【KAC20229】猫の手

タカナシ

「猫の手」

「ねぇねぇ、猫の手って知ってる?」


「うん。知ってる知ってる。不思議な力で、努力していることを叶えてくれるけど、1週間以内に手のない猫に返さないと、代わりに自分の両手が奪われちゃうってやつでしょ」


「そうそう。それ!」


「確か、猫の手がある場所は、N県E市K町O番地、そこに深夜2時22分丁度に現れるとかって噂よね」


               ※


 猫山吉典ねこやま よしのりは猫の手があると噂されているK町へとやってきていた。

 履き古したジーンズと、ぺしゃんこになったダウンが、この男の経済状況を物語っていた。

 

 目的の場所へ行く前に景気づけにとパチンコ屋に入り、軽く5千円を呑まれたあと、努力とは無縁の宝くじの当たり番号を確認する。


「チッ。しけてやがる!」


 くしゃくしゃっと丸めてゴミ箱にぶち込む。

 周りは真っ暗だが、猫の手が借りられるという時間まではまだまだある。

 吉典は仕方なく、コンビニで煙草とワンカップ、焼き鳥、それから猫の手を借りるのだからと猫缶を購入し、時間まで公園のベンチで時間を潰そうとしていると、1匹の猫が物欲しそうに近づいてきた。


「なんだ? 焼き鳥が欲しいのか? ダメだダメだ。ネギが入っているんだ。猫は食べちゃダメだろ」


 よくよく見ると、その猫はガリガリにやせ細っており、「仕方ないな」と呟いて、猫缶を開けて置いた。


「まぁ、猫缶がなけりゃあダメだなんて聞かないし、大丈夫だろう」


 ガツガツと食べる猫を見ながら、吉典は酒を煽った。

 

 猫もすっかり食べ終わると、まるで恩義など感じていないがごとく、早々にその場を立ち去った。


「まぁ、いいけど、お礼のひとつもなしかよ」


 そう毒ずくも時間が潰せたことに軽く感謝の気持ちもあった。本音を言えば、猫のあったかい体で暖を取らせてくれればいう事なしだったのだが。

 

 煙草の箱が空になったころ、ようやく時間近くになる。


「そろそろ行くか」


 ふぅ~と最後に紫煙を吐き出しながら、吉典は真っ暗な細い路地へと入って行った。


「噂かもしれないが、俺にはもう、これしかないんだ。頼むぞ。あってくれ!」


 願うように路地を進んで行くと、黒い物体が現れ、吉典はぎょっとする。

 よくよく見ると、それは石で出来た招き猫のようなものだった。

 ようなというのは、その招き猫は片手が欠けており、全然招けていなかったからだ。


「もしかして、これが、手のない猫? なんだ。つまり、ちゃんと元の場所へ返せよってことか。そうなると、猫の手の噂も信ぴょう性に欠けてくる気もするが……」


 それでも吉典にはそれに頼る以外ないというのが現状であり、あるのならば、例えご利益の無さそうなバーチャルのお守りにさえ手を出しただろう。


「この箱か?」


 招き猫の前には木箱が置いてあり、その中を覗くと、石の猫の手が置いてあった。


「本当にこの招き猫の手だな。まぁ、噂はウソだったにしても、何かしらご利益はあるだろう」


 吉典は猫の手を掴むと、ポケットに雑にしまい込んだ。


「俺に足りないのは勇気と運だ。きっと大丈夫だ。きっと上手く行く。必ず成功させるんだ銀行強盗をっ」


                ※


 翌日、吉典はさっそく銀行へと突入する。


 シミュレーションはバッチリのはず。怖がる必要など何一つないのだが、心臓は早鐘を打つ。


(落ち着け。落ち着け! しっかりと段取りもつけて練習したじゃないか。大丈夫だ。計画通りやればきっと無事に強盗できるはずだっ!)


 吉典の計画は、まずは何事もないように窓口まで行く。このとき、顔が写らないようにしっかりと監視カメラの位置は把握済みだ。そして、何気ないフランクな口調で金を要求。さらにモデルガンを見せ、声と警察を出さないようにさせる。

 要求金額は500万円。それくらいなら窓口の者でも秘密裏に出せるだろう。

 そのあと、逃走し、500万円を使い切る。そうすれば警察に捕まっても500万円は吉典のものという計画だった。


 むろん、穴だらけのこの計画。普通なら上手くいくはずはないのだが、吉典はなぜか自信満々で計画は完璧、不確定要素がなければ上手くいくと信じていた。


「お客さま、どうかされましたか?」


「えっ!?」


 吉典の行動は挙動不審であり、それを不審に思った店員が声を掛けてくるのは自然なことであった。


(ば、バカな。なんでこのタイミングで声をかけてくるんだよっ! クソっ! ついていない!! あの猫の手はなんだったんだ。これっぽっちも役に立たないぞ!!)


