終章「竜、覚醒の挽歌」

 シフルの背中から塩が溢れ、その剣の主が頭上から現れる。

「グラナディア、さん……」

 グラナディアは躊躇なくシフルから剣を引き抜き、頭を足蹴にする。

「お疲れさま、ストラトス」

 そして姿が消え、ストラトスも背後から剣で貫かれる。

「なんで……」

「だから言っただろう?お疲れさまって」

 シフルが虫の息で上体を起こそうとする。

「なぜ、グラナディア……君がまだ動ける……」

 グラナディアはストラトスから剣を引き抜く。

「そりゃ、本当の目的のためだろう?いやあ、この世界に来てくれて本当にありがとう、シフル。お前のお陰で、私たちの計画は遂に成就する。お前が用意したその、ゾディアックタイムラウンドでね。さあストラトス、君には大切な役目をあげよう」

 竜化の解けたストラトスの襟首を掴んで引きずり、グラナディアはフレームからアルバを引きずり出す。アルバは朧気に意識を取り戻し、前を見る。

「さあ、アルバ。君の愛しいこの子が死ぬ様を見るんだ!」

 グラナディアは剣を高く掲げる。

「さらば秩序。こんにちは混沌!」

 ストラトスの背が再び貫かれ、アルバにストラトスの血が飛び散る。

「あ……あ……」

 アルバの周囲から鎖が召喚されて、周囲の物体を手当たり次第に絡めとる。

「あああああああああっ!?」

 言葉にならない絶叫を放ち、アルバから力が膨れ上がっていく。

「さぁて……お膳立ては十分だ。後は君の、好きなようにやればいい……くくくっ」

 グラナディアもアルバの鎖に縛られ、その体に吸収された。


 アフリカ ボツワナ区・亡都ハボローネ

 ルクレツィアが肩を揺らしながら歩いていると、そこへホシヒメが現れる。

「今さら何の用?」

 ホシヒメが警戒しつつ訊ねる。

「いやあ、シエルに頼まれたんや。アンタに会いに行け言われてな」

「仕事、ってこと?」

「まあそういうことやな。世間話でも一つしてみんか?」

「世間話……そういうことなら、一つだけあるよ。ついさっき、ものすごく嫌な気配を感じたの」

「ものすごく嫌な気配?」

「うん……」

「バロンに言うた方がええかもしれんな」

 ルクレツィアはホシヒメへ両手を広げる。

「どや、ホシヒメ。ここはその嫌な気配をバロンと一緒に探しにいかんか?」

「ねえ……ルクレツィア」

「なんや?どないしてん?」

「今でも私のこと、仲間って思ってくれる……?」

「ふん。アンタも詰まらんことを気にするようになっとるなあ。昔のアンタなら、相手を根負けさせて無理矢理仲間にしとったろうが」

「う、うん……そうだよね……!」

「ゼルやノウン、マータやピターの分まで、ウチらが頑張ったろうやないか」

「うん!よぉし、バロン君のところ目指して出発しよう!」

 ルクレツィアと共に、ホシヒメは竜化して空を飛ぶ。


 中国区・レジスタンス本部

 バロンの私室に、一人の兵士が入ってくる。敬礼し、大きな声で報告をする。

「Chaos社勢力の全沈黙を確認しました!」

 バロンは頷く。

「……ご苦労だった。これでレジスタンスが成すべき戦いは終わった。あとは当初の想定通り、復興作業へ移ろう」

 兵士は続けて報告する。

「もう一つ報告がございます!観測班より、福岡上空にて凄まじいシフルの流れが発生しているとのことです!」

「……凄まじいシフルの流れか。観測班は、それ以外に何か言っていたか」

「はっ。そのシフルの流れは周囲の物質を吸収しながら、太平洋に移動したアタラクシアを目指しているようです」

「……わかった。しばらく僕はここを離れる。復興作業へ取りかかれ」

「はっ」

 兵士は再度敬礼し、部屋を去る。バロンの下へ、エリアルが現れる。

「……先ほどから感じていた不快感はこれか」

 エリアルが頷く。

「ええ。私も感じるわ……ヴァナ・ファキナの気配を」

「……彼らは失敗したか……?」

 バロンは手元にある砕けた鋼の管を見る。

「いいえ。私たちの予想の中にはあったけど、相当な用意が無ければこの世界に呼び込むのは無理があるわ。となれば、この世界にいるべきではないイレギュラーが、綿密に計画を用意していたとしか」

「……グラナディアか……」

「え?」

「……ヴァル=ヴルドル・グラナディア……彼女しか居まい。いつの間にかオーストラリアレジスタンスを乗っ取っていたのなら、本来はChaos社が彼女を利用するつもりだったんだろうが……」

「はぁ……なるほど、そういうことね。どうしてあの人が生きていたのか疑問だったけど……まさに狐に化かされたってこと?」

「……そういうことだ。何を考えたのかChaos社はグラナディアを蘇生し、手駒にしたつもりが、彼女はヴァナ・ファキナの復活を目的としており、十二要素がヴァナ・ファキナの復活に必要なパーツを数多く内包しているのに目をつけ、その復活に耐えられるだけの世界を作っていたと……」

