兄弟喧嘩

「やあ、また会うとはね。毎回毎回、ゴキブリの如く湧いてくるのは何なんだろうか?」


と微笑みながら僕の部屋に入ってきたのは、大きめの斧を肩に乗せたボスだった。……え?ボスが二人???同じ目鼻顔立ち、同じ身長体型、違うのは髪や瞳の僅かな色合い。斧がよく似合う方、おそらくボス、は髪や瞳が黒みがかっていて、くすんで見える。


「えー?何で気付いたの?この部屋を監視してるとか?よっぽど暇なんだね、ジャンキーちゃん」


先程の僕の知っているボスに似た口調から一変、緩くなって薄くなって、中身が詰まってない木の実のような口調になった。ボスのことを煽っているようにしか聞こえないけど、本人は自覚無さそうにヘラヘラと笑っている。


「暇じゃないよ、ジャック。今から君の四肢を切断して、ふふっ、スカフィズムさせてあげるからさ」


期待で胸を膨らませるように、処刑で妄想を膨らませた。機嫌の悪さをご機嫌な表情で覆って、斧を使うのを今か今かと待ち望んでいるボスに、僕は待ったをかけた。この部屋を血だらけにして欲しくはない。


「ボス、スカフィズムって何ですか?」


「ん?リア、なんなら君がやってみるかい?」


今にも振り下ろしそうな斧を肩の上で弾ませながら、弾けるような笑顔でそう問いかけてくる。百聞は一見にしかず、なんて言うけれど、ただ疑問を口にしただけで、処刑をやらされることになるなんて聞いてない。


「スカフィズムってのは、汚物と腐敗と蛆虫のオンパレードみたいな処刑のことだよ」


とボスのそっくりさんが親切にも僕に教えてくれた。が、字面からして不快感が凄まじいので、考えただけで嘔吐きそうになった。そんな気持ち悪いことするんですか?と真偽を疑いたくなるほど。初めて子供の作り方を知ったときみたいな不快感と、とてもよく似ている。


「されたいの?」


「あれ、する側もめんどくさいでしょ?寧ろ、愛情を感じちゃうくらい。サタちゃんになら、もっとされたいかもなぁ」


脅して逃げさせて帰らせようとするボスに、それに何一つ怯まずに、逆にそれを望んでいるような、ケレン味のある態度を見せるそっくりさん。偽りの表情を失ったボスが掲げた斧を勢いよく振り下ろした。


「あぁ、本当、死んで欲しい」


腹の底から出てきた、そのおぞましい声で、聞いているだけの僕を、震え上がらせて、恐怖と不安でいっぱいにさせて、「僕が死ぬから……」と許しを乞わさせるのは、いとも容易かった。


「ジャンキーちゃん、リアが可哀想だよ。……泣いちゃってる」


ジャックさんにそう言われて、僕の肩を抱き寄せるように抱きしめられて、初めて僕が自分自身で泣いていることに気がついた。そしたら、さらに泣けてきた。ボスのことは涙で目が溺れてよく見えないけれど、僕の部屋のドアを乱暴に閉める音で出て行ったんだと分かった。


「……ごめんなさい」


「良いんだよ、謝んなくて」


僕の背中をさする手が温かく感じる。こんな僕のことを慰めてくれる人間(?)がいることが不思議だった。

My life sucks, you suck.

あぁ、もう何が何だか何でもめんどくさい。生きていたくない。

あの斧で僕の頭をかち割って、脳みそを引きずり出して欲しかった。脳脊髄スープにして欲しかった。


「貴方は誰なんですか?」


「ん?私かい?私はね、天使なんだぁ」


天使と悪魔が双子の兄弟。見た目も声質もよく似ているけれど、楽観的な貴方では、おそらく僕を殺せない。


「そうでしょうね」


「そうだ!私の会社にインターンしてみるってのはどうだい?ここじゃあ、働きにくかろう。私の会社は……」


と、さぞかし自分の会社に誇りを持っているのか、自慢と御託を並べて並べて、訪問販売よりも悪質な宣伝方法で僕を誘ってきた。この天使もあの悪魔と同様、物理的距離と心理的距離は正の相関だと考えているんだろう。僕を抱きしめたまま、離してくれない。


「また明日、気が向いたらで」


愛想笑いで、苦痛を表現して、僕は鬱病に罹患した、ウィッカーマン。さっさと焼き殺してくれればいいのに。

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