第9話 北風と太陽

 左右は民家の外壁、前後はやんちゃな人たちに阻まれ、上からしか逃げられないかなと空を見れば、漆喰のような壁は取っ掛かりがない。そして、タバコのヤニと糞尿の臭いが染み込んだ壁なんてそもそも触りたくない。魔法は練習したけど、対人訓練はまだできていない。出力を間違えてクレイの町を吹き飛ばして更地にしたり、人間相手に高出力の魔法を放って肉塊にしてしまったら・・・などと考えていたら立ちすくむことしかできなかった。

 (イヴリース様、こういう場合魔法を放ったら、やはりまずいですよね)

 (ジンジャー君は針の穴に風を通す自信があるかい?練習しかしていないのに加減を間違えば、君が案じた通りの光景が広がってしまうよ。十八禁のスプラッターだ。掃除が大変だぞ?)

 小声でやり取りしていると、無視をするなと兄貴と呼ばれた男が叫んだ。

 「赤頭の色男さんよ、さっさと有り金とそのペット置いてきな。命だけはとらないでやるよ」

 凶悪な形相を、片方の口角だけ吊り上げてみせ、獅子が獲物に口の中を見せて威嚇するような迫力に私はにゃあ・・・と後ずさりかけ、後ろにも子分らがいたことを思い出し静止。

 さぁどうする?爪と牙を使えばそれなりに大人の男でも傷を付けられるが、殴られたり蹴られたりする可能性が高い。腹を蹴られれば恐らく今の猫の身ではただじゃ済まないだろう。転生したばっかで召される所だ。


 魔法を使えば肉塊四つ。いや、困るし。恐らく酒と女が売りのこのクレイでは、自警団よりも柄の悪い組織が背後にあったりするだろうから、この四人を傷つければお尋ね者。ただでさえジェイド様のために「勝手に動いている」身であるのに、あの屋敷から出てきたことを証言するものが出た場合は側妃にジェイド様を糾弾する口実を与えてしまう。

 かといってこのまま私が要求に従ってこの身を差し出せば、よくて愛玩動物として金持ちの猫か、最悪は見世物か毛皮にされる(ってこの人達口に出してたし!!そんな考え方があるってことだ!!参るね!!)運命が待っている。私を金持ちの家に送り込んでメロメロにさせるとか建設的な考えはないわけ?おバカ!!


 くるりと振り返り、後ろにいた子分のふくらはぎに抱きつく。グリグリと頭をすり付けると、一息に足から腰、肩までよじ登る。そして首と顔にしがみつきながら、うにゃあ~ん、ゴロゴロゴロ喉を鳴らす。


 「やめろよ、なんだこいつ」

 おやおや、声が震えているよ?もう一息だ。ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・・・・・・・すりすり。


 「やめろ、やめるんにゃあ~ん」

 おまけに肉球でほっぺをポンポン触ると、

 「可愛いなぁ、お前はぁ」一人陥落。

 同じ要領で子分二人もゴロゴロ攻撃で落とし、残りは兄貴だけ。

 さっきの子分らよりも一回り手足が太い兄貴は上るのが大変。爪を立てながら上ると、

痛ぇと抗議の声をあげるが無視。ざすざすと爪を立てながら登り、首に抱きつく頃には兄貴の半身は爪あとと、そこからの出血で細い赤線だらけで痛々しい。

 うわぁ痛そうと見下ろしながら呟くと、

 「ジンジャー君がやったんじゃないの」

 「お前だろ!!」

 イヴリース様と兄貴に同時に突っ込まれた。

 てへっ舌を出し、「うにゃ?」ちょっと何言っているのか分かりませんと首をかしげると、兄貴が「うっ」悶絶。

 さてはこの兄貴、猫派だな?

 怒濤のゴロゴロ攻撃で先手必勝!!ゴロゴロの合間に餅つきで杵の合間にこねる手のように、兄貴は「うっ」と声をあげる。

 ゴロゴロうっ、ゴロゴロうっ、ゴロゴロうっ・・・ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。

 うぅぅと震えながら言わなくなった辺りに、ひげの辺りをほっぺにすりすりすると、

 「にゃんちゃ~ん」落ちた。


 「もう売り飛ばすとか毛皮とか言わないにゃん?」

 「言わない!にゃんちゃん家の子にならにゃいん?」

 「私は誰のものにもならないにゃん!せっかくだけども」

 にゃんにゃん言っている兄貴だが、地響きみたいな低音の厳つい男性が体を丸めて両手を握りながらきゃぴきゃぴ「にゃんにゃん」はしゃぐ様は、はっきり言ってホラーである。

 イヴリース様を振り替えると、美しい顔を青ざめさせて硬直している。顔色が悪くても麗しいなんて素敵。画家呼んでこの表情を絵画にして後世に伝えて欲しいものだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る