Who will dead the Deadmen?

鯨ヶ岬勇士

Who will dead the deadman?

1938年、6月30日。ナチス・ドイツがオーストリアを飲み込み、中国では日本軍進撃阻止のために堤防が破壊され市民が犠牲になり、世界が第二次世界大戦へと突き進んでいた時代。青空の中、赤いマントをはためかせて、彼は空よりマンハッタンに舞い降りた。


 その姿を、後にキリストの再臨と呼ぶ者達も現れたが、それは誤りだ。彼は天からはやって来たものの、それは神の国ではなく、宇宙の果てからやってきたのだから。


 彼は大宇宙の滅び行く星で生まれ、カンザス州の農場で育った。そこで正義と慈愛を知った彼は、目を惹くような格好に身を包み、希望の象徴へとなろうとした。


 80万トンを持ち上げる体に、銃弾をも跳ね返す鋼鉄の皮膚、時速800万kmで空を飛び、すべてを見通す瞳を持った超人——彼の手によって、第二次世界大戦は開戦前にナチスが壊滅するという劇的な結末を迎えた。


 それは彼の育ての親がユダヤ系だったからか、それとも純粋な義憤にかられてか、理由は定かではない。それでも彼は街のひったくり犯からテロリストまで戦い続けたのだった。そんな彼の元には類稀なる推理力と恐怖を武器にする闇の騎士、史上最速の男、海底の王、神々の娘、宇宙の警察官に火星人の探偵と同じ志を持った者が集まり、世界は平和を享受すると——思われた。


 1996年1月28日、彼は死んだ。それはどんな悪党による暗殺でも、宇宙を支配する邪悪な神による攻撃でもない。老衰——ただそれだけだった。彼は長い間、戦い続けた。そのような彼の人生が路地裏で凶弾に倒れるのではなく、妻子に看取られてベッドの上で終わるというのは最高の結末だった。


 しかし、そこで問題は発生した。それは彼の死体をどうするのかだった。正義の同盟を築いて以来、久しぶりに集まった彼の友人達は、彼の眠るベッドを前にして、その死を悲しむ以上にその問題に対処しなければならなかった。彼の核弾頭に耐える肉体をどのように処理するのか、そもそも地球上の微生物が彼の遺体を分解することができるのか、そして彼が死んだことを公にするべきか否か。彼と同じく、歳を取った仲間達はその話を避けることができなかった。


「『光が修復できないものを、闇が蘇らせる』。ヨシフ・ブロツキー、ロシアの詩人の言葉だ。よく言ったものだよ」


 地上最速の男がそう呟く。それから続けるように、彼の死によって悪が再び蘇ることを恐れ始めていた。だからこそ、彼の死は隠すべきだと。


 しかし、彼は偉業を成したのだから、ちゃんと弔うべきだという声も多く上がった。自分達は老いた。次の世代が後を引き継ぐ番だ。老兵は去るのみだという声だった。


「それで? 彼をの教祖の遺体のように飾るか? 彼が何で、腐敗するかもわからないのに、ガラスケースに入れて見せ物にすべきだと?」


 海底の王は怒鳴る。彼は自分の将来も、彼と同じように人類のトロフィーとして飾られ続けられるのを恐れたのだ。尊厳が奪われ、人類のために供儀のように扱われ続けることが許せなかったのだ。王には王妃がおり、王子もいる。その家族のことを考えると、それが耐えられなかった。


「そういうことを言いたいんじゃない。だけど、彼の鋼鉄の肉体を処理する方法がわからない以上、他に道はないのでは?」


「『光は自分が何よりも速いと思っているが、それは違う。光がどんなに速く進んでも、その向かう先にはいつも暗闇が既に到着して待ち構えているのだ』。これはテリー・プラチェットの言葉だ。我々には光よりも速く走れる仲間がいる。されど、希望の光の先にこれほどまでの闇が待ち受けていることなど誰も予測できなかった。だからこそ、闇に光が消え逝くことを悟られぬように隠し続けるべきだ。母星に帰ったとでも、何でもいいから虚構の希望を与え続けるのだ」


「あなたはいつも冷徹ね」


 冷徹であることが何の力も持たない只の人間が悪と戦い続けるための唯一の道だった——そう言って闇の騎士は押し黙る。火星人はそれを見ると、闇の騎士を真似するように偉人の言葉を続けた。


「怪物と闘う者は、自らが怪物とならぬ様気をつけなければならない。底知れぬ深みを覗き込んでいる時、向こうもお前を覗き返しているのだ」


「ニーチェは神は死んだと言ったが、我々の前には文字通りの遺体がある」


「ならば、これも知っている筈だ。『神を敬えなくなった時、清らかさがより重要になる』、彼が死んだ以上、我々の清らかさが何よりも重要になるはずだ」


 火星人の提案は至極簡単だった。彼の遺体を、彼の育ての親である人間の流儀に則って棺に入れ、宇宙に放とうというものだった。


「彼の遺体を宇宙に捨てろというの⁉︎」


「いや、そのようなことをしたら彼の遺体を巡って宇宙開発競争が激化するだろう。だから彼の力の根源である太陽に送る。彼の源に彼を送り返すのだ」


「まるでヒンドゥー教のインド人のような考え方だな。太陽は彼にとってのガンジス川か?」


 宇宙の警察官はニヒルに笑うが、火星人の探偵としては真剣だった。同じ宇宙からの移民として、何か思うところがあったのだろうか。だが、火星人はそれ以上、何も話したがらなかった。


 彼らの会議はそこで終わった。反対意見も賛成意見も出ず、ただみんな黙って友人の遺体を見つめるばかりだった。


 その後、彼らは彼の妻を呼んだ。そして、彼の遺体や遺伝子を巡る紛争を避け、彼の故郷での宗派もわからない以上、太陽に送るしかないと伝えた。皆、彼女が泣くと思い、覚悟したが彼女は一滴も涙を流さずにそれを受け入れた。


「二人だけにして」


 彼女は彼らに顔を見せず、そう告げた。周りの者達はそれを聞き入れ、立ち去るが、何人かは彼女に声をかけていた。


 二人が何十年も過ごしてきたベッドルーム。そこで二人きりになり、彼女は呟いた。


「あなたがどんな力を持っていようと関係ない。あなたは家族のために尽くしていた。あなたは私だけのヒーローだったのよ」

 

 そう言うと彼女は彼に掛けられた毛布を少し直した。

 


 

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