【KAC20229】手も尻尾も借りたもん勝ち

いとうみこと

縁の下の力持ち

「……某有名フリマサイトでは定価の十倍で取り引きされることもあるなど『にゃんぽー』は爆発的な人気を得て品薄状態が続いています。発売元の満願商事は『鋭意生産中ですので今暫くお待ちください』とのコメントをSNS上で発表しました。以上、この時間のニュースをお伝えしました」


「すげえ! この部屋の在庫をフリマに出したら大儲けできますね」


 事務室のテレビを消して、振り向きざまに社員の平耕平たいらこうへいが言った。


「何を馬鹿なこと言ってんだ。もっともっと作って売った方が儲かるに決まってるじゃないか」


 そう言いながらも社長の長月實ながつきみのるは満更でも無さそうだ。


 満願商事は、實が脱サラして十年前に興したキャラクターやタイアップ商品を企画販売する会社だ。これまで土産物やスーパーのマスコット、地方自治体のゆるキャラなどを手掛けてきたが、どれも鳴かず飛ばずで会社の経営は決して楽ではなかった。


 ところが半年前のこと、ある日實は夢を見た。それは猫のロックバンドのコンサート会場に紛れ込む夢で、会場の数万の猫たちが一斉に手を振る様子を見て實は猫の手を模したペンライトを思いついた。これはイケると確信した實はすぐさま見本を作り、知り合いのつてを辿って大人気の猫耳アイドル『KITTENS』に売り込んだ。何よりメンバーの少女たちの「か〜わ〜い〜い〜!」という声に推されてあれよあれよという間に公認グッズとなり爆発的な売れ行きを記録したのだ。


 今では商品のみならず實も時の人となり『情熱亜大陸』や『大逆転人生』などの人気番組出演を果たしたり、コメンテーターとして情報番組に呼ばれたりするようになった。来月には新工場の稼働と、広い事務所への移転、社員の大幅採用が控えている。エレベーター無しの雑居ビルとはもうすぐおさらばだ。


「でも、社長、いつまでも『にゃんぽー』だけってわけにはいきませんよね。最近では似たような商品が格安で出回ってきましたし」


 浮かれた気分に水を差したのは、創業当時から事務を任せている沢田公美子さわだくみこだ。公美子がいたからこそ今も会社が存続していると断言できる要の人材だが、全幅の信頼を置きつつも、その現実的な物の言い方を實は時々煩わしく思うことがある。實は少しムキになって答えた。


「私が何も考えていないとでも?」


「え、社長、もう次の一手を考えてるんすか。さすが、社長、できる男は違いますねっ」


 平は軽薄な男だが、こういうところは嫌いじゃない。


「会社の経営者たる者、常に次を考えて動かねばならんのだ」


「で、それは何ですか?」


 公美子の食い気味の質問にも怯まず、實は机上のパソコンをふたりの方へ向けた。


「じゃーん! これぞ次なる秘策『わんぽー』だ」


「おおっ! これは犬の手ですね。さすが社長、目の付け所が違いますねっ」


「だろ? 他にもあるぞ。『がおぽー』に『ぱんぽー』に『ぴよぽー』だ」


 画面には實の手描きのイラストが次々と映し出されていく。


「お、ライオンにパンダにひよこですね! これなら無限に作れますよっ。もうガッポガッポっすね!」


「だろ?」


 盛り上がるふたりに冷たい視線を投げ、公美子は何やらキーボードを叩いてエンターキーを押した。


「盛り上がっているところ恐縮ですけどこれ見てください」


 ニヤニヤしながら画面を覗き込んだふたりの顔からさっと血の気が引いた。その画面には、先程實が見せたデザイン画とよく似た商品がずらりと並んでいる。


「『にゃんぽー』もあとどれくらい持つかわかりませんよ」


 實はふらふらと自分の席に戻った。たった四人でやり繰りしている商社とは名ばかりの小さな会社、狭い室内には古びた四つの事務机、扉が閉まらなくなったキャビネット、二台の電話にファックスと旧式のレンタルコピー機。その中でいつか必ず一発当ててやると歯を食いしばって頑張ってきて、やっと日の目を見たというのにもう終焉を迎えようとしているとは……


 その時勢いよくドアが開いて、もうひとりの社員、横尾透よこおとおるが入ってきた。


「社長やりましたよ、契約取れました。あの『DOGTAIL』の販促グッズですよっ」


「え、あの全米が泣いた映画ランキング第一位の『DOGTAIL』か?」


「はいっ、監督がお土産でもらった『にゃんぽー』を凄く気に入って、日本公開には是非あれと同じクオリティの犬の尻尾型ペンライトが欲しいと言ったそうです」


「あのタランティラン監督がうちの『にゃんぽー』を……」


 實は鼻をすすった。しかし、感涙にむせんでいる暇はない。


「そうか、尻尾という手もあったのか。さすがタランティラン監督、我が社の次の一手はこれに決定だ!」


 男たち三人は手を取り合い輪になって喜んだ。その脇で、公美子はひとり冷静に原価計算を始めた。やはりこの会社は公美子無しでは成り立たないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20229】手も尻尾も借りたもん勝ち いとうみこと @Ito-Mikoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