きっさてん、おーぷんしました

アーカーシャチャンネル

彼女が手にしたもの

 とある場所にあるリアルの喫茶店、そこは非常に珍しい人物がウエイトレスをやっていることで話題となっていた。


 話によると、つい数日前までは知る人ぞ知る隠れた店だったのだが、そのわずか数日で客足が増えたらしい。


 さすがにこのご時世もあってか行列のできるお店にまでレベルアップしたわけではない一方で、何やら怪しいうわさも絶えないという。


【あそこの新人ウエイトレス、まさかと思うが…】


【元有名人でも採用したわけでもないのに、あの賑わいはどういうことだ?】


【マスターは猫の手を借りたいとばかりにバイトを募集していた話を聞くが】


 こうしたSNS上のうわさが真実なのか、とあるバーチャル配信者がマスターへ接触することにした。


 数日後、マスターの許可を得て取材ができることになったので、その時に話を聞くことにする。取材と言っても、リモートだが。


 このバーチャル配信者自身、埼玉県から該当の喫茶店へ行くにしても片道自転車でも20分以上はかかるのもあったのだろう。



「有名となっているウエイトレスって?」


『ああ、彼女の事だよ。数日前にバイトとして採用したのだが』


 ノートパソコンの画面越しから姿を見せたのは、猫耳に猫のしっぽ、メイド服というコスプレにも見えるウエイトレスだった。


 しかし、コスプレと違うのは微妙なノイズが混ざっていることか。いったい、どういうからくりをしているのか?


「コスプレイヤー? それとも、喫茶店の制服?」


『どちらも違うね。あえて近いものを挙げるとすれば、バーチャル配信者かな』


「リアルの店舗で? ありえないでしょう」


『こっちも最初はありえないと思ったけどね。あるシステムを使えば、それも可能だ』


「そういえば、マスターのお店は埼玉県のARゲーム特区にありましたね」


『拡張現実などの技術を使用して聖地巡礼している、というのは聞いたことあるだろう。つまり、そういう事だ』


 マスターも、この話を最初に聞いた際は疑問を持ったという。半信半疑というべきか?


 彼女がシステムを披露し、バーチャルアバターの姿を見せたことでマスターも信用した。


 埼玉県はARやVR技術を使って聖地巡礼を行い、観光の目玉にすることに成功している実績もある。そうした技術を応用すれば、バーチャル配信者のウエイトレスも容易にできるという事か。


「それにしても、何処かで見覚えがある姿なんですが、マスターは知っているのですか?」


『自分は向こうが何も言わないから、こちらも尋ねないだけだが』


「見覚えというか、とある配信者にそっくりなもので」


『それは初耳だね。こちらとしては猫の手も借りたいレベルで客足が減っていたので、彼女のアイディアを採用したのだが』


「それでも、アウトな事例はあるでしょう。もしもそれが発覚すれば、逮捕だってあり得ますよ」


 マスターもバーチャル配信者の話を鵜呑みにはしなかったものの、隣に彼女がいたので相談はする。


 そして、彼女の方もバーチャル配信者の言っていたことに関して、認める話をし始めた。



 最終的に向こうがアウトな事例に手を出していたことを認めたので、あえてバーチャル配信者は告発するようなことをしなかった。


 向こうも悪気があってやったわけではなく、むしろ喫茶店を何とか立て直そうと思ってやってしまった、という事を認めている。


(まさか、こちらも若干自信はなかったアレを認めるとは)


 彼女が行っていたのは、バーチャルアバターの商業転用だった。二次創作などとは事情が違うのである。


 商用禁止アバターの商用転用は埼玉県でも厳しく監視を行い、罰則も設けられているほどだ。


 あくまでも使用できるアバターは県で認めたベースアバターを使う事が原則で決まっており、これに関しては商業利用も許可されたものである。


「猫の手を借りようと思っていたマスターが、まさか違法アバターを使っていた配信者をバイトにしていたとは」


 有名なバーチャル配信者が、まさかリアルのお店でバイトをしていると聞けば、確実にファンは該当する店に通うのは間違いない。


 その一方で、メタバースやVRといったような空間以外のリアルでバーチャル配信者を目撃したとあれば、最初はコスプレイヤーと疑うだろう。


「本当の意味で正しく運用されるべきものは、他にもあるのだろうが……」


 一方で、他の配信者が告発動画で該当する喫茶店を炎上させる可能性は否定できない。しかし、本当にそれが正義と言えるのか?


 彼は別の意味でも触れてはいけないような闇に触れてしまった、のかもしれない。


 招き猫のつもりでマスターが雇ったバイトは、思わぬ形でマスターに迷惑をかけてしまう事になったのである。


「まさか、聖地巡礼を調べるはずが予想外の結果になったね」


 彼としても、埼玉県の行っている聖地巡礼の新たな形を学ぶつもりが、思わぬ知識を得てしまった、と言えるだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きっさてん、おーぷんしました アーカーシャチャンネル @akari-novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