猫は地球の守り神?

トト

第1話

「やあ草薙賢治。突然だが地球は五日後、巨大隕石の衝突によって、消滅するニャ」


 衝撃の内容だが、もっと衝撃だったのは、それを告げているのがほかでもない、愛猫の”ミケ”だということだった。


「はぁ、相当疲れてるんだな、俺は」


 両手で顔を覆い、深くため息を付く。

 宇宙防衛航空機構は新しいロケット開発のため、まさに猫の手も借りたいほど大忙しであった。

 こんな時は妹が世話をしに来てくれるのたが、今旅行に行っていていけないと言うので、トイレの掃除と餌だけでもと合間を縫って帰ってきたのだ。


「少しだけでも仮眠をして、いやいや、ここで寝たら、絶対起きられない」

「おい、賢治現実逃避するんじゃニャい、私の話をちゃんと聞け、地球がニャくニャるんだぞ」

「そうか、すでに俺は眠ってしまっているんだ、だからこれは夢だ」


 刹那ミケの猫パンチが炸裂した。


「痛いじゃないかミケ!」

「目が覚めたか、時間がニャい、説明は道すがらしてやるから黙ってついてこい、今は人の手も借りたいほど急を要してるんだ」

「夢だよな……」


 賢治は頬をさすりながらミケの後についていった。


 ※ ※ ※


「ここは!?」


 近くの公園の公衆トイレの中に入ったと思ったら、次の瞬間とてつもなく広い部屋の中に立っていた。

 後ろを振り返ったが、通ってきたトイレも公園もそこにはもうない。


「あっ、草薙さん」

「夏目さん、どうして」


 そこには同じ宇宙防衛航空機構で働いている研究開発部の夏目が、ふさふさのシャム猫を抱えて立っていた。


「シャルルが助けて欲しいっていうから」


 腕の中のシャム猫を撫ぜながらニコリと微笑む。


「なんだ、おまえらも呼び出されたのか、レオンがお前は勇者だとかいうからついて来たのに、こんなに勇者がいるのかよ」


 トラ猫にそう文句を言っているのは技術部の速水だった。


「まさか、みんないるのか?」


 よくみるとあちこちに見知った顔があった。確かに猫を飼っている人が多い職場だと思っていたが。


「挨拶はそれくらいにして、今から総帥から説明が始まるニャン」


『人間のみニャ様こんばんわ。私はミルク総帥ニャン──』


 どうやらミルク総帥の話によると。

 今地球には巨大隕石が接近していて、このままいくと五日後には地球に衝突するということだった。


「いや、でもそんなものレーダーに引っかかってないぞ」


 速水が言った。


「地球のレーダーからはまだ圏外だニャン」

「速水さんも、夢ですからそんな熱くならないでくださいよ」


 どうやら夏目はこれを夢だと思っているらしい。

 そういう俺もまだどこかでそう思っているが、それでもこんな現実味のある夢など本当にあるのだろうか?

 ミケの猫パンチもさることながら、部屋の中に充満する熱気や、なんだかわからない装置のツルリとした感触。ミケのモフモフな手触り。


「まあ考えても仕方ない、これが夢ならいつかは覚めるだろうし、それまでレオンの頼み手伝ってやるか」

「私は何をすればいいの?」

「そうだな、夢なら楽しまなくちゃな」

「そうこニャくては、それじゃあこの宇宙船を一緒に直してもらうニャン」


 案内された先にはアニメにでてくるような円盤型の宇宙船があった。


「ニャんせ大きいから猫の手が足りニャくて」

「よし、わかった」


 そういうと俺たちはミケたちの指示のもと宇宙船の修理を始めた。


 それから四日宇宙船の修理は終わり、ギリギリで無事隕石を破壊することに成功した。


※ ※ ※


『ありがとうニャン。これで地球は救われたニャン』


 ミルク総帥が嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしながら礼を述べた。

 猫の手を借りた結果。いや、猫が人の手を借りた結果。地球は救われたのだ。

 修理に携わった沢山の人間も猫もその報告に歓喜の声をあげお互いを称え合った。


『流石我らの奴隷』


「えっ? 奴隷?」


 ミケが体を伸ばしながら、満足げな顔で鳴いた。


「そうだニャン。人間たちは我々の奴隷だニャン」

「何を言っているんだミケ? 俺たちは一緒に地球を救った同士であり友達だろ」

「我々は遥昔、地球を征服するためにやって来たニャン」


 賢治の問いかけに、顔を撫ぜながらミケが語り出した。


「でも、我らのご先祖様は地球についた時、もうニャんだか面倒くさくニャったニャン。それでしばらく作戦を考える振りをしニャがら、ゴロゴロと昼寝をしていたニャン」

「ん?」

「そしたら、それを見た人間たちが、勝手にご先祖様たちに奉公し始めたニャン」


  キラリとミケの目が細まる。


「その時ご先祖様は気づいたニャン。わさわざ面倒な征服ニャンてしニャくても、ちょっと喉を鳴らしたり、頬を摺り寄せるだけで、人間たちは勝手に奴隷のように尽くしてくれるということに」


 横を見ると、夏目がシャルルの腹に顔を埋めてスーハースーハー匂いを嗅いでいる。

 速水もレオンの肉球に叩かれデレデレの顔である。


「地球はすでに征服されてるニャン」


『では、人間のみニャさんご苦労ニャン。これからも我らのために命尽きるまで世話をよろしくニャン』


 ミルク総帥の言葉と共に眩い光が辺りを包んだ。


「ミケ!」


 俺の言葉は光に吸い込まれ消えた。


 ※ ※ ※


 何かザラザラしたものが頬に当たる感触で賢治は目を覚ました。


「ミケっ!」

「ニャア~」


 ゴロゴロと喉を鳴らしながらミケが舐めるのをやめ、今度は頬にすり寄って来る。


「ミケ起こしてくれたのか。いつのまにか寝ちゃったのか俺」


 なんだかすごく長く壮大な夢を見ていたような気がする。ミケの頭を撫ぜながら、ふとそんなことを思ったが、時計を見て慌てて餌の準備に取り掛かる。


「ほら、ごはんだミケ」


 おいしそうにご飯を食べるミケを横目でみながら、トイレの掃除を済ませ、新しく買ってきたふわふわの毛布をミケの寝床に敷き詰める。


「後、これ新しいおもちゃ」


 鞄から新商品のおもちゃを出してミケに振ってみせる。


「しばらく忙しくて構ってやれないけど、これで我慢してくれ。俺だってミケといられなくて寂しいんだからな」


 モフモフの背中に顔を埋めそう嘆く。


「あぁ、もう行かないと、じゃあ、留守番頼んだぞ」


 時計を見ながら名残惜しそうに玄関に走る。


「行ってきます」


 空は晴れ。

 今日も猫たちは気持ちよさげに日向ぼっこをしている。

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