【閲覧注意】ねごで様

ハルカ

奇妙な男の独白

 猫の手も借りたい、という言葉があるだろう。

 そう、非常に忙しいことの例えだ。


 何? 自分も今忙しいって?

 まあまあ、ここで出会ったのも何かの縁。損はさせないから聞いてきなよ。

 なあに、ただのお節介さ。気にすることはない。


 それでさっきの続きだけど。そう。『猫の手も借りたい』。

 どこか奇妙な言葉だと思わないか? だって猫にあるのは四本であって『手』ではない。それなら『猫の手』とはいったい何だと思う?


 もったいぶらずに話せって? はは、わかったよ。

 この辺りの土地では猫の前足のことを『手』と呼んでいる。

 『猫の手は幸福を招く』って聞いたことあるかい? ほら、招き猫なんかがそうさ。あの手で客を招くと言うだろう。そう、あの『手』だよ。


 この辺りでは『猫の手は願いを叶えてくれる』と言われている。

 もちろん迷信なんかじゃないさ。だから君もここへ来たんだろう?

 そう、猫の『手』には不思議な力があるんだ。

 幸福を呼び寄せたり、願いを叶えたり、厄介なものをうまく隠してくれたりする。ほら、猫はフンをしたあと砂をかけて隠すだろう?


 それで、ここからが本題なのだけど。

 まあまあ、聞いてきな。最後まで聞いてくれたら、あとは止めないから。


 ――さてと。どこまで話したかな。

 そう、猫の手が願い事を叶えてくれるって話だったね。

 この土地には昔からその言い伝えがあって、うんと昔、平六へいろくという男がどうしても金が必要になり、この言い伝えを思い出したんだ。


 この平六はミヤという美しい白猫を飼っていて、彼はそのミヤの手を神社に奉納しようと思いついた。だが、猫を殺すと七代まで祟られるという。――なに、知らない? それじゃあひとつ賢くなったね。

 さて、この平六だが、猫は生かして手だけ切り落とそうと虫のいいことを考えた。


 彼は暴れるミヤを押さえつけ、のこでその手を切り落とし、神社に奉納したんだ。

 その効果は覿面てきめんで――おや、急に目の色を変えたね。そう。猫の手には本当に効果があるのさ。それで、平六の家には急に大金が転がり込み、たちまち村一番の長者になった。


 話は終わりかって? とんでもない。

 肝心なのはここからだよ。


 それで満足しておけばよかったものを、平六はまたしても欲に目がくらんだ。

 とはいえ、ミヤの手をもう一本切り落としてしまってはすっかり歩けなくなってしまうから、さすがに都合が悪い。

 そこで平六はどこからか別の猫をつかまえてきて、ミヤに仔を産ませた。


 そうして、つがいにした猫はもちろん、生まれてきた仔猫たちの手も、願い事があるたびに一本ずつ切り落としていった。

 だが、やがて村人が異変に気付いた。

 なにせ平六の家だけやたらと幸運が転がり込む。大金を得て、美しい嫁をもらい、平六と折り合いの悪い奴はいなくなり、不作の年も平六の田だけは青々としている。

 あいつは裏で何か隠し事をしていると村中の噂になった。


 そうこうしているうちに、平六のうちの奉公人がうっかり口を滑らせた。

 この頃には、きっと彼の家には片手のない猫であふれていただろうね。

 それを知った村人たちはどうしたかって? みんな表立って平六を責めた。いくら猫とはいえ、生きながら手を切り落とすとはなんと惨い仕打ちかと。


 村中にすっかりその話が広まる頃には、平六は村にいられなくなり、せっかく得た土地も大きな家も美しい嫁もすべて手放して、こそこそ逃げるようにどこかへ姿を消してしまった。

 だが、それからも村には片手のない猫が増え続けた。

 なんてことはない。村人たちは裏でこっそり平六の真似をしていたのさ。


 そしてある年、は始まった。

 あるとき村の猫が数匹の仔を産んだが、どれも最初から片手がなかった。その日を境に、村では片手のない猫しか生まれてこなくなった。

 今でもそれは続いていて、この辺りには三本足の猫しかいない。

 君のキャリーバッグの中にいるのは、どうやらこの辺の猫じゃなさそうだね。

 ――おや、そんなに警戒しなくていいったら。


 さて、話を戻そう。

 奇妙なことはそれだけでは終わらなかった。片手のない仔猫が生まれた日を境に、村の中からひとつずつ何かがなくなっていったんだ。

 たとえば、泳ぎの得意な者が川で溺れ死んだり、縁談がまとまりかけていた若者が首を吊ったり、昨日まで元気だった子どもが突然亡くなったり、あるいは一夜にして土地が枯れて作物が育たなくなったり、家畜が原因不明の病で次々と死んだりした。


 猫の呪いかって? さあてね、どうだろう。

 ただ、こうは考えられないかな。猫はただ『貸した物を返してもらっている』だけなんだと。

 そう、『猫の手も借りたい』と言うだろう。

 


 猫たちは、「自分にとって」価値のある物を貸したから、今度は「人間にとって」価値のある物を取り立てている。それだけの話さ。

 猫の手を借りた結果、どうやらその代償はずいぶんと大きかったみたいだね。

 この土地の者たちはもう数百年、そうやって借りた物を返し続けている。いつまで続くのかもわからない。


 村を出て行った平六がどうなったかって?

 それは聞かないほうがいいかもしれないな。ただ、彼の亡骸には片腕が無かったという話だよ。

 そう。誰もこの土地を出て行こうとしない理由がそれさ。

 さすがに自分の命で返すのは割に合わないからね。


 さて、この話はこれで終わりだけど、君はそんなに急いでどこへ行こうとしているんだい? ああ、やっぱりに行くんだね。それならこの道で合ってるよ。

 猫手ねこのて神社じゃないのかって? ああ、たしか正式名はそうだったかな。でもこの辺じゃみんな「ねごで様」って呼んでるけどね。


 やっぱり行くって? ああそう。

 よほどの事情があるみたいだね。

 まあ、忠告はしたよ。あとは君の好きにすればいい。

 それじゃ。

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