[1-3]そりゃ過労だろうなあ

 どうなることかと思ったけど、カミルに食事をさせるという仕事はとどこおりなく果たすことができた。目の下のくまは気になるけど、養父を休ませるためにもまず現状を把握するのが先決だ。

 目の下のくまと言えば、カミルの腹心の部下ゼレスもひどいくまを作っていた。

 政務やそれに関係する業務は今のところゼレスが一手に引き受けている。もちろんカミルも政務に携わってはいるけれど、あの金狼は視察とか城内の警備体制の管理まで一人で抱え込んでいるんだよな。体力のない主君の代わりに、フットワークが軽いゼレスが動いて回っているってわけだ。


 ゼレスは忠義のかたまりのような狼で、どこまでも主君優先で動く。だからって仕事まで全部抱え込まなくていいと思うんだけど、彼は人狼ワーウルフ魔族ジェマらしく体格に恵まれていて頑丈だからどんな激務でもこなしてしまう。もともと調子に乗って仕事を詰め込みすぎてしまう傾向にあるんだ。

 まったく、図体ばっかりでかいくせに世話のかかる狼だ。


 彼を攻略するためには助っ人が必要だ。

 ゼレス並に体格がよくて、めちゃくちゃ勘が鋭く冴え渡るやつが。


 そこ、僕のことを小さいとか言うな! まだ成長期なんだよ。たぶん。


「目の下のクマに疲れた顔、ノアに当たるくらいイラついた態度、か。そりゃ過労だろうなあ」


 今朝起こった一連の騒動を説明すると、すぐ下の弟ヴェルははっきりとそう断言した。


 朝食を終えてカミルを王の寝室まで付き添ったあと、僕は弟の部屋を訪れていた。助っ人というのが実はヴェルのことなのだ。

 ヴェル——本名をオリヴェルという彼は腹違いの弟で、夢魔ナイトメア魔族ジェマだ。

 蜂蜜色の長い髪を赤いリボンで結び、切れ長の翡翠色の瞳をもつ色男。

 夢魔ナイトメア魔族ジェマって耽美な容姿を持つ者が多いんだけど、ヴェルも例に漏れず体格には恵まれており、僕たち兄弟の中では一番背が高い。見かけもかなり大人っぽく成長しているせいか、相手が貴族のご令嬢だったり王都の繁華街に住む町娘だったり、とにかく女の子にはすごくモテる。まあモテるのは、すぐ誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力のせいでもある。それに剣の腕だって僕と肩を並べるくらいにピカイチだ。


 そんな身内の贔屓目ひいきめ抜きにしても有能なヴェルだけど、彼の誰よりもすごいところは勘の鋭さにある。


 以前、僕たち兄弟は実の父によってスラム街に捨てられた。バラバラになって互いの居場所さえつかめず、土地勘もない最悪とも言える状況の中、窮地きゅうちに陥った妹を真っ先に救ったのはヴェルだった。

 当時は僕だって必死に弟や妹たちを探したけど見つけられなくて。どうやって妹の居所をつかんだのか不思議に思い尋ねると、返ってきたのはたった一言。


「勘だ」


 最初はあきれもしたが、ヴェルの勘は侮れないと実感した。百発百中というくらいに、ことごとく弟の勘は当たるのだ。

 慣れないスラムでの生活の中、危険な局面は何度もあった。けれど、ヴェルの勘に従って行動すると、大抵の場合、最悪の結果は回避できたのだ。

 三年前に僕が出奔しゅっぽんした時も、家出先を勘だけで割り出してしまったし。


 いくら僕たちを子供扱いしようとも、ゼレスがヴェルの勘から逃れられるはずがない。それにヴェルはゼレスと一緒にいることの方が多いから、僕以上に彼のことはわかっているだろう。


「実はさ、ゼレスの様子が前からおかしいとは思ってたんだよ」


 形の整った眉を寄せ、ヴェルはそう切り出した。


「そうなの?」

「ああ。母さんが全然ゼレスに会えてないってこの間相談してきたんだよな」

「ああ、なるほどね」


 ヴェルの母親ローズは同じ城に住む元王族の一人だ。政変の時、前国王の逝去せいきょとともに城から姿を消してたんだけど、三年前に戻ってきてくれたんだよね。

 そんな彼女が実はゼレスとは恋仲だったりするからびっくりだ。あいつ、いつの間にヴェルの母親を口説いたんだろ。


「勝ち気な性格の母さんのことだから、そのうちゼレスの部屋にでも乗り込みに行くんだろうけど、さ。でも目のクマ見たら絶対心配するよなあ。親父が生きてた頃は苦労の連続だったんだし、母さんにはあんま心労かけたくねえんだけど」

「そうだよねぇ。ゼレスって、特に同じ狼の僕には兄貴風吹かすところあるしね。こっちが問い詰めたって素直に実情を話さないと思うんだ。それにあいつにとって僕やヴェルってカミルの養子、つまりは主君の子供っていう感覚だろ? 絶対話をはぐらかされるよ」


 だからこそ、ヴェルには手伝ってもらいたいのだけど。


「話もはぐらかされんじゃ打つ手ねえじゃん。どうするつもりなんだ、ノア」


 少し険しい顔をしてヴェルが尋ねてきた。僕だけでなく弟も今回のことは深刻な問題だと受け止めているらしい。だとすると、最初に感じた僕の勘もあながち間違っていなかったということかな。

 解決のためにすぐに行動する必要がある。きっと、僕とヴェルのタッグならあの金狼を吐かせることは可能だ。


 僕は背が高い弟の顔を見あげ、不敵に微笑んだ。


「そりゃあもちろん、実力行使さ」

「え、それってオレとノアの二人でゼレスの仕事を取り上げるってことか?」

「他に何があるんだよ?」

「力づくかよ! ノアってそういうとこはほんと狼だよなあ」


 どうしてヴェルはため息なんかついているんだろう。

 まあいいや。とにもかくにも次にやるべき仕事ことは決まった。

 僕とヴェルで政務室に乗り込み、仕事中毒化している金狼から仕事を奪い取ってやるのだ。

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