片想いには、猫の手を!(KAC2022:⑨猫の手を借りた結果)

風鈴

猫の手

 5月の連休も終わり、新緑が麗らかな陽射しを浴びて輝いている。

 七條響平しちじょうきょうへいは、どことなく眠気を誘う陽気に、思わず両腕を上にあげ、伸びをした。


「うう~~ん!」

「どぉ~~ん!!おっはよーー!!」

「げほっ!!イッテーー!!おまえ~!だから、叩くなって言ってるだろ、いつも!」

「おはようは?キョウヘイ?」

「・・お、おはよう・・」

「もっと、元気出して!」

「おはよう!!」


「はい、良くできました!ハナマル!」

「ちっ!ハナマルとか、いらねーよ!」

「ダメだよ~、良い子はそんな事は言わないんだよ~~」

「おまえな~、そ」

「はい、お前とか言わないのっ!」


 オレの眼を覗くように見ながら、上目遣いをしてくる。

 わりと可愛い顔なので、いつもの笑い顔が怒った顔に変わると、そのギャップに少し戸惑う。


 ちょっと、赤くなってる自分がわかる。


 ――――恥ずかしいな、このバカ!


 このバカとは、蜂宮桂はちみやけい

 同じ高校2年生、で同じクラス、で小学校からの付き合いだ。

 あっ、いや、付き合ってはいない。

 腐れ縁だ。

 親が知り合いってのもあるし、小学校の時に家の近くに越してきて、慣れるまでお世話してやれと言われてから、オレの方がお世話されている。

 あっ、いや、最初はお世話をした、ハズなのだが、それがされる側に?

 あっ、いや、オレはお世話をされているつもりはない。

 このバカが勝手にやっている、いや、言ってる事だ。


「今日の宿題は、ちゃんとした?」

「ああ」

「顔は洗った?」

「ああ」

「歯は磨いた?」

「ああ」

「忘れ物はない?」

「あっ!弁当忘れた!」

「もう、だから言ったじゃない?」

「ああ、ちょっと取ってくる!」


 ――――だから言ったじゃない?ちっ!おまえ、予め、何か言ってたか?とかは、言わない。反論したらその後の機関銃のような口撃が待っているからな。


 こんな感じだから、ラインとかはしていない。

 昔はしてたが、そのうち、面倒くさくなり既読無視が続いたからな。


 そうして、クラスに一緒にやって来た。

「みんな、おっはー!!」(蜂宮桂)

「おはよう、ケイ!」

「オッス、ハッチ―!」

「おっはようー、けいちゃん!」

「おはよう!蜂宮さん!」


 この最後、蜂宮さんって礼儀正しく言った子が、オレが片想いしている子だ。

 その子は、西園寺楓さいおんじかえでと言い、高貴な家柄らしく、お金持ちだ。

 そして、上品で、美人で、清楚で、優しくて、賢くて、運動も良くできる。

 まあ、オレだけじゃなく、みんながみんな、大好きな女子だ。


 蜂宮桂の周りには、女子達がワラワラと笑顔で集まる。

 そして、朝、彼女達は、お互いにハイタッチする。

 いや、これは、あのバカがいつもしている事だ。

 みんな苦笑いしながら、特に、オレの西園寺さんは、ハニカミながら、イエーイと言わされている。


 ああ、あのバカがうつらないでくれよ!



「おっす、響平!おまえ、いつも朝からイチャつくんじゃねーぞ!」

 そう言ってイラッとした顔で挨拶してくるのが毎度の事の、ガッチーこと、花村勝巳はなむらかつみ

「ああ、おっす!」

 毎度の事なので、反論しない。


「おっす」(友人A)

「おう」(オレ)

「おはよう」(友人B)

「おは」(オレ)

「おっすめっす」(友人C)

「きっす」(オレ)


 オレ達の挨拶は、異常、じゃなくて以上な感じだ。

 みんながみんな、彼女居ない歴、年齢と同じだ。


 あっ?

 だから、オレは、あのバカとは付き合っていないから。


 ***

 もう1学期の期末が終わった。

 その翌日は球技大会だ!


 オレは、ガッチーと友人AからCと一緒に、バスケに出場した。

 オレ達は、彼女ナシ、部活ナシ、勉強も目立たない。

 底なしに、何もないオレ達だ!

 オレ達に失うものは何も無い!

 オレ達は、勉強は赤点を取らないギリギリを攻めて、後は、ストリートバスケで技を磨き、この日に備えたのだった。


 泣いた日もある。

 笑った日もある。

 自販機の冷えたコーラや炭酸飲料で乾杯したこともあった。

 社会人のチームとやって完敗したこともあった。


 そうして、この日に備えたのだ。

 クラスの誰にも教えていない。

 いや、知られたくない。

 誰も、オレ等に期待などしてないからだ。

 しかーーしだ、もし、そんなオレ等が勝ち上がって、優勝でもしてみ?

 エモくない?


 もしかして、女子のハートを掴むかもしれない!

 もしかして、西園寺さんのハートを掴むかもしれない!

 もしかして、ラブラブの毎日を送れるかもしれない!

 もしかして・・・・・・・。


 オレ達は、それぞれの想いを胸に秘め、この大会に臨んだのだった!


