奏世君の作文は、こうして読み上げられる

とは

第1話 某小学校の教室にて

 手にした原稿用紙をぐっと握り締め、私は『3-3』と札が下がっている教室へと入って行く。

 帰りの会は終わっていたために、教室にいるのは一人の男子児童のみ。

 

 扉が開く音に気付きこちらを見た少年、奏世かなよ まこと君が私よりも先に声を掛けて来る。


「先生、遅いよ。どうして俺だけが残らなきゃいけないの? 今日は木津きづと一緒に帰りたかったのに~」

「ごめんね、真君。皆の前でお話するのはちょっとなぁ、と思ったから」


 不思議そうな表情を浮かべた彼に、自分の席に座るように私は促した。

 隣の席を借りて机を繋げ、彼と並んで自分も座る。


「今日、残ってもらった理由はね。この作文なのだけれど」


 私は、彼の目の前に原稿用紙を置く。


「先生、これは今日の二時間目の授業で俺が書いたやつだよ。来週の授業参観で発表するからって言ってたものでしょう?」

「そう、テーマは『家族について』。家族の誰でもいい。その人に感謝をしながら書こうと言っていたものよ」

「うん、だから俺、お父さんのことを書いたよ。別におかしなことなんてないよね?」

「そ、そうなの? えっとじゃあ、二人でちょっと確認しながら読んでみようか」

「うん、わかった。じゃあ、俺が読んでいけばいいのかな?」


 こほんと咳払いをして、真君は内容を読み上げ始める。


「僕のお父さんは、夜のお仕事をしています」

「はい、一度ここでストップしましょう。これはつまり夜勤やきんということなのよね?」

「うん。そう、……かな? よくわかんないや。だって、俺が寝ている時に仕事に出て行くんだもん」

「なるほど。じゃあここは『きん』って書いてみようか。じゃあ続きをお願い」

「うん、わかった。そこで僕はお父さんに、『どんな仕事をしているの』と聞きました。するとお父さんは、フフッと笑った後にこう言いました。『そうだな。血を……、求める仕事さ』」

「はい、本日二回目のストップ入ります。お父さんは吸血鬼ですか? 違いますよね」

「うん、違うよ。お父さんはトマトジュースが別に好きじゃないし、にんにくも大好きだよ!」


 元気に答える彼を、私はまじまじと見つめる。


「……真君。あなた三年生なのに、結構そちら系の知識が豊富なのね」

「うん! お父さんが来たるべき時のために知識は蓄えておけって」


 言っていることは確かに正論だ。

 だが少々、蓄え方がかたよっているように感じる。


 ちょうど明後日にPTA役員会がある。

 クラスの役員である、彼の母親がそのために学校に来るはずだ。

 尋ねるべきだろうか。

 その考えがよぎるが、個性ということで見守るべきと取りあえずは判断する。


「だからね。覚えたことをお父さんに言うと、『さすが中二病の俺の血を継いだ自慢の息子だ』って褒めてくれるよ。俺はまだ小三で中二じゃないのにね」


 父親に褒めてもらえたのが、嬉しかったのだろう。

 にっこりと笑う彼の姿に、温かなものを感じ、つられて私も微笑んだ。

 そんなこちらの反応に、照れてしまったらしい。

 私が次の言葉を発する前に、彼は続きを読み始めた。

 

「お仕事が真夜中になるお父さんは、よなよなその血を求めてはかっぽします」

「はい、ちょっと止めましょう。後半から何だかファンタジー小説みたいな感じになっちゃってるね」

「え? でもお父さんはそう言っていたよ」

「お父さんの生きている世界線について、ちょっと先生も気になってきちゃったけど。あまりにも不思議すぎるというか……」


 言葉の途中でノックの音が響き、私達は扉へと目を向ける。

 学年主任がひょこりと顔を出すと、ほっとした様子で声を掛けて来た。


「良かった、ここにいたのですね。もうすぐ職員会議が始まりますよ。話が急ぎでなければ、奏世かなよ君も帰りなさい」

 

 時計を見れば、確かに下校時間を少し過ぎてしまっていた。

 今日は、彼に帰ってもらうべきだろう。


「うん分かった。俺、帰るね! 先生、さようなら~!」

「はい、さようなら。気を付けて帰るのよ」


 手を大きくぶんぶんと振り、彼は教室を出て行った。

 発表は来週なので、まだ時間はある。

 さらに言えば、明後日には彼の母親も来るのだ。

 その時にまた確認すればいい。

 原稿用紙を手に取り、学年主任と共に私は職員室へと向かっていく。

 

 二日後、役員として学校に来た真君の母親に話を聞くことが出来た。

 彼の父親は、健康診断等で集められた血液や尿の検体を調べる仕事をしているそうだ。

 正しい結果を出す為には、早めに検査をする必要がある。

 その為に夜間にも検査をする人がおり、彼の父親はその仕事を担っていたのだ。

 父親は吸血鬼などではなく、迅速に結果を届けることで、命を救う立派な仕事をする人だった。

 仕事と作文の話をした事で、父親は参観日に来たいと言ってくれているらしい。


 そして翌週の参観日には予告通り、父親が真君の発表を見に来てくれた。


 夜勤明けで少々、眠そうなその人は。

 人の命を見守る優しい『吸血鬼』は、息子の発表に目を細め、とても嬉しそうに聞き入っていた。

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