泣きたい俺でも待っているから

飯田太朗

天下で一番かわいい彼女 

 最高だ! 最高の夏の始まりだ! 

 千冬は世界一の女の子なんだ。色が白くて、目もくりくりしてて、おまけに優しくて、頭もよくて、笑顔もかわいくて、そしてそんな子が、何と俺の、彼女なんだ! しかもこの夏、一緒に花火大会にも行くんだ! 

 千冬とは一年の頃からの付き合いだった。入学した時から俺は千冬が気になっていた。

 去年のクリスマス、俺は思い切って千冬に告白してみた。彼女は少し照れた後OKしてくれた。

 この夏で、かれこれ付き合ってから八カ月が経つ。

 そんな夏休みのある日、俺はどうしても千冬に会いたくなって、用もないのに学校に行った。ちょうど体育館の入り口で女子バドミントン部が涼んでいるところで、俺は千冬の姿を探した。そして見つけた。

 千冬はぼんやりと、本当にただぼんやりと、グラウンドを走り回るサッカー部を見ていた。それは何だか空の彼方を飛ぶとんびを見つめているような目で、俺が見たことのない千冬だった。


 花火大会。

 千冬は浴衣で来ていた。天下一かわいかった。地上に舞い降りた女神だ。

「あのさ」

 俺はつぶやいた。喧騒に飲み込まれそうな声だったけど、一生懸命声を出した。

「好きなんだろ。サッカー部のあいつ」

 千冬が立ち止まる。大きな目が、見開かれる。

「自分の気持ちに後から気づくことってあるよな」

 沈黙。千冬が言葉に迷っているように唇を震わせる。本当は、ああ、本当は俺は、その唇がただ、ただちょっとだけ欲しかったけど、でも諦めることにした。俺は千冬に告げた。

「いいじゃん。俺がいるよ。だめだったら俺のところで泣けばいいからさ、あいつに気持ち、伝えてみろよ。もちろんすぐじゃなくていいし、脈ができてからでいいけど、俺でよければ待ってるからさ。だから……」

 千冬の目に何かが滲んだ。でも俺はそれを見ない。見たらきっと、躊躇ってしまうから。

 大丈夫。俺は大丈夫。好きな子のためなら何でもできるのが男なんだ。俺は男だ。

 泣きたい俺でも待っているから。

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泣きたい俺でも待っているから 飯田太朗 @taroIda

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