第2話 喜志芸祭とオムライス2

君彦きみひこくん!」

「真綾、怪我はないか」

「わたしは大丈夫だよ」

「すまない。もう少し早く到着していれば、ああいう輩に絡まれることもなかったというのに」

「君彦くんが謝ることはなにもないよ。助けてくれてありがとう」

 彼は、神楽小路かぐらこうじ君彦くん。いつも落ち着いてて、醸し出す雰囲気もすごく大人びているけど、わたしと同い年の――あ、でも君彦くんは十月にお誕生日があったから十九歳だ――文芸学科の一回生。

 そして、わたしの大切な彼氏だ。

 って言っても、まだお付き合いを始めて一週間。友達だった期間を併せてもまだ四~五ヶ月。まだまだドキドキすることが多いし、初めて出来た彼氏だからどういう感じで接したらいいのか手探り状態。今はとにかく一緒にいられるだけでただただ嬉しくて幸せだ。

「今日、晴れてよかったね。天気予報だと雨だったから」

「そうだな」

「寒くない?」

「大丈夫だ」

「……君彦くん、緊張してる?」

「なぜそう思う?」

「いつもより目線がキョロキョロしてるし」

「まぁ……人が多くて落ち着かん」

 君彦くんは大学生になるまで、学校には通わずにずっとお家に引きこもっていたという。だからか、人一倍人の多さに敏感で、最初は大学の教室に入るのも気持ちが重かったらしい。そう考えると喜志芸生以外の老若男女が出入りする大学祭に緊張してしまうのは仕方ない。

「君彦くん、手、つないでもいい?」

「かまわんが」

 まだ訊いてからじゃないと手もつなげない。いつか何も言わずに、サッとつなげたらいいんだけど。

「君彦くんの手、あったかいね」

「さっきまで車の中だったからな。真綾はこんなに冷たく……」

 つないでない方の手でわたしの手を上から包むと、優しくこすってくれる。大きな手のひら、柔らかくて気持ちいい。さっきちゃんとハンドクリーム塗ったけど、カサカサだなって思われてないかな……と内心少し焦る。

「もし、人波で疲れちゃったら、ちゃんと言ってね」

「わかった」

 君彦くんは髪をかきあげる。君彦くんは照れている時、それを隠すように髪をかきあげる癖がある。顔は無表情でも、ちらりと見える耳のふちが赤くなっていて、そこがとてもかわいい。本人に言っても「そんなことはない」って言われそうだから、これはわたしだけの秘密だ。


「あとは咲ちゃんと駿河くんが来るのを待つだけだね」

「駿河総一郎にはなんら心配はしていないが、問題は桂咲だ。寝坊していなければいいが」

 わたしは苦笑いする。咲ちゃんは朝に弱いからなぁ。しっかり者の駿河くんがそばにいるからきっと大丈夫だとは思うけど。

「でも、みんなと大学祭まわれるの嬉しいね」

「……うむ」

 大学祭をまわっている間に少しでも緊張がほどけたらいいな。

 

 ふと前に視線を向けると咲ちゃんと駿河くんがやってきた。

 ポニーテールがトレードマークの咲ちゃんは、赤や青など原色がランダムに配色されたナイロンブルゾンにデニムと動きやすい服装をしている。足元の蛍光ピンクのスニーカーは駿河くんからの誕生日プレゼント。咲ちゃんはとても気に入ってて、いつも履いている。

 駿河くんは、深い緑色のアーガイル柄カーディガンに無地のコットンシャツ。ベージュのパンツで咲ちゃんとは反対に落ち着いた色合いだ。

「二人ともおはよー!」

「おー、おはよう。二人とも早かったんだな」

 咲ちゃんは元気いっぱいに笑う。

「楽しみすぎて早く来ちゃったの」

「今日はいろいろお店まわろうな」

「うん!」

 咲ちゃんとお話ししていると、駿河くんが黒縁のメガネ越しに心配そうに君彦くんを見つめる。

「神楽小路くん、大丈夫ですか? 顔色が少し……」

「俺はいたって正常だ」

 どうして強がっちゃうんだろう……。ここはちゃんと伝えておかなきゃ。

「君彦くん、人が多くて緊張してるんだよ」

「なるほどな」

「無理しない程度に楽しんでいきましょう。何かあれば僕らがフォローしますので」

「……ありがとう、駿河総一郎」

 咲ちゃんも駿河くんも話せばわかってくれる人だから、隠すことはないのに。まだちょっと自分のことを話すのが苦手なのかもしれないな。

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