萩市立地球防衛軍★KACその⑩【真夜中編】

暗黒星雲

真夜中の都市伝説

 ここは萩市堀内、いわゆる城下町の一角である。

 この近辺で最近、ある都市伝説が囁かれるようになった。それは、「真夜中に城下町をカップルで歩くと、巨大なヒヨコが現れてお菓子やお小遣いをくれる」というものだった。


 深夜、長身の男と小柄な女が肩を寄せ合い歩いていた。侵略宇宙人のメドギドとアルゴルである。


「メドギドさま。本当に現れるのでしょうか。巨大なヒヨコなど、何かの間違いではないでしょうか」

「わからん。ヒヨコではなく真ん丸な猫獣人を見たという証言もあれば、トカゲ人間や巨大ミミズだという証言もある」

「まさか、メドギドさまが徘徊していたのですか?」

「私の本当の姿はレプタリアンだからな。疑うのも無理はないが、私ではない」

「本当に?」

「当たり前だ。もし私なら、人間に小遣いなど与えるわけがないだろう。捕食するに決まっている」

「ですわね」

「人間はな。生きの良い、意識がはっきりとしてる奴が一番うまいんだ」

「はい」

「恐怖におびえ、苦痛に呻き、絶望して涙する。そんな極上のエンタメを与えてくれるのだぞ。勿論、味も申し分ない。調味料など不用だ」

「ええ。よくわかりますわ。私も人の体内に潜り込んで精神を支配する時に、必死で抵抗する様に興奮いたします。そして、最後には死にたくないと嘆願してくるのです。そこへ麻痺毒を与えると、今度は快楽に溺れてもっともっとと毒を欲しがるのです。快楽を与えますが毒は毒。生命は一週間程度しか持ちません」

「その一週間で個体数を倍にするんだろ?」

「ふふふ。まあ、そんな感じですわ」

「しかしな、変な噂が立つと我々の活動に支障が出る可能性が高いのだ」

「単なる都市伝説ではなく、我々の地球侵略作戦の一環だと認識されるわけですね」

「そうだ。我々は関わっていないのだからな。無関係であるにもかかわらずその責を問われるのは心外だ」

「ごもっともです」


 メドギドとアルゴル。彼らは侵略宇宙人である。この界隈で発生している都市伝説らしき不思議な目撃証言の真相を突き止め、そして妙な噂が立たぬようにその原因を抹消しようとしていた。


 彼らは小一時間、真夜中の城下町を徘徊していた。

 すると、彼らの目の前に白い大きな球体が現れ、それは巨大な、身長が3メートル以上ありそうな黄色いヒヨコの姿となった。


「本当に出た」

「きょ、巨大ヒヨコですわ。地球の生態系では考えられない巨大さです!」


 流石の侵略宇宙人も、このヒヨコには驚いていた。

 ヒヨコはくるりと一回転してからお辞儀をした。


「トリックオアトリート。もうすぐエイプリルフールよ」


 メドギドとアルゴルは顔を見合わせる。今は三月末。確かにもうすぐエイプリルフールとなる。しかし、トリックオアトリートとはハロウィンでの台詞であろう。侵略宇宙人の彼らでさえ、ハロウィンは10月だと知っていた。


「さあ貴方たちは仲良しカップルさんね。私からご褒美を差し上げますわ。右の大きな紙袋と左の小さな紙袋、どちらか一方を選んでね。どっちも欲しいっていうのは無しにしてくださるかしら」


 どこぞの昔話と混同している事に、またまた顔を見合わせる侵略宇宙人の二人であった。


「どうする? 多分、小さい方はお小遣い。大きい方がお菓子の詰め合わせだ」

「日本円であればお小遣いの方が……ってメドギド様。ここでお小遣いを貰っちゃ意味がありません。私たちはこの不届き者を退治しに来たのですよ」

「そうだったな。おい。お前は何者だ。そんな巨大なヒヨコなど存在せん。光学的な仮装装置を使って化けているだけだろう。さあ、本当の姿を見せろ」


 怒気を込めたメドギドの言葉にも、巨大ヒヨコは臆することも無い。堂々としている。


「私はヒヨコのヒナ子です。お化けでは無くてよ」

「だから、そんなに馬鹿でかい、デブデブのヒヨコなんて存在せんのだ」


 瞬間的にヒヨコの表情が曇る。


「馬鹿でかい……デブデブ……乙女を傷つける言葉ですわ。貴方、痛い目に遭いたいのかしら」

「それはこちらのセリフだ。痛めつけて生のまま食ってやる」


 紺色のスーツで決めているメドギドだが、体形としてはスマートだった。しかし、その細い四肢が膨れ上がる。そして身長も一気に高くなり胸や肩の筋肉も急速に膨れ上がった。着込んでいたスーツは破れて散り散りになり、そのほとんどがヒラヒラと宙を舞い地面に落ちて行った。

