ライブライダー《liverider》

あさひ

第1話 戦場 相愛なりて 試合う

 遠くの太陽が悪そうな顔をしている

そんな妄想が浮かぶくらい理不尽に暑い。

 傭兵団の野外基地は騒々しいわけではないが

うめき声に溢れていた。

「暑いな……」

 一人の男は呟きながら手で扇いでいる

周りの傭兵達もそんな感じだ。

 しかし湿度と温度が

高くなった湿林地帯では意味がなく

何より涼しくなった気がする程度でしかない。

 傭兵団はサウナのためにここにいるのではなく

資源調達のためだけにここにいるしかなかった。

「団長? やっと帰ってきた……」

 一人が気づくと

揺らめきながら立ち上がる傭兵団の皆

だが団長の面持ちがよろしくない。

「どうしたんすか? 美人な顔が台無しですよ」

 傭兵団の団長であり

取引や仕入れなども行う事実上の運営を担っていた。

 煌びやかで金の艶やかな髪でありながら控えめで

失敬のないような振る舞いから王族すら脳裏にちらつく。

 容姿さながらの蛮勇は見るものを圧倒し

沸々と信頼すら湧き上がらせた。

「どうやら商隊が魔物に襲われたらしいんだがな」

 含みある言い方で地図を見ながら付け足す事実に

団員たちは武者震いする。

「許さねえ…… 絶対に許さねえっ!」

「そうだ! ふざけんなってんだ!」

「俺たちゃ最強っ! 傭兵団っ!」

「おうさっ!」

 地図に書かれた丸は傭兵団の砦である

本拠地だった。


 広い王城後に作られた設営地と

王城内にある執務室

まるまるかつての皇女殿下が使っていた

そんな騎士団本拠地では会議が執り行われている。

 内容は単純に虚偽の傭兵団と偽装の騎士団の

犯罪行為又は略奪行為への対策だ。

「現時点で確認があるのは魔物を装った略奪行為ですが……」

 渋い顔をした

軍師を務める男性はひとつの推測を述べる。

「恐らくですがぶつけるのが目的かと思われますね」

 会議に参加する騎士たちが全員で疑問符を浮かべたが

真ん中の席で資料を確認した団長は理解したように鼻で笑った。

「つまりは相殺させて疲労困憊を狙うと?」

「はい…… 恐れながらですが……」

 激怒し、机の一つでも壊すのかと思われたが

静かに立ち上がり冷ややかな目で窓から空を見つめる。

「少し泳がせましょうかね? 楽しめそうですし……」

 振り返った団長はひどく冷徹な【何か】に見えた

それは剣聖とは程遠い魔神のような震えあがる笑顔だった。

「団長様? それはまずいかと思われます」

 数週間前にあった

防衛戦の一幕を会議中の団員が思い起こす。

 盗賊たちがお決まりの文句を言い放つまでは良かった

そのあとが大変よろしくなかったのだ。

【傭兵団団長っ! クレア=アルレンティア様だ!】

 野太い男の声で放たれたそれは

騎士団の剣聖をすぐさま魔神に変える。

【なんと言った? 貴様はなんと言った?】

 笑顔で言った言葉には

鋭い殺気に加え、手元の武装が赤く煌めいていたという

死刑執行が付いていた。

【だから…… クレア……】

 さすがに盗賊たちも

自らの最後が頭に浮かんだのか

言葉と足の力を瞬時に失う。

【いっいいのかっ! 傭兵団が黙ってねえぞっ?】

 言葉が届くなら武装は破裂しそうな魔力を

放出なんてしないだろうにと誰もが思った。

 ただ見るに堪えないほどの悪徳に

誰もがそのあとの結末に納得するだろう。

【かっかかれぇっ!】

 嘘を目の前で堂々と言い放ったのだ

その言葉でやめてもらえると

怯んで押し黙るという幻想を浮かべながらだ。

【消えていいですよ?】

 この発言の後に盗賊たちは牢に入ることなく

大半が犯罪者専用のひどい環境下にある病院に永久入院となる。

 しかし未だに意識が戻った者など

世界に存在しないのだが……

まだ手心が加わっているのだ。

「ほっほらっ! 病院の患者もひっ迫してますからね?」

 面食らった顔でふふふと笑う団長の名は

リーシア=アルレンティア

最強の剣聖であり、傭兵団の団長クレアの弟

【壊滅のリーシア《ラグナロク・リーシア》】である。

 誰もが魔物を語りながら犯罪行為を行う

虚偽の傭兵団と偽装の騎士団の末路を知った。

【炭になりませんように】

 心でその祈りが溢れかえっただろう

恐らく盗賊団だけでは済まない

土地が消える。


 傭兵団の本拠地は

