05.そこまで考えてない(1)

「色もかなり違うな」


 硬質そうに見える羽色のエーミュウだが、新しく出て来たそれは僅かに緑色の光沢を放っている。

 色や体格だけが通常と異なるのならば良いが――色合い的にそうも行かないような気がする。薄緑の光沢は何らかの魔法的な作用を示す。特に自然界の生物でもある魔物の緑っぽい光沢は「魔法に関する攻撃手段・防衛手段」を持っていると報せているようなものだ。


 ――でも取り敢えず、矢を放ってみようかな。薬草の食べ過ぎであんな色になっちゃったのかもしれないし。

 何にせよ他のエーミュウと何が違うのかは検証しなければならない。同じ矢を放って討伐できるのならば、それでも構わない訳だし。

 グロリアが再度同質の矢を番えたのを見て、ジークが視線をエーミュウへと戻す。その横顔には強い警戒心が滲んでいた。


 それを横目に見つつ、矢を放つ。それは少し前までと全く同様に飛び、エーミュウの胴体を射貫くはずだった。

 が、やはり通常個体と性能が違うらしい。

 魔法を弾く事の出来ない羽はしかし、魔法で出来た魔弓の矢をあっさりと防いで見せた。霧散する矢を見てグロリアは次の対策を考え始める。


 ――しかし、そう上手く事は運ばない。

 今までの知能が低かった通常エーミュウと違い、それは矢が飛んで来た方向を正確に理解。攻撃されていると認識し、すぐさま矢を放った人間である自分達を発見する。鳥頭ですらないらしい。


 エーミュウがその陸上を走る事に特化した脚に力を込める。それと同時に、ジークが倉庫の魔法を起動。虚空から身の丈程もある大盾を取り出して瞬時に構えた。


「下がれ、グロリア!」


 ジークがそう言った時にはもう既にエーミュウが信じられない速度で迫ってきているのが見えた。走って来ている、と理解した時にはゴールに到着している。そんな速度。

 しかし、今回は優秀なタンクがいるので慌てず騒がず、射手であるグロリアは避難を開始する。近すぎて矢どころではないからだ。


 魔物からは目を離さず、速やかに後退る。

 エーミュウはジークに足止めされているようだ。大盾に恐ろしい爪の生えた脚を叩き付けているが、そこは流石の獣人・ヴォルフ族のジーク。純粋な腕力で魔物とまともに正面から力比べ出来るのは彼等の特権だ。


 ***


 ――もう魔物から離れたな。

 一方のジークは変異種であろうエーミュウと対峙しつつも、視線だけ動かしてグロリアの安否を確認していた。とはいえ、彼女は馬鹿じゃない。いつも通り慌てる事の無い無表情でさっさと退散している事だろう。


 視線を丸々と肥えたエーミュウの変異種へ戻す。間近で観察してみれば、それは本当に野生の魔物かと言わんばかりに整った体格をしている。薬草畑で苦労なく食糧を得られていたからだろうか。他のエーミュウはここまで体格に恵まれているようには見えなかったが。


 それはいい。今はあまり関係の無い話だし、このエーミュウの親玉をどうやって討伐するかを考えなければならないだろう。

 今日のパーティは2人編成。シンプルにタンクである自分と、アタッカーであるグロリアで構成されている。

 ジーク自身はサブアタッカーも担える装備である為、もう片手に武器を持つのもありだが、所詮はサブアタッカーだ。防御しつつエーミュウの羽を掻い潜って物理的な攻撃を行うのは厳しい。基本的にエーミュウは物理的な力に強く出来ている。

 ただ、今対峙している変異種は魔弓の矢を防ぎきる程度には魔法への抵抗力がある。その分、物理的な攻撃への耐性が落ちているとは考えられないだろうか。両方兼ね備えたハイブリッド鳥かもしれないけれど。


 今日のアタッカーは遠距離魔法アタッカー1枚編成だ。つまりはグロリアの事なのだが、彼女は割と何でも出来る人である。得意不得意は聞いた事が無いが、魔弓だけを使う人物でもない。

 ならば彼女に物理アタッカーへ転じて貰えば良いと、そう思うのだがあくまで彼女は技巧派。魔法は魔力さえあれば誰でもゴリゴリのアタッカーを張れるが、物理アタッカーは相応の腕力や身体能力を要求される。

 ここでグロリアを見て貰えれば分かるが、彼女は間違っても筋骨隆々な大男ではない。硬い羽を持つエーミュウの羽を叩き割って破壊出来る力は無いだろう。


 ――つまり、今日のメンバーだと俺がどうにかするしかない訳か……。

 エーミュウの猛攻を防ぎながら内心で頭を抱える。魔法耐久エーミュウなんて普通に手に余る。この手の凶悪な魔物は近付かずに倒せるのなら、それが一番良いからだ。


 と、不意にエーミュウの攻撃が止んだ。休憩かとも思ったが、それは遠くで聞こえた先程から何回も聞いている風切り音で違うと気付く。

 まさか、この混戦状態で矢を放つ気か? 正気ではない。魔弓の巻き込み事故は本当に死人を出す。

 ぎょっとして首だけ動かし、背後を見た。彼女の持つ弓はかなり上を向いている。威嚇射撃だったのかもしれない。


 グロリアがこちらを見ている。何だ何だと身構えていると、手で退けろとジェスチャーされた。そこで、そういえば通信魔法を繋いでいなかった事を思い出す。やっぱりいるだろこの魔法、と思ったが後の祭りだ。

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