えきちょー

南木

えきちょー

 地方都市と、そこからさらに山奥の町を繋ぐ鉄道「芦坂電鉄あしざかでんてつ」は、かつては鉱山の町を繋ぐ鉄道として発達したものの、今では地元住民が移動のために使う程度の零細鉄道だ。


 乗客は年々減る一方で、このままでは廃線になるかもしれないと噂も聞こえてくる中――――中間駅の一つである「藤倉ふじくら」では、今日も駅員の大村が暇そうにあくびをしていた。


「あ~ぁ、今日もやることねぇな~。切符買う人もいないし、電車の案内を聞かれることもないし……これじゃ鉄道がなくなる前に、俺が用済みになるかもなぁ。といっても、こんな田舎じゃ再就職なんて無理だろうし」


 平日も休日も、利用客は決まって朝夕の通勤通学か、買い物をする主婦や通院する老人のみ。

 かつては観光客も来ていたらしいのだが、大村がこの地方に生まれたころには、すっかり過去の物語になっていた。

 数少ない「切符を切る」という業務も、ICカードが導入されたことにより切符を買う人もほとんどいなくなってしまった。


 ところが、この日はちょっとした出来事があった


「ちょいと駅員さん」

「おっ……あ、はい、なんでしょう?」

「自動改札機の上に猫がいて、通れないのじゃが」

「猫……?」


 見れば、自動改札のICカードをかざす部分に、三毛の野良猫が堂々と鎮座しているではないか。


「この野良猫めっ……ほら、どいたどいた、シッシッ!」


 大村は軽く追い払おうとしたが、どういう訳かこの猫はふてぶてしく改札機の上に居座り続けた。

 彼は仕方なく猫を抱き上げて床に下ろす。この期に及んでも、猫は一切抵抗しなかった。


「はっはっは、改札機の上が温かくて寝心地がよかったのかのう?」

「冗談じゃありませんよ。ほらほら、どこのかしらないが、帰った帰った」


 こうしていったん猫を駅舎の外に逃がした大村だったが、次の電車が発車した後またしても客から…………


「あのー、猫が改札機の上にいるんですけど、大丈夫なんですか?」

「あっ……また乗ってやがる! 帰れって言ってるだろ」


 追い払えど追い払えど、改札機の上に乗る野良猫。

 これには大村も根負けしてしまい……


「しょうがないにゃあもう……そこにいていいから、少しずれてくれ」


 結局野良猫は、駅員交代の時間の後も駅舎に居座り続けた。

 しかも、野良猫はその場所がすっかり気に入ってしまったのか、食事やトイレ、散歩のとき以外はずっと自動改札機の上に居座り続けたのだった。


「どうする、アレ?」

「もういっそのこと、駅のマスコットにしようぜ? 最近、学生や爺さんばあさんたちも顔見知りになってきたし」

「名前はどうする?」

「ずっと駅に住んでるから、駅の主……「えきちょー」でいいんじゃね?」

「えきちょーか! あはは、いいなそれ! 猫の餌と煮干しが給料の駅長なんて、安上がりだな!」


 こうして、交代後の駅員である後藤と大村が話し合った結果、メスの猫は「えきちょー」と名付けられ、ほかの当番の駅員と共に交代で面倒を見ることになった。

 一応この駅にも名目上「駅長」はいるのだが、経費削減のためにほかの駅と兼任しているため、藤倉駅に来ることはほとんどないのである。



「あ、えきちょーだ! おはよーえきちょー!」

「えきちょーは今日もカワイイね! 抱っこしてもいい?」

「えきちょーモフモフだぁ」


 藤倉駅のえきちょーは、すぐに地元の人気者になった。

 大人しいうえに人を怖がらないえきちょーは、特に地方都市の学校に通う高校生たちの間で話題沸騰となり、芦坂電鉄のほかの駅はもとより、全く違う地方の学生までもえきちょーに会いに来た。


