずかしさと悔しさでうつむいてしまい、今にも泣きださんばかりです。

「マヒルマ!!」

 マヨナカはマヒルマの元に駆けつけようとして、だけどもおもいきりつんのめってころげてしまいました。マヨナカの両手いっぱいに抱えていたたくさんの絵の具も、みるみるうちにお空へこぼれて云ったのです。

 マヨナカは急いで拭き取ろうとこころみましたが、いっぱいの絵の具をひろげてしまうだけでした。

「なにしてるんだマヨナカ!」

「うわーきたない」

 マヨナカの周りはあらゆる色でぐしゃぐしゃです。それは混じりに混じって、いちばん暗い、濃い色になってどんどん広がってゆきます。

 色とりどりになっていたお空の一部は、その色ですべてすっぽり隠されてしまいました。そして、マヒルマのえんぴつのあとも上から隠してしまったのです。


 マヒルマが慌てて駆けよると、「いてて、ぼくの方が助けられちゃった。いつも失敗ばかりだ」そうマヨナカは気まずそうに目を泳がせました。

「マヒルマ、ぼくに触れるとよごれてしまうよ」

「そんなことないよ」

 マヒルマはそう云って笑いました。

「みてごらんマヨナカ、キミはみんなの喧嘩のあとも、ぼくの失敗も。すべてしっかり上から塗ってしまったんだよ」

 ああ、とマヨナカは笑いました。いつの間にか、いつもからかってこちらを見もしないみんながじぶんの方を見ています。

 いつも云われるままだったマヨナカは、ようしと勇気をふりしぼりました。


「みんなの色が全部混じったこの色を、きたないなんて云わないで。ぼくは絵の具を持ってはいないけれど、みんなの絵の具で色を塗るのがだいすき。みんな、みんな素敵な色なんだ、だめな色なんてひとつもないよ」


 色の子どもたちは、気まずそうにうつむきます。

 みんないつの間にかじぶんの色がいちばんだと云い張るのに夢中になっていたことに気づいたのです。


 それを教えてくれたのは、絵の具を持っていないマヨナカでした。

 マヨナカがうみだした、いちばん強い色はお空に広がったまま、全てをおおいました。その時、おや、と誰かがお空の向こうを指したのです。


「みて、濃くて暗いお空だけど、お星さまの光はちゃんととおしているよ」

「ほんとうだ」



 みんなの色をぜんぶ混ぜたマヨナカの色は、そのままお空に残ることになりました。

 かなしみは覆いかくして、よろこびとはいっしょに混ざりあえるようにと。

 いちばんやさしい気持ちになれるようにと。

 神さまはその色を人々がいちばん寝静まるじかんに与えたそうです。

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