 バロンが立ち上がる。

「……行こう、エリアル。この世界はストラトスとシフルが雌雄を決して行く末を決めるべきだ。無法者の王龍に渡すわけにはいかない」

「もちろん。あの龍の後始末は私がしなくちゃ」

 二人が並んで私室を後にし、本部の正門まで行くと、柱の傍にホシヒメとルクレツィアがいた。

「おーい、バロンくーん!」

 ホシヒメが駆け寄ってくる。

「……ホシヒメか。なぜここに?ずっとアフリカに居たと……」

 ルクレツィアがどや顔で胸に手を当てる。

「ウチが連れてきたんや、アンタの娘の頼みでな」

 バロンは驚く。

「……シエルが君に?」

 ホシヒメが割り込む。

「そんなことより!今は、嫌な気配について何か知ってるか聞かないと!ねえバロン君、なんかあっちの方から嫌な感じがするんだけど、何か知らない?」

 と、ホシヒメは海の方を指差す。

「……察しがいいな、君は。どうやらヴァナ・ファキナが復活してしまったようなんだ」

「ヴァナ・ファキナ……!ってなんだっけ」

「……レイヴンたちの家系に絡み付いた呪いだ」

「とにかく悪いやつってことだよね!」

「……ああ。準備はいいな?」

「もっちろん!」

 ルクレツィアもホシヒメにつられて頷く。四人は沿岸へ進んでいく。


 月詠の亡都アタラクシア

 シフルの凄まじい荒波が要塞を覆い、元々空洞の多いアタラクシアの内部は常に強風が吹き荒れている。玉座には巨大な結晶と、その前にはロータとトラツグミがいた。

「ああ……兄様、もうすぐ一つになれるよ……不純物が多いけど我慢してね……私もちゃんと我慢するから……」

 恍惚とするロータの横で、トラツグミは黙って俯いている。

「うひ、ひひひひひ……」

 ロータが気味の悪い笑い声を上げ、結晶の内部で荒れ狂うシフルが赤い目を開く。

「ロータ」

 結晶の中から声が響く。

「兄様……私はここに」

 ロータが跪く。

「我のためにここまで忠を尽くしたこと、礼を言おう」

「お気になさらず……私は兄様あなたと共にある」

「だがまだ力が足りぬ……」

 ロータは立ち上がり、首元のネクタイを外しながら結晶へ近づいていく。

「私の体を捧げ――」

 結晶の中の声がそれを拒否する。

「貴様はまだ我の手足として働いてもらう。そこの女を寄越せ」

 ロータは服装を正し、トラツグミを顎で使う。トラツグミが前へ出ると、結晶の中から鎖が湧き出て、結晶のなかに引きずり込まれる。

「兄様は私に力がないっていうの?」

「力があるからこそ、我の力となるのは最後でいい。ロータ、貴様は我の傀儡だ。その力も、その知恵も、その体も、何もかも、貴様は我の所有物だ。それが、我が写し身と交わった人間の宿命だ」

「んふふふ……それで構わない。この身を捧げたあの日から、全てはあなたの、兄様のために存在しているのだから……」

「ふん、好き者め」

「では……私は何をすれば?」

 結晶は光を放つ。

「もはや我の復活を阻むのは宙核と竜姫しか居らぬ。ならば、貴様は奴らを滅ぼし、我が復活の贄とするのみよ」

 ロータは頷き、お辞儀をして反転する。

「待て」

 その声に、ロータは立ち止まり振り返る。

「持っていけ」

 結晶から鎖が吐き出される。

「これは?」

「アルバの天象の鎖だ。元はと言えば貴様の力だろう。我から敬虔な奴隷への贈り物だ」

 ロータは鎖を拾い上げ、吸収する。

「じゃあ兄様、行ってくるね」

「吉報以外は必要ない」

 ロータは歩いて広間から去っていく。


 アタラクシア・屋上

 ロータが屋上に出ると、ちょうどバロンたちが目の前に着地する。

「……ロータ」

 バロンとロータは視線を交わす。

「……君は何のためにここにいる」

「愚問……私は兄様のためにここにいる」

 ホシヒメが続く。

「君の好きなレイヴンはあの竜の中に閉じ込められてるんだよ!?」

「それが?私にとって兄様は兄様。誰によってどんな意識が働いていようが、魂が兄様なら兄様なの」

 バロンが頷く。

「……かつての同士でも仕方ない。君が譲れぬ己の理想のために戦うなら、僕たちも目的のために戦うまでだ」

 ロータは鼻で笑う。

「下らない。私の全ては兄様のためにある。私はあくまでも兄様のために戦っている。それが結果として、お前たちの役に立っていたに過ぎない」

 そしてマントの裏から黒い骨の片翼を展開する。

「お前たちを殺して、兄様に捧げる。全ては兄様のために」

 ロータの両腕に鎖が巻き付く。

「速やかに果てろ!」

 ロータの眼前に魔法陣が展開され、紫の光線が三つ飛ぶ。四人は躱し、その勢いのままエリアルが後ろに飛び退く。そしてホシヒメが光速で接近し、右腕を放つ。ロータは上体を逸らして避け、ホシヒメの体に鎖を巻き付け、振り回して叩きつける。ルクレツィアがそこへ突進して神速の抜刀を放つも、ロータは難なく躱し、怨愛の炎を纏った鎖が飛んでくる。ルクレツィアは隙なく打ち返し、続けて翼の一撃を防ぐ。ロータは両手を合わせ、掌からシフル塊を放つ。ルクレツィアが後ろに激しく吹き飛ばされるが、エリアルの力ですぐに傷が癒える。バロンがロータへ拳を放ち、ロータも拳を合わせる。衝突し、互いに肘を折り、前腕で競り合う。