 学生の発信力は侮れない。

 生徒間のネットワークは忽ち学年の垣根を超え、更にSNSでえきちょーの存在は急速に広まった。


「えきちょーをみると、まるで孫みたいだわ」

「そういえばワタクシ、えきちょーのぬいぐるみ作ってみましたの!」

「あらー、よくできてるわー! じゃあアタシはキーホルダー作っちゃおうかしら?」


 日中の時間が空いている主婦や老人たちも、駅でのんびりしているえきちょーをとてもかわいがった。

 もちろん中にはマナーのなっていない客や、勝手に餌をあげようとする不届き物もいたが、それらは大村たち駅員がしっかり取り締まった。


「やれやれ、駅員の仕事はいつからえきちょーの世話係になったんだ?」

「でも可愛いからいっか」


 半年もすると、日中でも遠くから乗客が来るようになり、休日ともなれば「駅猫」という稀有な存在を見ようと大勢の人が押し掛けた。

 おかげで鉄道の乗車率は今まで類を見ないほど高くなり、1時間に1本程度の運航では捌き切れなくなってしまった。


「雑誌記者ですが、インタビューを」

「テレビ局の物ですが、番組を作りたいので……」

「は、はい……まずは本社の方に許可をもらってください」


 ついには地方雑誌やローカルテレビ局の取材許可も来るようになり、芦坂電鉄本社は毎日のように対応に追われることとなった。


 さらにさらに、全国各地からも人が来たことで、今まで見向きもされなかった芦坂電鉄周辺の観光地――――

 バブル崩壊と共に廃れた藤倉駅近くの温泉地や、知る人ぞ知る縁結びの神社、今まで埋もれていた城跡などなどもにわかに注目され始めたのだった。



 1年がたったころ、えきちょーが行方を眩ませるという事件が起きた。

 大村たち駅員が慌てて捜索したが、数日後えきちょーは大きなおなかと共に見ず知らずのオス猫を連れてきた。


「えきちょーがおめでた婚を!!??」


 幸い、オス猫の方も検査の結果悪い病気は持っておらず、まるで恋人のようにつきっきりだったので、オスの方も「しゃちょー」と名付けて受け入れることとなった。

 (流石に芦坂電鉄の社長も、このときは苦い顔をしていたという)


 開き直った芦坂電鉄駅員たちは「えきちょー結婚式」というイベントを大々的に開催し、わざわざ別の鉄道会社からトロッコ列車を借りて特別運転を行った。

 そしてこれがまた大成功をおさめ、「えきちょートロッコ」はその後も月1回、そして週1回と定期運航することになる。

 芦坂電鉄沿線では初春に桃の花、初夏に渓流、秋は紅葉、冬は雪景色と絵になる四季に恵まれており、これもまた一種の観光資源となった。


 子猫を生み、すっかりお母さんになったえきちょー。

 彼女の子供たちは、その後別々の駅に引き取られ、各地の「えきちょー」となっていった。

 芦坂電鉄はいまや「猫電鉄」の異名をいただくまでになり、観光の隆盛により増え始めた沿線人口で各地の駅は毎日が大忙しだった。


「ああ、今日も忙しかったな。まさに「猫の手も借りたい」とはこのことだな」

「何言ってるんですか大村! えきちょーはむしろ「人間の手を借りたい」と思ってますよ!」

「あっはっは、確かにそうだ!」


 駅員だった大村は、えきちょーが招き入れた客たちを正確かつ丁寧に案内した功績で、若いながらも『本物の駅長』に就任した。

 数年前の死ぬほど暇な日々が嘘のように毎日が忙しく、彼自身も「えきちょー直属の部下」としてマスメディアに顔を出す日も増えた。


 そんな彼にも、最近ちょっとした懸念が出てきた。


「えきちょー、最近少し元気がないように思えるな」

「もう10歳越えてるとお医者さんが言ってましたもんね。えきちょーも、いつかいなくなってしまうのでしょうか?」

「確かにな……ならば、今のうちに「後継者育成」もやっておこう!」


 えきちょーはすっかり歳をとり、いまでは立派なお婆さん。

 旦那のしゃちょーも足腰が弱くなってきた今、大村は「2代目えきちょー」の必要性を実感した。

 幸い、えきちょーの最後の子猫の何匹かは、まだ譲渡先が決まっていなかった。

 その中の1匹を「2代目えきちょー」として、次世代候補とすることにしたのだった。


「今日からこの「ルナちゃん」は、お母さんの後を継ぐため「2代目えきちょー」に就任します!」

「お母さんに負けない、立派なえきちょー目指して頑張ります!」

『ワーワー! パチパチ!』


 祝福と喝さいの中、額に三日月の模様があることからルナちゃんと名付けられていたオスの子猫が、2代目のえきちょーに就任した。

 二匹はその後もしばらく、一緒になって駅の見回りなどをしたり、インタビューに応じたりなどしていた。


 そして数年後――――明け方に大村が出勤してきたとき、駅長室でひっそりと永遠の眠りについた初代えきちょーの姿がそこにあった。

 その日の大村駅長の嘆きは相当なもので、余りのショックで病院に運ばれるまでの騒ぎとなった。



 一時期は廃線の案も浮かんでいた芦坂電鉄――――

 一匹の猫が来たことにより、大勢の客を招き入れ、鉄道だけでなく地方の観光地までも盛り上げ、復活させた。


 今やもうえきちょーの人気に頼らなくとも、芦坂電鉄とその周辺は安泰となった。

 彼女はまるで役目を終えたように、堂々と天国に旅立っていったのだった。


「まったく、猫の手ってのは忙しい時に借りるものだったのになぁ」

「にゃ~ん」


 初代えきちょーがなくなって数年後。

 駅舎が新しくなり、駅名も「藤倉温泉駅」に変わった駅舎では、大村駅長が2代目えきちょーにのんびり餌をあげていた。


 今の彼の仕事は、初代が盛り上げたこの鉄道をこの先も盛り上げ続けることと、2代目、3代目と続いていく「えきちょー」たちを世話をすることだ。

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えきちょー 南木 @sanbousoutyou-ju88

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