片想いの少女と喋る黒猫

朱ねこ

ニャーン

 いつからか恋をしていた。



「猫さん、猫さん、手を貸してほしいの」


 いつもの帰り道、コンクリートの上で大人しく座る黒猫さんにしゃがみ込んで話しかける。それが私の日課だ。

 猫さんは近所の人に可愛がられているようで人慣れしていて、丸っこい。


「お断りニャン」

「まだ話してもないのに!?」


 猫さんは足で耳を掻く。


「どーせこの前言ってたことと同じニャ。ニンゲンの考えることなどお見通しニャー」

「むぐぐ」

「ほらニャ」


 猫さんは得意気に喋った。


 この黒猫が人間の言葉を話す理由はわからない。

 黒猫はある日突然喋り出したのだ。あの時はしばらく腰が抜けるほど驚いてしまった。

 初めは猫ちゃんと呼んでいた。しかし、その呼び名は不満だったらしく、『猫さん』に変えた。

 なぜ不愉快なのかは教えてくれなかった。


「そんなに気になるのなら自分で聞けニャ」

「聞けるわけないでしょ! 好きな人の好きな人なんて!」


 聞いてしまえば、私の想いはバレてしまうかもしれない。

 自分で動く勇気は持っていない。


「ネコ使いが荒いニャー」

「猫缶! 猫缶買ってきてあげるからさ? 高めのやつ! だめ?」

「だーめニャン。キミに貰わなくても他の人に貰えるから結構だニャ」


 面倒くさそうに大きなあくびをする。ザラザラしてそうな舌がよく見える。

 やはり、猫さんはしてくれないらしい。


「だいたい、あんなヘラヘラしたヤツのどこが良いんだニャ」

「爽やかで良いじゃない! かっこいいでしょ?」


 私の好きな人はいつも笑顔を絶やさない人だ。親しみやすい雰囲気が出ていて素敵だなぁとよく見ている。


「同意しかねるニャ。ボクの方がカッコイイニャン」

「猫さんはかっこいいより可愛いだよ」

「要らない褒め言葉ニャ」


 猫さんの態度にむっとしつつ、口を閉じる。これ以上言えば喧嘩になる。

 それは嫌だ。


 一方的に話しかけていただけだが、何でも聞いてくれる大切な相手だ。

 仲違いなんてしたくない。


「ちょっと優しくされただけで好きになるなんて惚れっぽすぎニャ」

「だ、だって、男の子に優しくされたの初めてなんだもん……!」

「チョロすぎニャー」

「ううっ。だって、優しくて頼りになる人なんだよ」


 確かにチョロいのかもしれない。

 友達のいない私にも話しかけてくれて、グループにも誘ってもらえたり、先生のお手伝いで段ボールを運んでいたら持ってくれたり、何度も助けてもらった。


 彼は誰にでも優しいから普通のことだったんだろうけど、私にとっては特別なことだった。

 でも、私では不釣り合いだけど好きだと思ってしまったんだ。


 頭の中は彼のことばかり。


「はぁ、君にそんな浮かない顔させるヤツのどこがいいんだかニャ」

「んっ」


 猫さんに鼻を軽く叩かれた。触らせてくれなかった肉球が当たる。


「この前耳にしたニャン。ヤツには好きな子がいるってニャ」

「えっ!」


 猫さんの言葉に驚いてしまう。好きな人って誰だろう。

 私だったらいいのになぁ……。


「諦めるなニャ。自分で聞くのが一番ニャン」

「でも……」

「自信がないニャ? 想いがバレるのが怖いんだろニャン?」

「うん」


 猫さんは全てお見通しらしい。今までずっと話し続けてきたからだと思う。

 何も言わなくても猫さんは理解してくれる。だから、安心していられる。


「想像してみろニャ。ヤツに恋人ができたニャ。君はヤツに気持ちを伝えられてないニャン。キミはどうするニャ?」

「……どうしようもできないよ」

「だろーニャ。告白できるうちにした方がいいニャン。当たって砕けても、アピールできるようになるニャ。少なくとも、相手は意識するだろうニャン」

「うん……」


 猫さんの言う通りだと思う。

 他の人に取られてからではもう遅い。

 せめて恋愛対象として意識してもらわないと。意識さえしてもらえたら少しは可能性もあるかもしれない。


「ボクを信じればいいニャン。慰めてやるからニャ」


 いつもなら甘やかしてくれないのに珍しい。

 猫さんの優しさに胸が温かくなった。


「うん、ありがとう。私がんばるよ」

「それがいいニャン。もう暗くなるから帰れニャー」


 空を見ると曇りだったせいもあってか薄暗い。

 そういえば、今日は早く帰ってこいと言われていた。もう少しお喋りをしていたかったなと名残惜しく感じてしまう。


「うん。また明日ね」

「ニャーン」


 手を振ると、猫さんは高い声で鳴いた。




 ボクの言葉は届かない。

 知っているけど知らないふり。ちょっとだけ意地悪をした。


『愛するニンゲンよ、お幸せにニャン』

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片想いの少女と喋る黒猫 朱ねこ @akairo200003

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