猫の手を借りた結果

ひぐらし ちまよったか

ネコの手

 ――時は平安末期、播磨の国。

 誰もいない山奥の河原、ひとりの荒々しき若者が、ごうごうと護摩を焚いて神仏に祈りをささげている。

「――我に力を! 千本の太刀を手にするため……千人切りの力を与えたまえ!!」

 若者の名は『鬼若』、見るからに乱暴者を絵にしたような大男である。もといた比叡山は、あっという間に追い出され、ここ播磨でも、先ほど寺を焼いてきたところだ。

 それでも力は持て余す。熱くたぎる若い心が暴力を欲して静まらない。

 ――それならば千人の武者と決闘し、千本の太刀を得てやろうと心に決めて、盛大に護摩を焚き上げ、一心不乱に祈祷を続けた。炎は止まる事無く勢いを増し、天をも焦がさんとばかり立ち上る。今まさに不動明王へ鬼若の声が届こうとした! その時!!


「たらった、たったった! たらった、たったった……」


 軽快な音楽と共に、燃え上がる炎の中、ひとりの女性の姿が浮かび上がった。

「おおっ! おお?」

 さては己の願いが神仏に届いたか!? と、思った鬼若だったが……何か妙だ。

「な、なんだ? このおなごは……? 奇妙な着物じゃが?」

「――はい! 今日は『千切りのコツ』を教えちゃいます!」

「! な、なんと!? 『千人切りのコツ』とな!?」

「私の! 左手に注目してくださいっ! ほら見るっ!!」

「はい! み、見申した!」

 女性は鬼若に左の手のひらを広げて見せ、握らずに指の関節だけをくにっと曲げた。

「ネコちゃんの手ですっ!!」

 ずがん! 鬼若の脳漿に雷撃が落ちる。

「ね、ネコちゃん……」

「はい。『千切り』のときは~、こおゆうふうに~左手をネコちゃんにします! そうすると~上手くできます!!」

「ひ、左手をネコちゃん……」

「さらに~ネコちゃんだと~自分もケガしません!!」

 ずががん! 再び落雷が鬼若を襲う。

「み、自らも……怪我を負わぬだと……」

「はい!『千切り』の時は『左手ネコちゃん!』心掛けて下さい! 保証します! じゃ! 頑張ってね~!!」

 そう言うと、不思議な女性は炎の中にかき消えた。後にはごうごうと音を立て燃え盛る護摩が有るのみ。

 呆然と立ち尽くしていた鬼若だったが、おもむろに脇差を抜き取ると、自らの髪をぞりぞりと剃髪し始めた。

「おお……おおお! 感謝しますぞ不動明王! 閻魔大王よ!!」

 剃り落とした髪を護摩にくべる。ごうと狂気に燃え盛る炎に、傷だらけの頭から流れた血で、てらてらと輝く鬼若の顔が浮かび上がった。見開かれた瞳が妖しく、らんらんと光を宿している。

「これよりワシは『弁慶』と名乗り、京へ上りて『千人切り』を果たしてくれようぞ! 『武蔵坊弁慶』じゃ!!」

 弁慶の叫びは夜の山中に響き渡る。

「千本太刀を奉納しますぞ! ご照覧有れ!!」


 ――狂気の殺人鬼が解き放たれた瞬間であった。


 その後の弁慶は都に上り、九百九十九人の太刀武者に勝負を挑み、全ての太刀を奪い取る。勿論左手は『ネコちゃんの手』だ。得意の大薙刀に可愛く『ニャン』っと添えられる。それでよくも戦えるものだ。

 ――やはりこの男、只者じゃあ無い。

「これはいよいよ本物だ」

 己が左手をじっと見つめる。

「明日は千本目……」

 ネコちゃんの手をぎゅっと握り締めた……が。


 ――五条大橋の上、少女と見紛う美しき少年剣士に敗れさり、彼の家来となるのは皆さんご存じのとおり……。

「む……無念!」

 ワナワナと震えるネコちゃんの手を、見詰め呟く弁慶の耳に、

「やっぱり『ネコちゃんの手』ですからねぇ……なにかを掴み取るには、すこ~し難しいですよね~!!」

 明るい女性の声が聞こえた気がした……。




 ――いっぽう、その頃……別な時空の異世界では……。


 ――例の二人組が、『KAC2022・八回目』を無事に終わらせた事を祝して、銘酒『八回山』での酒盛り真っ最中でした……。


「ぴこんぴこんぴこん……」


「おや? 何か鳴ってるね? 村長」


「え? ああ……これはですね、お武家様」


「うん?」


「『ちーまよ・エマージェンシーコール』ってやつでして……『ちまよったか』の野郎が、ピンチになると押してくるんですよぉ……」


「なんと!? そんな物を持たされてたのかい? 村長? 相変わらず、他力本願な奴じゃのう……」


「……ええと……なになに……『ちーまよピンチ至急応援されたしヘルプヘルプ』……ですって、どうします? ほっときましょうか?」


「いやいや、まてまて……あんなロクデナシでも一様、ワシらの作者じゃからのう、ほっとく訳にもいくまいて……」


「わ! さっすがお武家様! お優しいですねぇ! やっぱり『勇者様』ですね!?」


「ぷふっ! もう『勇者』はやめてくれ、村長! まあ……呼びたいのであればァ……? 呼んでもいいがの?」


「でもぉ……どうしましょうかぁ……?」


「うむ、今回のお題が『猫の手を借りた結果』であったか……? 何かあるかね? 村長?」


「ええ、私も少し考えては、いたんですけどね……?」


「ふふ……なんだかんだ、村長も優しいではないか……? うふふ」


「えへへ……猫の手を借りてみましょうか? 『猫の手』と掛けまして……」


「うん! これもお馴染みになってきたのう? 掛けまして?」


「えー『お線香のけむり』と解きます」


「ほうほう、そのこころは?」


「使うときには、立ち上がります」


「うむ! 上手いが……ちと、弱いかのう?」


「はい……実際ネコちゃん、座ってても手を使いますもんねぇ? 顔洗ったり……」


「そうじゃのう、ずば! とか、ばし! とか、ドキュン! とか、来るものが無いのう……?」


「うーん、それじゃぁ『猫の手』と掛けまして……」


「おお? 再チャレンジだね? いいよ! カッコイイよ! 村長!」


「えへへ……『春休みのバイト』と解きます……」


「うむ! 今の季節だね? ここまではキレイよ! うん! で? そのこころは!?」


「長期(ちょき)はできません!」


「うむ! 上出来じゃ! こんなもんでいいじゃろう! 『ちまよったか』にはこれで十分じゃ!」


「えへへ! はい、私もここらが限界ですよ……もう浮かんできません……えへへ……」


「はっはっは! さすがの村長も音を上げたかい? いいのじゃよ! ここまでしてやれば奴も文句は有るまいて!」


「はい、呼んでみてもアイデアが降りてきてくれません……ダメですね? こりゃ」


「そうか……」


「『猫の手』だけに、です!!」


「……ふふ……やさしいのう……村長は……」


「えへへ……」




あはははは、おあとがよろしいですね……あははははは……あは、あはは……(壊)

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