白猫のクロコ

わら けんたろう

第1話 白猫のクロコ

 夜の街の中をお散歩していたウチは、大きめの麻袋を手にした小柄なニンゲンの男と髯モジャの大きなニンゲンの男に追い駆け回された。


 一生懸命逃げたんだけれど、結局、髯モジャの大きなニンゲンの男に捕まった。

 男はウチを細長い皮袋に放り込むと、袋の入り口を閉じた。


 ウチは怖くなって、足をバタバタさせて麻袋の中でもがいた。


 なに!? なにが始まるの?


 そう思った瞬間、


 ボグッ!


 フギャぁ!


 背中に激痛を感じて、思わず叫び声をあげる。


「ヘタクソだな。ちゃんと頭を狙えよ!」


 袋の中にいるから見えないけれど、そんな言葉が聞こえてきた。たぶん、大きな麻袋を担いだ小さい男の方だろう。


 うう、早くも、死んじゃう……。まだ、この世界に来たばかりなのに。


 ウチは、クロコ。「わたりネコ」のクロコ。白猫だけど、名前はクロコ。女の子だよ。


 「わたりネコ」は、異世界を渡ることができる「世界の創造者エイベルム」たんのお遣いなんだ。30年のあいだ月の光を浴びた猫が「わたりネコ」になれるんだよ。このときもエイベルムたんのお遣いで、オクタヴィル王国の王都にやって来た。


 御遣いの内容は、この街でニンゲンの飼主を見つけること。理由はよく分からない。エイベルムたんは、ニンゲンをより近くで観察したいとか言っていたけれど。


 そんなわけで、この街でニンゲンに近づいていったら、この二人に捕まってしまった。


 「わたりネコ」はエイベルムたんから特別な力を与えられている。普段のウチなら、逃げるのは簡単だ。


 けれどこのときは飼主を見つけるまで、スキル『全世界言語理解』以外の力を封じると言われていた。つまり、ニンゲンの言葉を理解したり話したりはできるけれど、それ以外はただのネコ。


 そして、いきなりの大ピンチ💦


「あ? なんだ小娘……」


 袋の中にいるので、外の様子は分からない。どうやら誰か来たみたい。


 うにゃにゃにゃ、むぐ、むぐ、ぷはぁ。


 ウチは袋の中から顔だけを出して、きょろきょろと外の様子を確かめた。

 二人の男達の前に、濃紺のローブを羽織った少女が立っている。


 フードを目深く被っているので、顔はよく見えない。ほんの少し肩にかかるローブと同じ色の髪がフードのなかから覗いていた。


「人に頼まれてね。オスの三毛猫を探しているんだけれど、記憶にない?」


 男達は顔を見合わせる。にやりと下卑た笑みを浮かべていた。


「ああ、よく知っているぜ。案内してやるよ」


 そう言って、男たちは少女に近づいて行く。

 背の高い方の男が、少女の肩に手をかけようとした。


「うぐっ」


 何が起きたのか分からなかった。男は足を払われたのか、一瞬、身体が宙を舞い背中から仰向けに倒れた。


 それを見て、背の低い男は驚いた顔で足下に横たわる仲間を見下ろしている。そして、顔を少女の方へ向けた。


「このガキィ‼」


 背の低い方の男は担いでいた大きな麻袋を置いて、ポケットからナイフを出した。右手に持ったその刃物を振りかざして彼女に襲いかかる。


 バギィッ!