 ほぼは裸になったメドギドは、トカゲの顔と尻尾を持つ爬虫類型人類だった。一般にレプタリアンを呼ばれている種族である。


「あらあら。食い意地が張っているレプタリアンさんでしたか。人間が大好物だとお聞きしておりましたけれど、ヒヨコもお召し上がりになりますか?」

「ふん。食える肉なら何でも食うさ。さあ、おとなしくしてろよ。暴れると喰い辛いからな」

「ああ。浅ましいですわね」

「うるさい」


 メドギドは右掌を巨大ヒヨコへと向けて開き、そこから怪しく光る赤い光弾を放った。その光弾は巨大ヒヨコのヒナ子へと吸い込まれ、そして眩い閃光を放って炸裂した。


「きゃ!」


 一応は悲鳴みたいな声をあげたヒナ子。しかし、ヒナ子の姿は消え去り、そこに立っていたのはメイド服に身を包んだ豊満爆乳白猫獣人のハウラ姫だった。


「あーん。光学仮装オブジェクトが解けちゃったじゃないですか。アレ、結構お気に入りでしたのに」

「ほほう。大分縮んだが、それでも食いごたえがありそうな女だな」

「私をお食べになるの? うーん、それはよした方がいいと思うの。だって、私の親衛隊が黙っていないわ」

「親衛隊? 貴様、アイドルか何かなのか? そんなデブデブでアイドルなんて有り得んだろ。いい気になるなよ」


 メドキドの傲岸不遜な態度は変わらない。しかし、ハウラ姫も落ち着き払っていた。


「暴力沙汰は避けたいところですけど、やはり乙女を傷つける言葉を平気で放つ方には、お仕置きしなくてはいけませんね。君、出番ですわよ」

「おう」


 光学迷彩に隠れていたのだろうか。メドギドの眼前に大柄な虎猫獣人が姿を現した。彼は「猫の手を借りた結果」編に登場していたトラーダである。


「てめえがトカゲ太夫って野郎か? 食い意地ばかり張っているケチな野郎だな」


 メドギドも2メートル以上あり大きいのだが、トラーダはさらに頭一つ大きかった。


「何者だ? 帝国の獣人にも、お前ほどの体格をしてる者はいないぞ」

「だから何だってんだ! オラは姫の親衛隊だ。姫を侮辱する奴は叩きのめすだけだ」


 虎獣人のトラーダと、トカゲ人間のメドギドの死闘が始まった。

 二人共二メートルを大きく超える巨体であるが、その俊敏性は高く、軽量のボクサー並だった。素早い動きから繰り出される拳や蹴りは非常に重く、常人であれば一撃で絶命するほどの威力があった。


 お互いが数発ずつ攻撃を受け、やや動きが緩慢になった。その隙を虎獣人のトラーダが捉えた。彼はメドギドの右腕をつかみ、そして地面へと叩きつけたのだ。柔道の一本背負いが決まった格好になる。


「まだやるか。この先は命の取り合いになるぜ」


 倒れているメドギドの前に立つトラーダが吠える。


「ここは退散だ。防衛軍が出張ってくると不味い」

「わかりました」


 アルゴルは倒れているメドギドに駆け寄った。そして二人が光に包まれた後、その姿は消失した。


「ご苦労様です、トラーダさん」

「きょ、恐縮です。ハウラ姫。もしよろしければ、握手をお願いできませんでしょうか」

「ううん。ハグしてあげるわ」


 ハウラ姫がトラーダにがっしりと抱きついてしまった。トラーダはというと、目の前にハートマークと星が飛び交っているようで、あっさりと気絶した。そしてどさりと、仰向けになって地面へと倒れてしまった。


 地球のアニメが大好きなハウラ姫は、地球の文化を学ぶため短期留学生として萩市内の高校へ通っていた。その高校で見聞きしたアレコレを実践していたのだが、まあ、こんなやり方だったので都市伝説となりかけていたのである。


 ちなみに、プレアデス刑務所を脱走したトラーダは再び地球へと訪れたのだが、防衛軍隊長のララと戦ってコテンパンに叩きのめされた。そして、防衛軍のペット兼ハウラ姫の護衛として地球での滞在を許可されていた。


 ハウラ姫は学校で学んだ地球の文化を、真夜中に、彼女なりに復習していたのだが、それが結果として侵略宇宙人を懲らしめたのである。

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