第11話 誂えた長靴

 イヴリース様と私は四人が共同生活している町の中心からやや離れた、こじんまりした民家に招かれてお邪魔した。

 クレイの町中はどうやらその中でも富裕層(といっても比較であって、他の土地から比べるとそこまでではない)が住まう民家が密集した領域で、だからこそ柄が悪い人が路地裏に集まったりしているらしい。夜の女性が住まうのはその柄の悪い人らに用心棒に守ってもらうためだそう。

 女性らは二階に住居を構え、一階には用心棒らが常駐する独立した生活空間が広がる。普通の民家より家賃は割高で、用心棒らへ払う手間賃、厳つい人達に支払うみかじめ料など出るものは多いが、それよりも身の安全の方をとったが故の選択だ。

 うっかりというか、腕に覚えがある夜の職業の女性が用心棒を雇わずに生活していて、何ヵ月か無事だったから安心して暮らしていたら、寝首をかかれた例もある。

 いくら剣を枕元に置いて寝ていても、四肢を一斉に押さえつけられ、頭に麻袋を押し付けられれば恐慌状態に陥って初動が遅れてしまう。無理矢理ならず者に無体を働かれ、その女性は・・・。口にできないほどの目に遭わされ、クレイの女性達が自衛に出費することを惜しまなくなる理由で前例になってしまった。

 女性らは用心棒の一人に日用品を買って貰ったり、自分磨きの化粧品や香油などを調達する。そのため、用心棒と懇ろになることは珍しくない。

 兄貴と子分は通いでの用心棒だが、その道の女性らの中で仲良しの人が何人かいた。

 つまり、四人の共同生活用住居という割に、女性ものの服や下着らしき小さい布が部屋の隅に落ちていて、私は冷ややかな目を四人に向ける。四人は口笛を吹いたり頭の後ろに腕を組んだりし、下着を一瞥したら見ないふりして足で寝台の下に蹴りこんだ。

 (荒んだ町の荒くれものだもんね、鼻がバカになって匂わないけど、最初に感じたこの人達の汗と体臭って・・・。はぁ、爛れているね。


 何か寝台も残り香がありそうで近寄りたくないなぁ。イヴリース様も同じクチみたいでしらっと歯牙にもかけていない。様子。何だこの男どもは。


 まぁいいや、

 「早速だけど、長靴をお願いします」

 気まずそうにしていた兄貴は

 「合点!まずはおみ足を測るぜ」


 猫の足が傷つかない、金尺ではなく布の尺で足幅、かかとの長さ、足の厚さを丁寧に計測してくれる。まるでお姫様の足を捧げ持つみたいだ。ちょっとむず痒いな。けど何か嬉しい。

 人間の時に異性と交際したことなかったからね!そして足を持たれるなんてまずないし。

 私の足を計測し終えてからの兄貴は、人が変わったように黙りこくって視野が極端に狭まった。私の毛を上下左右、尻尾の先までじろじろ見つめてから、何やらぶつぶつと呟いている。

 この布は合わない、こっちは硬くて痛かろう、などなど。

 開ければ宝物が入っているであろう木製で縁は金属で補強された宝箱を家の奥から引っ張り出した兄貴は、ドスンと思い音を立てて床に置き、中身を出し始めた。

 依頼があればそのお金に見合うだけの立派な生地が丁寧に丸められ、革は痛まないような収納方法で管理されており、彼がただの手芸好きではないことが伺える。

 いや、何であんたごろつきしてるの!あんたの手首には鎖ではなく針刺しを巻いてつけるべき!


 素材を宝箱から引っ張り出して吟味する兄貴の意識は最早異界に飛んでいて、一人の世界。

 一体何時間経ったろうか、吟味で数時間、型紙を作成しウンウン唸りながら縫い始めて数時間、窓の外は夕焼け、宵闇と変化していった。

 子分ら三人は自分の寝台で、イヴリース様は団らんの長椅子をくっつけて寝台の代わりにし、私は彼の胸元で丸まって(アンモニャイトってやつ)眠った。

 イヴリース様曰く、両手で眩しそうに両目を塞ぐ様は相当あざとかったらしい。

 え、可愛いの間違いじゃなくて?

 人間の時の私は、寝付きが悪い時はひどいが、いざ寝付いてしまえば自分が起きるまで何があっても起きない厄介な性質だった。猫になって初(気絶した時は数えていない)の睡眠は、猫の性質が強く出てしまった。猫は眠りが浅い時と深い時が波になっている。

 つまり、うとうとしていたら三人の子分の歯軋り、イビキ、放屁など睡眠を妨げる三重奏が三人分三倍で、たちまち私の目は冴えてしまった。

 頭に来てイヴリース様の脇に頭をねじ込み、耳が彼の腕と胴体で塞がれるように図った。

 その内にまた眠くなって、一日の大半を寝て過ごす猫(寝子)の眠るための執念と技術に恐れ入りながら意識を手放した。

 イヴリース様と子分三人より先に目を覚ましてから、まず子分三人の鼻に尻を近づけすかしっぺをし、イヴリース様は髪の一房を涎でベトベトにしておいた。

 イヴリース様が

 「ジンジャー君、君寝ぼけたかい?」

 いぶかしんでいたが、「え?あれれ?ごめんなさい、そうみたいです」すっとぼけておいた。

 子分三人は揃って「ものすごい臭い屁を嗅いだ夢を見たんだけど、一体何だ」狐につままれたような様子だった。猫だけどね!

 プライドを捨てて放屁した甲斐があったよ。胸がすくね!イヴリース様に放屁はちょっと興奮するけど、美形に放屁は何か嫌だった。


 放屁疑惑に子分が戸惑っている時に、

 「できた!」兄貴が叫んだ。

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