夜行

lager

真夜中

 真夜中はお酒を飲む時間だ。


 グラスに半分弱のバランタイン。上から熱々のお湯を注いでいくと、ふわふわと甘い果実の香りが立ち上る。その中に混じる確かなアルコールが、私の心を軽くした。


 ゆっくりと時間をかけ、含むように味わっていくと、だんだんと私の頬が熱を持ち、視界が濡れたようにぼやけていく。


 ふと、テーブルの上に髪の毛が落ちていることに気づいた。

 長い一本の髪の毛は、私が摘み上げようと伸ばした指をするりと抜け、ゆらりと鎌首をもたげた。


 自分から丸まっていったそれが、小さな固まりになると、やがてにょきりと足が生え、蜘蛛になって歩き始めた。


 テーブルから飛び降りた蜘蛛は一瞬で蝶へと変わり、ひらり、ひらりと、部屋の中を飛び始めた。


 その下を、なにかの服のボタンが転がっていく。

 それを押すのは、首のもげた針金人形。

 ビニール袋が、クラゲのようにふわふわと浮かび、流れていく。

 画面の割れたガラケーが、スキップをしながら歩いている。



 その道の人に言わせると、私の部屋はの通り道になっているのだそうだ。

 私に霊感なんていうものはないが、何故かお酒に酔ってるときだけは、彼らの姿を見ることができた。


 赤い魚。

 黄色い長靴。

 破けた雑誌。

 顔のないネズミ。

 腕の生えたシクラメン。

 血のついたハンカチ。


 ゆらゆらと、ざわざわと、私の視界を横切っていく。


 ただ、通っていく。


 やあ、今夜も賑やかだね。

 今日はもう少しだけ、私も夜更ししようかな。

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