真夜中の珍道中《サンタロード》

夕日ゆうや

ビター・パン!

 わたしはクリスマスイブの夜、サンタさんにお願いをした。

 ネバーランドに行きたい、と。

 もうこの家は嫌だ。父も、兄も、わたしを働かせるだけ働かせてふんぞり返っている。母もこれが女の役目といい、厳しいしつけをしてきた。

 もう、そんな時代じゃないのに。

 イブの夜、わたしの部屋。それも窓ガラスにノックする音が聞こえる。

「ビター・パン?」

 こんな真夜中に誰だろう。

 わたしは不思議に思い、窓ガラスを開ける。

 そこには小さな妖精がいた。

「やあ、僕はビター・パン。キミを迎えにきたよ!」

「やったー!」

「しー。静かに」

 ビター・パンが指を手に当てると、ウインクをした。

 お母さんとお父さんを起こすわけにはいかない。

「それじゃあ、行くよ!」

 ビター・パンがわたしに魔法をかけてくれる。と、ふわりと身体が浮き上がり、宙を舞う。

「あ。すごい」

 でもせいぎょができない。うまく身体を動かせない。

「大丈夫、大丈夫! そうだ。今夜の夜会は十二時までだからね」

 ビター・パンは笑いかけ、指をパチンと鳴らすと、わたしはビター・パンの後ろについていける。

 空を飛び、魔法のドアをくぐり、異世界『ネバーランド』にたどり着く。

 そこには果実のなった森に、澄んだ湖。永延と流れる川と滝。

 きらびやかな世界に彩られた魔法の世界。

 赤く光る塔。蒼いモノリス。ストーンヘッジ。

 クジラが空を飛び、ドラゴンが地を這う。

 象やキリンがゆったりと草を食べている。

「気をつけて」

 ビター・パンが注意を促すと、わたしは目の前の森に突っ込む。

 そこで手のひらから血がにじみ出る。

「いたっ」

「うん。大丈夫かい?」

 ビター・パンは手持ちの包帯で巻いてくれる。

「これで大丈夫! さあ、行こう」

 わたしはネバーランドの食事を目にする。

 若鶏の照り焼き、サラダ、ローストビーフなどなど。おいしいものがたくさんでた。

 十二時の鐘の音が鳴る。わたしはビター・パンに言われ、階段を駆け下り彼の力で自宅に向かって帰る。

 落としたガラスの靴を探そうとするけど、見当たらない。空からじゃ、分からないのかもしれない。

「さあ。帰るよ。楽しかったかい?」

「うん。楽しかった!」

 わたしはそう言い、自宅へ戻る。

 一晩眠ると母に言う。

「わたし、ネバーランドに行ってきたの!」

「この子はまた変なことを言う。そんなのありえないでしょ」

「夢でも見たんだろ」

 母も父も、兄ですら信じてくれない。

 あれは夢だったの?

 わたしは朝ご飯を食べるため、椅子に座る。

「っ!」

 手に痛みが走る。包帯を巻かれた手。

 これが紛れもない事実。

 玄関からこんこんとノックが聞こえる。

「あなたを魔法学院へ!」

 現れた大男がそう言って杖を一振り。

 わたしは宙を舞う。大男の後を追う。

「どうしてわたしを?」

「あんなかび臭いところよりも楽しいところに行くだろう。お主はあのガラスの靴の持ち主だからな」

 これからわたしは、魔法少女として生きる。

 もうあんな家はこりごりだ。

 人生をやり直すんだ。

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真夜中の珍道中《サンタロード》 夕日ゆうや @PT03wing

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