案の定だが扮装した人間が集まり唸っていた。

 その中には半笑いの魔物紛いも混じっていて

とても魔物の知能とはかけ離れた

ある意味での賢さがある。

「皆…… あれが魔物で傭兵団らしい……」

 あまりの光景に絶句する団員たちに

心底な顔で申し訳なさそうに指さした方向を

呆れを含む言葉で付け足した。

「どうやら【あれ】が私たちという認識らしい……」

 傭兵団は影の立ち位置で

誰もが全容を知らないとは言え

【あれ】がイメージ上に存在する傭兵団である。

 言葉なんてものが浮かぶなら相当な詩人か

哲学者だろう

団員をやめて学者になった方が良いとさえ思えた。

「とっとりあえずっ! 物資とかありますしっ!」

「そっそうだっ! まっまものをかっ狩るぞっ?」

 動揺が見え透いているどころか

それしか見えない。

 空からの鳥の鳴き声が

状況を切り裂いた。

「伝令ですっ! 騎士団の【壊滅のリーシア《ラグナロク・リーシア》】の

参戦表明ですっ!」

 誰もが総出で素っ頓狂な声を出した

その後に一気に鼓舞された怒号が響き渡る。

「俺たちの砦を守るぞっ!」

「おぉっ! 行くぞっ!」

 そんな気合を吹き飛ばす優し気な声と

鋭い殺気に溢れる魔力の本流が相反した恐怖を

広げた。

「元気だった? ねっえさーんっ!」

「気配でわかっていましたが……」

 あからさまに頭の線が切れている

気配以上に口調があまりにいつもと違う。

「これはまた…… 骨が折れそうですね……」

 団員たちはこっちそこですよと

心で叫んでいた。

 恐らくだが魔物狩りだけでは

終わらないだろうなと想像に難くないなと

砦は諦めようかなと反復した声が頭を木霊しただろう。

 二人は勢い余って切り合う

そして辺り一帯が平地になった景色で

讃え合っている。

「行きますよ? リーシア」

「はいっ! ねっえさーんっ!」

 後ずさりしながら団員はこう遠くから言った。

「俺たちは遠くで調査があるみたいなので……」

「そうですか? わかりました」

 見送る団員たちは一応に魔物紛いに手を合わせながら

黙祷する。

 化けて出ないように

そして怪我で済むように

天で見守る燦燦とした太陽にそう祈った。

 祈った後に団員は死に物狂いで

安全地帯まで走っていく

重たいであろう採取物が満載の馬車も全速力で

なりふり構わずに

生きるということだけ頭に遵守した。


 傭兵と騎士は

ゆっくりと観光に来たかのように

魔物紛い達に剣を向ける。

「狼藉はそこまでだっ!」

 遠くまで響いた芯の通るきれいな声と

むしろでニカニカ笑う冷徹なご尊顔が

言葉にならない恐怖で魔物紛いに言葉を想起させた。

《なんでぇぇぇぇぇっ!》

「あら? 言葉が聞こえたような……」

 どうですかねと横の魔神に

問い尋ねる金髪の団長にさあねと返す冷たくなった笑顔は

傭兵には向いていない。

 なぜか前方を見ながら

瞬きせずに赤い魔力がすでに全身を覆いつつある。

「愚問でしたね」

 行きますよと騎士が囁いた

それが合図となり左半分が赤い魔力で吹き飛ぶ

金色の閃光は右半分を剣圧の込められた神速で

バッタバッタ切り倒していった。

 その刹那はもはや時間が止まった間に

攻撃したのかと思わんばかりの速度で

抗うことなど元から存在しないかと思われたほど

認識できない。

 放った赤い魔力は体に浸透すると

狂化バーサク】を起こしていた。

「困った弟ですね……」

 すべてを斬り終わり

リーシアに向かう。

「好きだ…… 好きだ……」

 謎の独り言をぶつぶつと

リーシアは俯きながら言い始めた。

「わかってますよ? お姉ちゃんはここにいますからね」

 ニヤッと言葉で口角が上がる魔神と

変にキュンとしたらしい傭兵の女神は

同じような言葉を吐く。

《俺だけのっ!》《私だけのっ!》

    【ヒーロー!】

 そのあとは言うまでもなく

二人だけの世界が広がったという

武勇伝が国を走り回ったそうな……

 おわり

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 ライブライダー《liverider》 あさひ @osakabehime

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