 作戦は単純。

 一に個人技。

 ニに個人技。

 三にアイコンタクト。


 このアイコンタクトが難しい。

 友人Aは、その為に、コンタクトを買った。

 友人Bは、その為に、ウィンクの練習をした。

 友人Cは、その為に、カラーコンタクトを買った。


 友人Cには、何か考えがあるのだろう。


 そして、ガッチーは、目が良かった。


 当日の朝、蜂宮は、オレに一言だけ言った。

「大会終わったら、待ってて!」

「ああ」


 最初、オレ達はストリートばかりやってた為か、コート全体を使うって事に慣れなかったが、やがてはそれも要領が掴めてくる。

 友人Aのバックロールターンが決まる。

 友人Bのスクリーンが決まる。

 ガッチーのスリーが決まる。

 オレの、ノールックパスが鮮やかに通る。

 友人Cの・・・・掛け声が響く。


 それぞれが、それぞれの持ち前を生かした攻撃をした。


 お昼前、準決勝で、大本命の3年生チームと当たった。

 彼等はインターハイ予選で負けてバスケ部を引退したヤツ等だ。


 気合を入れて試合に臨む。

 技術ではオレ等の方が上だった。


 しかし・・・・。

 こいつ等、最初こそ礼儀正しかったのに、それがなんだ?

 反則すれすれのプレイをしてくる。

 そして、オレ達は、ストリートの癖もあって、容易く反則の笛を吹かれてしまう。

 ストリートでは、接触行為や、ダブルドリブル、トラベリングなどの笛が甘いのだ。

 それは、観客に魅せる行為、トリッキーな行為が喜ばれ、称賛されるからだ。

 ストリートは、良くも悪くも遊びだから。


 こいつ等は、審判とグルになり、そこをついてきた。

 審判はこいつ等の後輩だからな。


 そして隠し玉の友人Cの活躍などいろいろあったが、最後2点差で負けていて残り15秒、オレ等の攻撃。


 オレが一人目を抜く時に、目の前に手を広げられた。

 危険な行為なのに、ノーファール。

 そのため少しドライブする速度が落ち、視野が一瞬無くなって、斜めサイドのディフェンスの動きが読めなかった。

 気付いた時には、横に寄られて、コースを限定してきていた。

 そのために、一度、止まる。

 が、直ぐにロールターン(身体を回転させて前の敵をドリブルで抜く技)で抜く。


 目の端に、マンマークが緩んだスキをついたガッチーが、マークを外したのが見えた。

 そこへ、ノールックのビハインドザバックパス(正面を向きながらボールを背中越しに後方へパスする技)を敢行。


 もちろん、虚を突かれた敵のディフェンスはついて行けない。

 ガッチーは、パスを受けると直ぐに逆転のスリーを放った。


 時間は?

 ブザーと同時にリングに入った。

 やった!!


 逆転のブザービーターが決まった!

 みんながガッツポーズだ!


「ピピピピ―――!!」

 笛が鳴る。

 これは?

「オフェンス!バイオレーション!4番!」


「えっ!!」

 ――――オレのロールターンがダブルドリブル?ウソだろ!!


 時間が戻され、残り5秒、相手のボールで始まり、試合は終わった。


「ごめん、みんな」

「「「・・・・・・・」」」

「くそっ、スリー、入ったんだがな・・・・」


 オレは、みんなに合わせる顔が無く、一人で家に帰った。


 弁当を食べた後、呼び出しがあった。

 いつものストリートバスケをしていたところに来いと、そこで知り合った他校のヤツからの誘いだった。

 そいつに彼女が出来たとかで、紹介するからって。

 その彼女の友達も居るとか。


 オレは、ちょっと、行ってみる気になり、そこへ行った。


 公園の一角にある、フェンスに囲まれたバスケの場所に行ったが、呼び出したヤツは居なかった。


 ―――――ちっ!担がれたか!今日は厄日だったな。


 空を仰ぎ見る。

 暑い陽射しが眩しく照り付け、顔を焼く。

 夏の青空の向こうでは、小さな積乱雲が発生していた。


 オレは、その積乱雲に向かって、あの時の両手ガッツポーズをした。


 ―――――クソッ!!勝ちたかった!!クソッ、夏のバカやろうっっー!


「どぉ~~ん!!」

「ぐおっ!イッテ―!」

 振り向くと、あのバカが笑っていた。


 その後ろには、あいつ等が居た。

 そして、クラスのバカの友達も。


「キョウヘイ!」

「うん?」


 その時、突然、オレは蜂宮からパンチを顔面にもらった!

「うげっ!!お・ま・え!!」


 周りを見ると、友人A、B、Cは、バカの友人A、B、Cから同様にパンチを顔面に受けていた。


 そして、ガッチーは、あの西園寺さんからパンチを!!


 オレは、それらを横目にとらえながら、蜂宮の顔面にお返しのパンチを放つ!

 みんなも、それぞれに反撃のパンチをしていた。


「いった~~い!やったな~~、この~~!!」

「おい、待て待て待てーーー!!」

 構わず、蜂宮はオレの頬にパンチを当ててくる。


「いやいや、これ、何のマネだ?」


「「「「「好きです、つき合ってください!」」」」」(女子)


「「「「はいっ!!!」」」」


 ――――えっ?何の儀式?ってか、西園寺さんが、ガッチーのことを?


「キョウヘイ?」

 オレの眼の前には、顔を真っ赤にした蜂宮が居た。


 パンチで顔を血だらけにしたわけではない。

 だって、パンチは、ネコパンチだったから。

 撫でるようなネコパンチだったから。


 いつも、ふざけてやってるヤツだったから。


 でも、それは、オレと蜂宮だけのあいさつ代わりのモノだったはず、それをみんなが。


「ああ、ゲンコでド突き合うとかナシだからな!ふつうにつき合おうぜ!」

「キョウヘイ!大好き!」

 抱きついて来た。

「ちょちょっと!」

 そう言いながらも、オレは笑い顔になっていた。


 猫の手を借りた結果、オレ達5人は、それぞれつき合うことになったのだった。


 了

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片想いには、猫の手を!(KAC2022:⑨猫の手を借りた結果) 風鈴 @taru_n

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