ヒーローとして 【KAC2022】

水乃流

里奈の遺言

 佐和子が鷹見を尋ねてきたのは、冬の足音が聞こえてきた頃だった。


「ひさしぶり。元気してた? お父さん」

「あぁ、なんとかやっているよ、老骨に鞭打って」


 二人は、グラウンドを見下ろすベンチに、並んで腰を下ろしていた。佐和子も、もうすぐ還暦を迎える。若返り処置を受けて20代にしか見えない鷹見と並ぶと、親子が逆に見える。


「寒くないか? 食堂にでも行くか?」

「いいわよ、ここで。男ばっかりのとこなんて」

「女性も多いんだがな」


 佐和子は肩をすくめてみせると、グラウンドに視線を戻した。何人かの兵士が、ランニングなどで汗を流している。確かに、半分ほどは女性のようだ。


「それで、今日はどうした? 佐和子お前基地ここに来るなんて、初めてじゃないか?」


 それを言うなら、処置以来こうして会うことも久しぶりだ。


「ん、実はうちの人がね、処置を受けないことにしたのよ」

「政則君が? 何か問題でもあるのか」

「孫の顔も見られたし、これ以上長生きしてもしょうがないって。でね、私も処置を受けないことにしようかと思って」

「……そうか。それは、お父さん少し寂しいな」


 なにいってんのよ、と佐和子は笑って言った。孫にもひ孫にも会いに来ない人が、と。


「今更、ひ孫に執着されても困るけどね。で、私たちの家のこととか諸々は、弁護士の伊織先生に頼んであるから」

「そうか。お前たちがそう決めたのなら、私は何も言わないよ」

「ありがとう。それとね、これを渡しに来たのよ」


 そういって佐和子は、鞄の中から封筒を取りだし鷹見に渡した。『鷹見圭吾様』と表書きがされている。


「叶さんから、お父さんにって」

「なに?!」


 叶里奈の名を聞いて、鷹見は驚いた。なぜ、娘の佐和子が里奈のことを知っているのか。


「もう10年くらい前かな? 復帰組の家族ってことで、叶さんに取材されたことがあったのよ。それで、1年前くらいかな? 急にうちに来て『お父さんとお付き合いさせていただいています』って。びっくりしたわよ、もう」

「里奈が……」


 律儀なところがあった里奈らしい、といえばそうなのだろう。


「で、先日、その封筒が入った手紙が送られてきて、お父さんに渡してって」


 佐和子も、里奈が殺されたことを知っていた。もしかしたら事件性が高いものなのではないかと迷ったが、里奈を信じて届けることにしたのだという。


「できれば、ひとりの時に中を見て」


 そう言い残して、佐和子は帰っていった。


 隊員寮の自室に戻り、封筒を開けてみた。出てきたのは、USBメモリがひとつ。USBはもちろん、有線接続が時代遅れとなっている今、部屋に備え付けの端末では中身を見ることができない。


 次の休暇、実家まで足を伸ばした。すでに両親はなく、弟とその家族が住んでいる場所だ。


「本当に若返ったんだな」

「写真は送っていたろう。何を今更。それより、お前はまだなのか」

「いや、申し込んではいるんだが、なかなか順番が回ってこないんだよ」


 処置以降、初めて再会した弟とそんな会話をしながら、鷹見は倉の中であるものを探していた。とりあえず使わなくなったものは倉の中へ仕舞っておく。田舎の広い家にありがちだ。


「こんな所にあった」


 埃を被った段ボールから出てきたのは、ノートパソコン一式だ。ACアダプタもちゃんとある。倉にはコンセントはないし、非接触充電に対応した機種でもないので、居間を借りてPCを立ち上げた。


 里奈のUSBを指すと、パスワードが要求された。何度かトライすると、メモリの中身が見られるようになった。パスワードは、鷹見と里奈が出会った日付だった。


 メモリには、膨大な量の資料が保存されていた。動画も何本かあるようだ。鷹見は、“圭吾さんへ”という名前のファイルを再生してみた。里奈の生前の姿が、そこにあった。


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圭吾さん。


この動画を見ているということは、私はもう死んでいるか、話せない状態になっていると思います。娘さん、佐和子さんを巻き込むようなことをして、ごめんなさい。実は、あなたに出会うずっと前に知り合っていたの。ふふ、驚いた?


 圭吾さん。

 私はずっと前から、“若返り処置”について調べていたの。私は処置を受ける前から、新聞記者として働いていて――結局、そのせいで行き遅れちゃったけど――若返った後も同じ職を選んだのは、これが転職だと思っているから。

 で、自分で処置を受けた後、いくつかの疑問が湧いてきたの。


 ひとつは、処置を受ける人間の決め方。あなたも知っている通り、処置を受けるためには、日本国籍を持った60歳以上であること、それだけなの。後は、応募者の中から抽選で選ばれる。すごく公平。だから、おかしいと思ったの。だって、若返りなんて、権力者が見る究極の夢じゃない? 現に、海外の権力者や政治家たちは、こぞって若返り技術を求めている。でも、日本の政治家で若返り処置を受けた人間は、ごく僅か。他の職業と比較しても、下から数えた方が早いくらい。なぜ彼らは、権力を使って処置を受けようとしないのかしら。

 それから、処置を受けた人のおよそ8割が、軍か軍の関連企業に就職していること。私のように、前の人生と同じ職業を選ぶ復帰組は稀だわ。なぜ、多くの復帰組が日本を護るために戦おうとするの?

 そして、そうした人たちの中に、特殊な能力を持った人たちが現れていることも、疑問だわ。そう、圭吾さん、あなたのように。詳細な情報は、安全上の秘密になっているけれど、このメモリに保存してある情報を突き合わせてみると、突出した成績を挙げている人が100名単位で存在することが分かったのよ。


 そして、究極の謎が、『この技術若返りは、どこから来たのか』ってことよ。処置自体は、全国の病院で行われているけれど、処置の中核技術はブラックホックスになっているのよ。


 で、私は取材を進める中で、ひとつの謎めいた組織に行き着いたの。


 日本先端医療技術研究所――JAMTI。若返り処置が始まる、ほんの1年前に設立された組織なの。どうやらそこが若返りの秘密を握っているらしくて。その本拠地の場所を知っているという元研究者に会えることになっているので、突撃取材をしてみるつもり。もちろん、万全を期すわ。このメモリも、万が一のため……何もなければ、消すつもり。でも、もしそうでなかったら……私は、あなたに全てを託したい。もちろん、兵士であるあなたにジャーナリストみたいなことして欲しいと言っているわけじゃないわ。このメモリの中に入っている情報を見て、あなたが判断してくれればいい。あなたの自由にしていい。


 最期にひとつだけ。別れることになったけれど、私はいつまでもあなたのことを想っている。だって、あなたは私の、私だけのヒーローなんだから。またいつか、会えることを信じて。じゃあね。


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 暗くなった画面をじっと見つめていた鷹見は、ゆっくりと起ち上がった。その目には、ひとつの決意が宿っていた。


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