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「世界中がリアの敵になっても、私はリアの味方だからね」


そう言って、楽しそうな笑顔で僕の両手首を掴んで、壁に押し付けているのは、僕をここに連れ込んだ天使だ。僕が拳銃を取り出して、彼の後頭部に突きつけたからだ。僕の勝ちだと思った瞬間、何故か壁に押し付けられていた。


「あははっ、何言ってんですか?世界中が僕の敵なのに、何で貴方だけは僕の味方って、そう言い切れるんですか?そんな綺麗事を信用して、寝首をかかれたらお終いじゃないですか」


何で気づかれたのかは、ある程度予想がつく。弾倉に弾丸を込めるとき、手馴れていないせいか、カチャカチャと音がしていたからだ。それでも、僕が弾丸を持っている可能性はゼロだと信用していれば、無防備になってくれると思っていたのに。予備の弾丸をポケットに仕込んでいたのがバレていたみたいだ。


「綺麗事じゃない、私はいつでもリアの味方だよ」


「じゃあ、この手を離してください」


優しそうな貴方の声。でも貴方は僕が銃を撃つと確信しているから、この手を離せないんだ。そんな表面上だけはよく見せようとする貴方を、僕だって信用できない。


「嫌だ、君が悪魔になる。悪魔になれば、君は君のままでいられなくなる」


「どうでもいいです」


「君が内側から壊されていくのを、私は見殺しにはできない」


とうとう貴方は笑顔も見せなくなって、焦燥感に駆られたように、意地でも僕をここから逃がさない、という強い決意を感じる。


「貴方には理解できないかもしれませんが、ボスは、僕の救世主なんです。何されようと、あの人の傍にいたいんです」


握力を失い、銃が手から落ちる。それと同時に、貴方の僕の手首を掴む手が離れる。


「へえ、ジュリに聞かせたらさぞかし喜ぶだろうね。でも何故だ?血潮ぶっかけられて、心を抉られて、斧で脅され、銃なんか持たされたじゃないか。何故そこまであいつに媚びる?」


テルさんはその銃を僕が拾うよりも速く蹴飛ばして、廊下の上をカーリングの石みたいに銃が滑っていく。その視線を自分の方に向けるように、彼は僕の顎を掴んで、彼の壁に付いている左膝が、僕の逃げ道を塞いでいる。


「媚びてなんか、そんな」


「君の良心が痛んでる、それが私にも共鳴してつらいよ。一緒に幸せになろう、リア」


顎を掴んでいた手は、僕の頬を親指で撫でていて、もう一方の手は、僕の首へと腕が回されていた。


「……貴方は僕を殺してはくれない。僕には、『死』が最大の幸福ですよ」


「じゃあ、天使の君をジュリちゃんに殺してもらおうか」


何かが違う。何だか支離滅裂だ。僕は、死にたいし、ボスにならば殺されたい。けれども、何だかまだここでは生きてみたい気もするんだ。天使ではなく、悪魔として。

貴方が契約のキスをしてこようとするのを意図的に避けて、そっぽを向いたら、頬にキスされてから、ため息をつかれた。


「それは、あの人に申し訳ないです」


「……意味わかんない、訳わかんないよ。何で幸福になることを拒んでんの?何で自ら苦痛を選んでんの?」


一歩二歩、と僕から遠ざかり、天使は向かいの襖に背をつけて、頭を抱えながらしゃがみ込んだ。ぐすん、と肩を揺らして、呼吸する姿は、貴方の自尊心が喪失したのに思えて、同情も何もできない。だから、僕は銃を拾った。


「僕の幸福を、苦痛と偽らないでください」


銃声が響く、泣き声が止む。けれども、今度は怒鳴り声が聞こえて、逃げるように廊下を無我夢中で走った。適当な部屋に入ると、また泣き声が聞こえる。真っ暗な部屋、最もよく聞こえるのは、僕の泣き声だ。何故、殺してしまったのか。自分でもよく分からない。ごめんなさい。ごめんなさい。


「おっ、リア見っけ!」


襖が開いた音にも気づかないほど、泣きじゃくっていた僕は、キューさんに出会い頭で醜態を晒した。


「……殺しちゃった、殺しちゃいました」


「うんうん、わかってるから」


苦笑しながら、泣いている僕のもとへと寄ってきてくれて、頭をぽんぽんと軽く叩かれた。


「ごめんなさい」


「本当ぉ、俺が疑われちゃって参ったよぉ」


冗談っぽく明るく意地悪を言うのは、いつものキューさんで少し落ち着いた。


「……すみません」


「でもまぁ、お家に帰って、ボスに褒めてもらお?」


と僕の手を握りしめてくれる。それだけで、一人じゃないと感じて、とても励まされた。一通り泣き終わると、キューさんと忍者みたく、天使に気づかれぬよう、急いで屋敷から脱走する。



「はぁはぁ、やっと出られましたね」


悪魔御殿よりも広い屋敷で、同じところを三周くらいはした気がする。玄関の扉を閉めると、全身の力が抜けて、疲れがどっときた。


「あとはもう飛んじゃえば勝ち」


とスマホを取り出して、キューさんはナビを設定している。その様子を見て、


「それ、何で初めから使わないんですか?」


今までの疲れと緊張は何だったんだ、と思ってしまった。


「セキュリティロックかかってんじゃん。この屋敷には」


と玄関に付いているボタンを指さした。これが付いていることで、この屋敷全体を覆っているフィルターみたいなものが、反射するもの同士を繋ぐ移動手段の電波を遮断しているらしい。


「あー」


確かに、悪魔の家にはセキュリティロックなんてものは一切無いし、玄関に鍵さえもかかっていない。個別の部屋の鍵は気休め程度なものだし、悪魔だから来るものは殺すぐらいのマインドなんだろうか。


「ほら、手出して?」


そう手を繋ぐと、土足公認の我が家へと帰っていた。

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