猫の手で幸せ

鈴ノ木 鈴ノ子

ねこのてでしあわせ

[ネコに感謝せよ。]


 大学の研究室で真夜中過ぎまで研究をしながら、論文を書いていた私に、同棲している彼女からRainが届いた。一目見た時はネコが神に見えてしまい、新手の宗教に目覚めたのかと思ったが、ネコとわかれば安心した。そう言えばそんな画像をネットで見た気もする。


[何を感謝すればいいの?]


そう返信をすると一枚の画像が送られてきた。

それには、ご不在連絡票 弥藤次 是清 さま と書かれてあった。

たしかにこれには感謝せねばならない。私のミスで多大なる迷惑をかけてしまった。


[再配達で受け取りました。しっかりしてくださいね。]


文面ののちに猫のアニメキャラが怒った顔をしたスタンプが来た。彼女が好きなアニメであり一期からずっと見ているらしい。


[ありがとう。帰宅したら開けるからそのままにしておいてね。]


そう返事を返すと例のキャラが何か悪巧みを思いついたような表情のスタンプが返ってきた。これはなにかを企んでいるに違いない。


[開けていい?]


ほらきた。これはまずい、大変にまずい状況だ。見られてしまえは計画が台無しになってしまうではないか。


[そのままにしておいてね。]


そう返すと困った顔のスタンプが返ってきた。


[開けたら駄目なの?見られたらまずいもの?]


どうやら悪い方にスイッチが入ったようだ。彼女の疑いの眼差しが脳裏に蘇る。


[いや、まずくはないけど…。]


ごまかすような曖昧な返事を返しながら、私はどうすべきか思案した。見られるのだけは、なんとしても阻止しなければならない。


[帰ったら見せるよ。ちなみにニャンタはなにしてる?]


曖昧にしてから、飼い猫のスコティッシュホールドのニャンタの様子に話を切り替えるべく、私はそう返事をしてみた。


[元気よ。お互いに絶対の縄張りに入らなければ大丈夫であることは理解したみたい。甘えたい時だけは喉を鳴らしながら話しかけてくるわ。]


そう言って彼女とニャンタのツーショットが送られてきた。2人ともどことなくぎこちない笑顔だ。

 ニャンタは施設からやってきた気難しい猫であった。虐待されて保護されたこともあってか、担当者に飼いたい旨を伝えた時は、飼うのは難しいから止めるように言われたほどの猫だ。家に来てからしばらくは警戒していたが、彼女が積極的に世話をして話し合い、ニャンタの警戒心は1週間程度で解けて、見に来た担当者がその姿に驚くほどであった。


[今日は2人でアニメを見ながら夕食を食べて、今さっき毛繕いも終わったところ。]


[そうなんだね。君はお風呂に入らないと駄目だよ。夜したいから。]


そう返すと顔を真っ赤にしたスタンプが返ってきた。


[ば、馬鹿じゃないの。え、でも、今日、帰ってこれるの?]


そう言えば、ここ最近は論文を仕上げるために大学に寝泊まりしていることが多かった。時より着替えを彼女が持ってきては大学構内を沸かせて、私はいらぬ恨みと妬みを存分に頂いたばかりだ。

彼女は芸能人かと言われるほどの容姿端麗で鋭い目が特徴的な女性だが、性格はとても自分勝手で気ままである。興味がないことには本当に興味を示さない。

 そんな彼女と出会ったのは道端だった。

車にひき逃げにあったらしく怪我をして苦しんでいる彼女を病院に連れて行き、帰るところのない彼女を私の自宅で看病した。私の部屋はその頃は荒れ放題で、連れ込んだ時には、彼女から、ゴミ屋敷みたいね、とお小言を言われ冷たい視線を向けられた。

 暫く病院に通い、足の怪我が良くなると、人の生活をしたいので私の部屋を片付けると言い始めた、元来無頓着な私はご勝手にと返事をすると途端に作業が始まった。ゴミを捨て、洗い物をし、洗濯をして、布団を買い替え、あっという間に部屋を模様替えしてしまった。私まで一緒に捨てられるんじゃないかと思えてしまうほどに部屋は綺麗になった。

部屋の惨状については弁解したい、あの頃の私は初めての論文のデータ編集で余裕がなかったのだ。正直、猫の手も借りたい状況であった。その猫の手のように彼女の献身的な行為によって私の生活は正されて、今、人並みに過ごすことができている。


[晩御飯はどうするの?]


コメントの後にクエスチョンの浮かんだスタンプが貼られた。


[有れば食べたいです。]


そう返して土下座するスタンプを送る。彼女の手作り料理はとても美味しい。数年で腕を磨きに磨いていた。


[いつごろ帰るの?]


[今から帰ることにするよ]


[了解、作って待ってるね。あ、お風呂も入っておきます・・・]


ハートを両手で作っている恥ずかしそうな顔のスタンプに、私は思わず唾を飲み込んだ。

 データを保存してパソコンを切り、資料を整理したのちに部屋の電気を切る。スイッチの近くには研究室の忘年会の写真が飾られていて、冴えない私の隣に絶世の美女に等しい彼女がいた。私から離れずに周囲からこの変態のどこがいいの?と質問された際には、悪い笑みを浮かべて揶揄うように 変態だから と言って周りを驚かせた。

 帰宅する道すがらコンビニで日本酒を買って帰る、喜ぶだろうが新聞広告やネットなどで安い物を探す生活上手の彼女からすれば高い物をと怒られる気もした。

自宅に足取り軽く着くと、気配を察知した彼女が濡れた髪を拭き頬を蒸気させながら、ロングTシャツ一枚の理想的な姿でドアを開けたくれる。


「お・・・おかえり」


「ただいま」


 少し蒸気した頬はお風呂のせいだけではなさそうだった。


「あの、これ…開けちゃって…あの・・・」


 彼女の左手薬指に光るリングがあった。やっぱり好奇心には耐えられなかったようだ。


「似合ってるね。」


 プラン通りには行きそうにないことは明白になったので、私はそう言って彼女を抱き寄せて耳元で囁くことにした。


「結婚してください。化け猫さん。」


「は、はい。」


彼女の顔が真っ赤になり、嬉しさに耐えきれなくなったのか、変幻が解けて、美しい白い毛並みと二本の尻尾が特徴的な猫の姿へと戻った。指輪は落とすまいと器用に尻尾ではさんでいた。


猫の手を借りた結果、私は幸せを手に入れた。


私はいつも、ネコに感謝している。

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