 大きく深呼吸をして、吉典は計画を変更し、モデルガンを取り出し、さらにこの店員を人質に取ることを決意すると、ズボンに手を突っ込んだ。

 荒々しく、モデルガンを取り出そうとすると、ポケットから紙切れが一枚落ちる。


「あら? お客様、何か落としましたよ? 宝くじ?」


 店員はそこで、声音を小さくして、


「もしかして、高額当選ですか? 今、確認させていただきます」


 宝くじを持って店員はパタパタと小走りに奥に引っ込んでいく。


(た、助かったのか? あっ、いやいや、ここからが本番だ)


 再び強盗の決意を固め直すと、間の悪いことに先ほどの店員がパタパタと戻ってきてしまった。


「おめでとうございます。500万円の当選ですね」


「へっ? いま、なんて?」


「ですから、500万円の当選、おめでとうございます」


(500万? そ、それだけあれば銀行強盗なんてしなくて済むっ!!)


 吉典の計画は一気に変更され、そのまま、意気揚々と500万円を受け取る。

 多少煩わしい手続きなどあったが、そんなもの苦でもなんでもなかった。


 まぶしい太陽の下。清々しい気持ちで銀行の外へ出る。


「おいおいおいおい! こいつぁ、もしかして、もしかすると、猫の手ちゃんのお陰かぁ!!」


 一気に上機嫌になり、そのまま、普段は絶対に使わないタクシーを呼び止める。


「ここまで向かってくれ」


 運転手に行先を告げて、吉典はとある場所へと向かった。


「おいっ! 理央りおっ!! 金だ。金が手に入ったぞっ!! これで、これで手術が受けられるんだ!!」


 吉典が訪れたのは病院であった。

 彼には難病の息子がおり、その治療費に約500万円かかると言われていた。

 そんな大金は吉典にはなく、思い切って本日、銀行強盗を働こうと思っていたところの棚ぼたの金であった。


「ほ、本当なの!?」


 吉典の妻、理央は驚きと安堵で、涙をみせる。


「ああっ。すぐに先生に連絡するぞ。お、俺が言ってくるから」


 そのまま急いで医師のもとへ駆けつけると、とんとん拍子に手術は6日後に行うとのことになった。


「これも、全部、この猫の手の力なのか……6日後か」


 6日後、それは期限の日ちょうどであり、手術が終わってから駆けつけても間に合うかどうかという時間であった。


「いや、息子が助かる確率があがるのなら。最後まで使わせてもらうっ!!」


 石の猫の手を吉典は固く握りしめた。


                  ※


「お父さん、お母さん、手術は無事成功です」


 医師のその言葉に心底胸を撫でおろした吉典は、そのまま急いでK町へと電車で赴く。


「これで、駅から走るのが一番早いはずっ!!」


 気が急く中、K町へと電車が辿り着く。


「ハァハァハァ!!」


 吉典は駆けた。

 現在の時間は2時17分。

 残り時間はあと5分。


 例の路地まではこのまま全力疾走すれば3分ほどで辿り着く。

 すぐに返せるように手に猫の手を持って走っていると、目の前を猫が横切り、そのまま車道へ。


「はっ? おい! バカっ!!」


 その猫が車に轢かれないように、思わず、飛びつき抱えると、すぐ目の前を猛スピードの車が横切った。


「ふぅ。危ない。もう少しで轢かれちゃうところだったぞ」


 その猫を安全なところに降ろすと、「ニャン」と一鳴きして夜の闇に消えて行った。


「さて、俺も行かないと」


 しかし、吉典はいつの間にか、両手で猫を抱えていたことに気づき、先ほどまであった猫の手がどこにもなかった。


「ないっ! ないっ! ないっ!! う、ウソだろ」


 地べたに這いつくばり、周囲をどれだけ探しても見つからない。


 一度目を瞑り覚悟を決めてから、吉典はあの路地へと向かった。

 時刻は2時21分。

 時間には間に合ったが、吉典の手に猫の手は無かった。

 返せなかった。

 あれだけ、効果があった猫の手ならば、返せなかったときの噂も本当だろう。


「まぁ、両手で息子と猫の命が助かったなら安いもんか」


 パンパンと柏手を打つと、


「猫の手、ありがとうございました。返せなくなってしまい、申し訳ありません。俺のこんな手で良ければ持って行ってくれ」


 時刻が2時22分になった。


「ちゃんと手を返さなかったにゃ~。なら、お前の腕を代わりに貰うにゃ~」


 おどろおどろしい声が響く。

 実態は見えないが、ただ、そこに何かがいることだけは分かった。

 やはり、噂は本当だったようだった。吉典は覚悟を決めていると。


「くっ!!」


 腕にまるで猫の爪が差し込まれたような痛みが走る。

 想像を絶する痛みに目をぎゅっと瞑り耐えていると、カランという音のあと「ニャン」と猫の声が響いた。


「ふむ。確かに手は返してもらったにゃ~」


 吉典はゆっくりと目を開けると、そこには先ほど轢かれそうなのを助けた猫。

 そして、箱には石で出来た猫の手が収まっていた。


「た、助かったのか?」


 後日、吉典は猫缶を持って再びその路地を訪れようとしたが、どれだけ探しても見つけることが出来なかった。


「お礼をしたかったんだが、あれだけ不思議なものだ。もう出会えなくてもおかしくはないな。きっと息子を助けようとしていた俺の努力を助けるためだけに現れてくれたんだろうな」

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【KAC20229】猫の手 タカナシ @takanashi30

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