双子

ぎゅっと抱きしめられる。貴方の体温、心臓の鼓動、甘くて芳醇な香り。味覚以外の四感を駆使して、僕は貴方を感じている。貴方のその大きな手で抱擁されている。


「リア、おかえり!」


僕を目視で捉えるなり、すぐに駆け寄ってきて、僕の身体が仰け反るくらい、身体同士を密着させての熱いハグ。ああ、何かさっきまで穢れた泥沼に沈んでいた心が、貴方によって救われた気がする。


「ただいまです、ボス」


「ふふっ、君が帰ってきてくれて、死ぬほど嬉しいよ」


ふにゃ、と笑う貴方の顔は、僕の殺したあの人の顔とそっくりで、骨が軋む。僕は、殺した。僕が、殺した。僕を、殺した。


「僕はリアなんでしょうか?リアが僕じゃないみたいです」


表面的なリアは恒常な存在に見えるけれど、裏面的な僕は無常な存在だ。貴方の思い描くリアが、僕によって殺されてしまわないだろうか。僕は、天使殺しのレッテルを貼られた僕でしかない。


「君はリア、私のお気に入りのリア。天使を殺してきてくれたのだろう?」


「はい」


「よくやったね、いい子だ」


言い聞かせるように、僕の脳内に溶け込ませるように、僕の頭頂部に手を置いて、愛撫する。

貴方のその言葉に酔ったみたい。今だけは惨劇を忘れて、多幸感で満たされる刺激が欲しい。せがむように、胸元の襟を掴んで、でも口にするのは憚られるので、背伸びしながら言い淀んでいる不格好な僕。対して、格好いい貴方は僕のテレパシーでも受け取ったかのように、広い背中を丸め、僕の腰に手を回し、声を発せられずにただ所在なげな唇を塞いでくれた。


「……ふふっ、悪魔的ですね」


「嫌だったかい?」


優しさの籠った瞳、裏目に不安が透けているように感じた。


「いえ、そんな、そんなことないですよ。蠱惑的だと言いたかったんです」


自分の感情を解析して言葉にすると、その場がたんと終わってしまったみたいで、酔いから覚めた僕は、貴方を掴んでいた手を離した。魅惑的な貴方を目の前にして、僕は上滑りしてしまったみたいだ。


「リア、ありがとう。ゆっくり休んでね、お疲れ様」


貴方は自分の手の甲を擦りながら、あまり落ち着きがなく、僕をこの場から追い出したいような、そのための労いの言葉に感じてしまった。


扉を閉めると、ため息が出た。

自己嫌悪の原因になる事象がどっとフラッシュバックしてきて、僕が生きている意味、価値、理由が分からなくなった。何をしても何を得ても、僕は何も何処も幸せにはならない。幸せというものをぼんやりと解釈して、創造して、理想として、掲げてきたけれども、その理想を実現させたところで、僕の気持ち悪さにすべて飲み込まれてしまう。あのキスの味は甘かった。甘ったるくて、僕は恐れをなして逃げてしまった。幸せになりたいけれど、幸せになりたいという強欲を脆弱を醜態を晒して、幸せになれたなんて純粋な幻想を味わうことはできない。僕の幸せって何?



「テルさんを殺ったからって何や?何悩んでんの?」


僕が目の前に置かれた朝食に手も付けられずにいると、僕の隣りでもぐもぐとしているアムさんに囃し立てられた。悪魔にとって、殺しは仕事であり、生活の一部であるため、僕みたいに殺したことで、いちいちぎゃーぴーぎゃーぴーと騒ぐのは論外なのだろう。と言っても、目の前に置かれた牛肉、その赤い肉汁が、僕には、んー、食べられそうにない。


「リア、あの人なら今頃元気してるぞ」


無意味なことで悩むな、とサタさんに叱られた。そう言われても考えてしまうのはその事ばかりで、ふと、頭の中に過ぎるんだ。あぁ、殺したんだって。人間にも殺人犯だって殺人鬼だっている。けれども、僕は死刑なんかよりも重度な罪悪感で裁かれている。そんなことなら、この身をいっそのこと捌いてほしい。僕の醜さを抉り出すように。


「ほんなら、また殺ればええやん」


「ふん、殺しの練習台としては最適だ」


白い歯を見せて、肉を引きちぎって、ナイフで切り刻んで、赤い肉汁が滴っているのには、見向きもしない。ここにいると気が狂いそうだ。アムさんもサタさんも、吐きそうなほど無分別で不謹慎で、今までの貴方達の人物像が覆る。僕のユートピアは何処にあるの?、もう何処にもないよ。


「リア、何処へ行くんだい?」


自室から出てきた貴方と鉢合わせる。動悸がして、呼吸が苦しい。何処でもいいから、何処か遠い場所に行きたい。けれども、そんな僕では貴方に嫌われてしまうだろう。十字架を持つか、銃を持つか、苦渋な選択を迫られて、死にたくなった。


「もう何もわかんないです」

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