 少女は男の繰り出すナイフをひょいひょいと避け、男の顔面に回し蹴りをめり込ませていた。


「ぶばっ」


 地面に膝をつき手で鼻を押さえながら、男は鼻血をダラダラ流している。


 そして少女は、天を指さすようにして手を高く上げ、その人差し指で円を描いた。光輪が空中に浮かぶ。鼻血を流す男を指さすと、小声で「拘束せよ」と言った。


 光輪が男の方に飛び、背の低い方の男を拘束する。同じように大きな男も拘束された。


「くっそ、なんだこれ!?」


「なんてことしやがる、この、クソッ!」


 男達はうねうね、バタバタともがいている。


 少女は両手に魔法陣を浮かび上がらせて、鼻血を流す男の頭頂部にその手を優しく置いた。


「記憶を見せてもらうわね」


 この少女、魔導士だ。しかも、かなりの腕だ。ウチは、思わずその少女を凝視した。

 すると、フードからチラリと除く金色の瞳がウチに向けられた。


「ありがと。でも、ウソはよくないわ」


 そう言うと彼女は男にニコリと微笑んで、袋に入ったウチを拾い上げた。記憶を見られた男は、気を失って地面に横たわっている。


 彼女は袋に入ったままのウチを抱っこすると、背の低い方の男が担いでいた大きな麻袋の口を開いて中を覗き込む。

そして目をきつく閉じて、ギリリと歯を食いしばっていた。


「……生活のためとはいえ、酷いことするわ」


 そう言って、首を振っている。

 大きな麻袋の中には、撲殺されたネコ達の遺体が数体入っていた。


 じつは、このときオクタヴィル王国では、ネズミが媒介する伝染病対策としてネコを飼育することが奨励されていたんだ。まさに、ネコの手を借りようというわけ。


 ところがその影響で、ネコの価格が急騰して「ネコ盗り」が横行した。毛並みがいいネコや珍しいネコは飼いネコとして、それ以外は楽器や衣料品の裏地素材として高値で取引されていた。

 ネコにしてみれば、ある意味メーワクな政策だよね。


 彼女は、腕の中にいるウチに金色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。とても優しい目だった。


 そして、その目がすぐに疑惑の目に変わった。


「っ!? あ、あなた、何ネコ?」


 迂闊にも、ウチは彼女に鑑定スキルで診られていることに気が付かなかった。

 少女は驚愕の表情で、ウチを凝視している。


 にゃ?


「タダのネコのフリして、誤魔化そうとしても無駄よ。『全世界言語理解』を持っているコトは、まるッとお見通しなんだからね!」


 ウチは、心臓が飛び出るかと思ったよ。激しく動揺したよ。


「ななな、なんで分かったの!? えっ、えっ、もしかしてウチが『わたりネコ』ってバレてる!?」


「『わたりネコ』? なに、ソレ?」


 ぎにゃー、しまったあぁぁ。


「ひいっ! し、知らない、知らないよ💦」


 じとーっとウチを見て、少女は笑みを深めた。


「教えてくれる? 『わたりネコ』ってなぁに?」


「そ、それだけわっ! 身バレすると、ウチ、エイベルムたんに叱られるしっ」


「エイベルムたん? 創世神様のことかしら?」


 うわあああ、ウチのバカバカ。


「あなたは、創世神様の御遣いってこと?」


 ぴー、ひゅー、ひゅるるー♪ 


 口笛で誤魔化そうとした。ネコの口じゃうまく吹けないけれど。


「そう。じゃあ、この男達に売り飛ばしちゃおうかな」


 少女は真顔で、地面に転がっている男たちの方を見て言った。


「ぎにゃあ! や、やめてぇー!」


「うふふふふ、じゃ、教えてくれるわね?」


 こくん。


「その前に、このコたちを弔ってあげましょう」


 少女はウチを袋から出すと、麻袋を肩に担いで歩き出した。


「この人たちは、どうするの?」


 地面に横たわる男たちを見て、彼女に尋ねた。


「朝には拘束が解けるから、放っておいていいわ」


 男達に撲殺されたネコ達を弔った後、ウチは自己紹介を兼ねて「わたりネコ」について長々と語る羽目になった。

 少女は、目をキラキラと輝かせながら、ウチの話を聞いていた。あれこれと細かいことまで聞いてきて、話し終わったのは夜も明けるころだった。


 ウチを助けてくれた13歳の魔導士。彼女の名は、


 ――メルヴィス・クィン。


 後にヴィラ・ドストくんとともに数多の戦場を駆け抜け、ヴィラ・ドスト王国建国を支えた大魔導士との出会いだった。

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