ハエトリグモより有能?

浅葱

ハエトリグモより有能?

 みんなクモは苦手だって言うけど、私はそれほど苦手じゃない。

 だってクモって他の虫とか食べてくれるじゃない? え? クモの巣が嫌じゃないかって? 確かに家の中で巣を張られたりしたら困るけど……巣を作らないクモさんだっているんだよ?

 私の家にハエトリグモってクモさんがいるんだけど、そのクモさんは巣を作らないの。

 じゃあどうやって餌を捕ってるのかって? それはね、ピョーン! って跳んで、ハエとか他の虫とかを捕まえるの。

 初めて見た時びっくりして、「ひゃあああ!」って声が出てしまった。でもそうやってうちの中に入ってきたハエとかを捕まえたのを見たら、もうヒーローだよね? ときめいちゃうよね?(え? ときめかない?) 巣を持ってなくてそこらへんを普通に歩いてるからびっくりしちゃうんだけど、見かけると虫退治ご苦労さまって思っちゃうんだ。ま、彼(?)にとってはごはんを捕ってるだけなんだろうけど、蚊とか捕まえたのを見たら、これからもよろしくお願いします! って頭を下げてしまった。

 それぐらい私はハエトリグモさんに心酔している。


 そんな私ですが、現在合コンに参加させられています。

 大学でできた友人に「今夜ヒマ?」と聞かれて「ヒマ!」と答えたことが原因です。せめてその理由を聞いてからにすればよかったと現在絶賛後悔中。(日本語がおかしいのはわざとだよ!)

 ちびちびとウーロン茶を飲みながら(私は未成年です!)、肉食さ全開で名前とか年とか大学とか聞き合っているこの場から逃げ出したくてしょうがない。私は向かいの男性に名前とか聞かれたけど、そっけなく対応しすぎたせいか今その男性は別のところへ移動している。

 人数合わせということで、この参加費の半分は友人持ち。こんな会よりも早くアパートに帰ってハエトリグモを探したい。ここ三か月程ハエトリグモさんの姿が見えないのだ。死んでないかどうか心配だったりする。

 ピョーン! って跳ぶのが衝撃すぎて、ハエトリグモのことはあまり調べてない。だってあのピョーン! が全てを体現していた。ハエトリグモさんって寿命どれぐらいなんだろう。スマホで調べられるかな。

 はああああ~~と思わずため息をついてしまった。


「ため息ついて、どうしたの?」

「えっ?」


 そんな私に声をかけてきたのは、パッと見カッコイイ人だった。

 あ、この人雰囲気イケメンだとすぐに気づいた。清潔にはしているし、髪形とかもがんばってそれっぽく見せているけどイケメンではない男子を、私たちは密かに雰囲気イケメンと呼んでいる。そうやって努力してるんだから私みたいな数合わせに声をかけちゃいけないと思うのだ。


「あの、ええと……私数合わせで呼ばれただけなので、他の子に声かけた方がいいですよ?」

「そっか。実は俺もなんだ」

「あ、そうなんですか……」


 苦笑して答えた彼も、私と同じく声をかけられた口らしい。


「つまらないなら帰る?」

「あ、ハイ。これ食べ終わったら帰ろうかなって」

「じゃあ送るよ」

「いえ、そこまでしていただくほどのことではないんで」

「俺もここを出る口実だから、せめて店を出るまではご一緒させてくれないかな」

「そういうことでしたら」


 ということで手を打った。でも食べている間にまたおいしそうな料理が出てきたからそれも食べたくなってしまい、結局それから三十分ぐらいは店を出られなかった。だって合コンはともかくこのお店の料理、おいしいんだもん。

 その間に彼と適当に話をした。


「クモが好きって珍しいね」

「虫食べてくれるじゃないですか。蚊とかハエとかゴキブリとか」

「ああ、まぁ、そうだね」


 話の流れでうちにいるハエトリグモの話をした。


「へー、跳ぶんだ? それは見てみたいな」

「すっごくカッコイイんですよ」

「虫を捕る姿が?」

「そう! 虫を捕る姿が!」

「虫退治ができるなら、クモじゃなくてもよくない?」


 私は顔をしかめた。


「でも、最近の男性ってゴキブリとか見たらビビるじゃないですか。うちの学部の男子、私の後ろに隠れましたよ」

「それは困るね」

「別に男だから虫を倒せて当然とかは思ってないんです。でも私にとってのヒーローはハエトリグモさんなんですよ」

「君って面白いね」


 にっこりと笑まれて、それが社交辞令じゃないことに気づいた。


「俺も虫は退治できるよ」

「ハエトリグモさんなんですか?」

「そうかもしれない。俺が、君にとってのハエトリグモだったら……君だけのヒーローになれるかな」


 みんなそんな文句じゃときめかないと思う。友人だったらダメ出ししそうだ。

 でも、その科白はなんだか私の心に届いてしまったらしい。

 彼がなんで私なんかを気に入ったのかはわからない。でも、うちで久しぶりに姿を現したハエトリグモさんを見ても彼はビビらなかった。


「君よりも有能だって、彼女にアピールしてもいいかな?」


 こっそりそんなことを言っていた彼に、もう十分有能だと思った私だった。



おしまい。


変わり者のカレカノ事情。ハエトリグモさんは有能です。

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