上峰加奈子の歩む道

卯月白華

あめのやんだあと

 上峰うえみね加奈子かなこは戸惑っていた。


 カーテンの陽の光一つ無い様子から、どうやら深夜。

 けれど明かりひとつ外に感じられないことの異常さにも、現在彼女は気がついてはいない。

 先程まで降っていた稲光混じりの強い雨も、今はぴたりと止んでいるらしい。

 ベッドに腰掛けながら、ひたすら暗い部屋で彼女は頭を抱えている。


 上峰加奈子にとって、今のところ一番混乱を引き起こしている源は、目の前。

 床に輝いて鎮座ましましていらっしゃる、ピンクオレンジ色の中型猫様の姿をしている存在だ。


 一見、大きさと毛の長さから「ソマリ」という猫の種類に見えなくもない。

 けれど件のお猫様は、「ソマリ」というには色が鮮やかなピンクなオレンジ。

 染めたのでなければ有り得ない体毛。

 加えて首周りのふさふさは「ソマリ」というより雄ライオンより。

 このお猫様に性別は無いのだが、何故か立髪にしか見えないものがあるのだ。

 耳の毛の感じや、全体の温かそうで柔らかく見えるふわふわの長毛、筋肉質の体型からは、「ソマリ」というより「ノルウェージャンフォレストキャット」。

 だが、大きさは大型家猫ではなく、中型から小型の家猫。

 やはり地球上に存在しなさそうな立派なお猫様だ。

 愛や目の錯覚で輝いて見えたとしてもだ、そもそも、本当に光を発する猫はこの世界には居ないだろう。

 

 確かに言った。

 猫の手も借りたいと。

 だがしかし、本当に猫が現れるとは思うまい。


 これが上峰加奈子の正直な感想だ。


 正確には幻獣の家猫型であって、ただの猫ではないという。

 より詳しく述べれば、異世界の存在。

 更に言えば、別の世界においては免疫を担う存在だった。


 何故それを知っているのかといえば、上峰加奈子の記憶では、確かに自分は一度死んでいる。

 その後、不思議な事に異世界に転生していたのだ。

 このお猫様は、その異世界における彼女にとっての相棒。

 上峰加奈子にとってはそういうお猫様だ。


 彼女には間違いなく異世界での記憶が有るというのに、気がついたら何故か前世である上峰加奈子にまた戻っていた。

 目が覚めたら前世の自分の部屋にあるベッドの上。

 しかも深夜。

 どうして前世の世界に居るのか見当もつかない。

 記憶が途切れて抜け落ちているのだけは、はっきりと分かるばかり。

 それでも、無い気力を振り絞り状況を確認すれば、どうやら死んだ時より時間まで巻き戻っていて、正に中学を卒業したばかりの三月という。


 混乱の極みに遭った彼女が、思わず渇いたため息と共に呟いたのは、本当に一種の戯言だった。

 脳裏にこのお猫様を描いたわけでもない。

 ただ、もう色々目一杯だったから思わず出た言葉。

 それだけだった。

 だったのだが……


 キラキラと自分を見つめるお猫様。

 優雅な長い毛に覆われた尻尾もフリフリと嬉しそうだ。


 意を決した彼女がお猫様の名前を呼ぶ。


「ノイ……?」


 恐る恐るな声だったが、お猫様はピョンっと彼女の膝の上に華麗に移動した。

 すぐさま彼女の手にゴロゴロと言いながら頭を擦りつける。

 いつもの動作に改めて彼女は確信を得た。

 得てしまった。

 この膝の上で甘えているお猫様は、自分と誓約を交わした相手で間違いはないと。


『此処は危ないからノイに任せる!』


 力強い御言葉まで返ってきた。

 言い回しが間違いなく異世界で出会ったお猫様。


「いつも危ない時は影から守ってもらってたもんね。それじゃ、お願いしようかな」


 いつも通りのお猫様に、彼女もいつもの調子で微笑と共に返してしまったのが、ある意味運の尽き。

 前世の世界だと、今の彼女がまだ思っているこの世界。

 どうにも前世とは様々な意味で違う世界だと彼女が把握した時、そんな世界で生きることになってしまったらしいのは、このお猫様との再会が原因だったと気付いた時には後の祭り。


 異世界での諸々を、巻き戻ったけれど、確実に編み方の違う前世の世界でも活用する羽目になるとは、この時の彼女は思わなかった。


                               ……続く……?

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上峰加奈子の歩む道 卯月白華 @syoubu

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