あたしだけのヒーローを追いかけて

依月さかな

水使いの退魔師と半妖の退魔師

 雨潮うしお千秋ちあきはあたしだけのヒーローだった。


 初めて会ったのはうんと小さな頃。

 あたしの家は妖怪退治屋で有名な退魔師を輩出する家系だった。

 千秋も例に漏れず退魔師家系の人間で、初めて顔を合わせたのは親戚同士の集まりだったと思う。


 日本では珍しい銀の髪に、ルビーみたいなあかい瞳。じと目で睨んでくる態度は気に入らなかったけど、あたしは作り物みたいなきれいな顔に引き寄せられた。

 大人たちは離れて遠巻きに千秋を見て何かぶつぶつ言っていたけど、気にならなかったわ。当時のあたしは子どもで、あやかしとか退魔師たちの事情なんか知らなかったのよね。


 彼の抱える重い事情を知ったのはいつのことだったっけ。


 千秋は普通の人間じゃない。大獄丸だいごくまると呼ばれる強い鬼と退魔師の人間との間に生まれた子ども、いわゆる半妖だった。

 あたしたち退魔師はあやかしをはらう者だ。この世にはあやかしとの共生をうたっているひともいると聞くけれど、退魔師のほとんどはあやかしを忌み嫌っている。

 だから、半妖でありながら退魔師稼業を続ける千秋が、親戚中から嫌われてしまうのは必然だった。


 だけどあたしだけは違う。

 小さい頃から強いあやかしの力を持っていた千秋は大切な幼なじみであり、またあたしだけのヒーローだった。


 あたしは何度千秋に助けられただろう。

 退魔師としてのあたしの力は水の属性の傾向が強くて、能力は回復寄りだった。そのせいかあやかし退治に手間取ることが多い。

 危ない局面に遭うたびに、千秋はいつも助けに来てくれた。

 せっかくこっちが素直に「ありがとう」ってお礼を言ったのに、彼はいつも無言を返してくる。そういう時は黙って立ち去ろうとするのを後ろから小突いてやった。


 中学、高校と腐れ縁は続き、あたしたちはいつも一緒にいた。今まではそうだったの。


 変化が訪れたのは高校二年の夏。不意に現れたあやかしに襲われた時だった。

 猿の顔をした全身が毛むくじゃらのあやかし。右目は見えていないようだった。赤い双眸そうぼうに宿る獰猛どうもうな光は間違いなく邪悪なもので、にたりと浮かべる笑みにぞっとした。たぶん、あいつはあたしを食べるつもりだったんだと思う。

 動きが素早く、奇襲に不意を突かれたのもあって詠唱が追いつかなかった。


 命が助かったのは、たぶん千秋のおかげだ。

 毛むくじゃらのあやかしは、鬼の血を引く千秋の気配を察したんだと思う。

 全身が痛くて動けなかったのに千秋が現れた途端、あいつは地面に押し倒したあたしには目もくれず、突然煙になって消えてしまった。


 そのあやかしがぬえだと知ったのは、千秋が病院へお見舞いに来てくれた時。

 眉間にしわを寄せ、宝石みたいな深紅の瞳に思い詰めたような光を宿して、幼なじみはあたしにこう言った。


「本部から鵺の討伐指令が下りた。俺は府外へ逃亡した奴を追う」

「あたしも一緒に行く」

かすみ、お前はここで怪我を治すべきだ。俺は一人で行く」


 足手まといだと千秋は言わなかった。他の仲間には弱いだの役立たずだの負けじと言い返すくせに、あたしには何も言わずに京都を出て行ってしまった。

 あたしだけのヒーローは遠くに行ってしまった。


 負わされた怪我だって大したことなかった。

 退院してからメールした。夏休み中も二学期が始まってから、何度も連絡した。けれど、返事はいっこうに返ってこなかった。

 もともと無口なやつだったけど、メールだけは返してくれてたのに。

 もうあたしのことなんて忘れちゃったんだろうか。


 希望の光が見え始めたのは、千秋がいなくなってから三ヶ月が経った十一月の下旬頃。

 スマートフォンにメールの通知がきた。千秋からのメールだった。


「うそっ」


 あわててアプリを開いて確認する。

 久しぶりすぎる彼からのメールは、口数が少ない千秋らしい文面だった。


『俺はこのまま月夜見つくよみに定住しようと思う』


「ちょっと、鵺の件はどうなったのよ!?」


 思わず突っ込んでしまった。部屋で一人スマートフォンに向かって話しかける姿なんてすごく滑稽だ。見てる人なんていないから、別に構わない。

 数ヶ月ぶりに連絡するなら、もうちょっと近況だって書いてくれてもいいのに。

 たぶん千秋にとってのあたしはただの幼なじみで、一人の友人に過ぎないのだろう。なによ、あたし以外に友達なんていないくせに。


 この三ヶ月、あたしは一人悶々と過ごしていたというのに。無事を祈って、また京都に帰ってきてくれる日を夢見てたのがばかみたいだ。

 胃の辺りがむかむかしてきた。

 決めたわ。千秋がそのつもりなら、あたしが追いかけてやる。


『返事遅すぎ。ばか。千秋がそっちにいるなら、あたしも近いうちに行くから』


 手早くそう打ち込んでから送信ボタンをタップする。

 返事を待たずにスマートフォンをベッドの上に放り投げ、あたしはクローゼットを全開にして、キャリーケースを取り出した。




 ☆ ★ ☆




 あたしは待っているだけのヒロインじゃない。ヒーローが遠ざかるのなら、追いかけるまでだわ。


 新幹線に飛び乗ったあと、特急や電車、バスを乗り換えていくこと数時間。あたしは月夜見つくよみ市という九州の田舎町に来た。

 事前にネットで調べていたとはいえ、思っていた以上に時間がかかった。

 まさか月夜見に駅がないとは思わなかったわよ。


「まさか、本当に来るとは……」


 事前に連絡していたからか、千秋は迎えに来てくれていた。

 三ヶ月ぶりに見るあたしのヒーローは、眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。彼に向かってあたしは極上の笑みを浮かべてみせると、ついに千秋は頭を抱えてしまった。なんでよ。


「俺はともかく、正統な退魔師のお前まで月夜見つくよみに来てどうするつもりなんだ。言っておくが、この町で妖怪退治はできないんだぞ、かすみ

「そんなことわかってるわよ。あたしは妖怪退治に来たわけじゃないわ」


 キャリーバッグを滑らせ、ぐっと距離を詰める。

 久しぶりに会った幼なじみは嫌そうな表情を浮かべていた。いつもあたしに対して千秋はいつもこうだ。だからきっと彼はあたしのことを何とも思っていないと思うの。でもだからって、あたしは引かない。

 想っているだけじゃ、欲しいものは手に入らないから。


「あたしはね、千秋に会いにきたのよ!」


 宝石のルビーみたいな瞳を見返して、あたしはにっこりと笑ってそう宣言した。

 新しい生活の幕開けだった。

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