「……君がここにいると言うことは、ヴァナ・ファキナはまだ覚醒には遠いらしい」

「……」

 ロータは力を込めてバロンを押し返し、魔法陣から紫の光線を放つ。バロンは鋼の盾で防ぎ、ロータの背後からホシヒメが殴りかかる。しかし拳は翼に受け止められ、ロータは拳を振り下ろす。ホシヒメは躱し、反撃に拳を叩き込む。ロータは怯まず、魔力を一気に解き放ってホシヒメを吹き飛ばす。後方から超光速で接近してきたバロンの拳をロータは鎖で受け止め、そして身を翻し、鎖をバロンへ光速で叩きつける。バロンはそれを防ぎ、反撃に鋼の球体を発射して爆裂させ、ロータは鎖の壁で防ぐ。

「……ホシヒメ、ここは僕が相手をする。ヴァナ・ファキナは君に頼めるか」

「うん!まっかせて!」

 ホシヒメとルクレツィアが嵐の中へ飛び込もうとし、ロータが全力で妨害しようとするが、バロンがロータに追随して妨害する。そして二人がいなくなったあと、バロンとロータは一定の距離を取って向かい合う。

「ちっ、無駄に賢しい奴め……」

「……君は目的のために周囲を見ることをしない癖がある。これだけがむしゃらに戦われては、何か本丸に不備があると証明しているようなものだ」

「まあいい。ホシヒメより宙核の確保の方が優先……」

 ロータが全身から力を発し、周囲の嵐が消えていく。


 太平洋上空・アタラクシア

 紺碧の空と海が視界の天地を包み、白日が降り注ぐ。

「世界の命運はここで潰える。全てはヴァナ・ファキナに隷属し、力と知識を捧げるだけの供物となる」

 ロータの瞳孔が赤く染まり、白目が黒く染まる。そして骨の翼がもう一枚生え、尾てい骨からスカートを貫いて尻尾が現れる。

「心のままに歌うがいい。希望を、絶望を、過去を、未来を。何がどうなろうと運命は変わらない。結末は一つだけ」

 ロータはふっと足を踏み出し、空中に浮く。

「我は戒めでも、神の歴史を物語るものでもない。我は天を象る鎖、天に満ちたる原初なる輝き」

「……天象の鎖……始源世界と他の全ての世界とを隔てる、万象の力か。それだけではない。君から感じるこの力は……ヴァナ・ファキナと、ギルグルガの力か」

 後ろでエリアルが続く。

「ギルグルガ……始源世界の王龍の一角ね。まさか、ヴァナ・ファキナに吸収されていたなんて」

 ロータが珍しく口角を上げる。

「私と言う最高の素体には、最高の力が相応しい。当然のこと」

「……果てしない邪気を感じる。それが君の心を埋め尽くす闇か」

「邪気?違う。これは兄様への愛……私の体の中を駆け巡る、シフルへ注ぎ込む狂おしき炎」

「……ふう。確かに凄まじい感情の波だ。常人なら君の前に立つことすら出来ずに焼き尽くされるだろうな」

 バロンは呼吸を整える。

「……初めて会ったときから、君の心の危うさを知っていたが……これほどまでに心に間隙を持っていたとはな。大きな心の隙間を持っている人間ほど、その心を埋めてくれる存在のために狂気的なまでに奔走する」

「否。私の心には最初から兄様しかいない、あの人しか見えてない。お前も所詮、兄様にとって価値があるもの。私にとってはどうでもいい」

「……。なんにせよ、ここで君には死んでもらおう。新生世界を滅ぼしただけでは足りないようだからな」

 バロンは静かに闘気を露にする。

「見える……二人の発するシフルが、渦巻いて熱を上げていくのが……」

 エリアルは外野から眺めつつ呟く。

「まるで始源世界の戦いね……この宇宙で耐えられるかしら……」

 そんな心配をよそに、二人は発する力をさらに高めていく。

「派手に死ねえ!」

 ロータが叫び、無数の魔法陣が現れ、そこから黄金の光を纏った鎖が暗黒を放ちながら発射される。バロンは真正面から鎖を無動作で弾き、接近する。バロンは鋼の拳に純シフルを乗せ、ロータは怨愛の炎を纏った鎖でそれを防御する。強烈な衝撃で太平洋が一瞬で干上がり、空がひび割れる。バロンの続く攻撃をロータは蹴りで応戦し、渾身の尾の一撃をぶつけ、バロンはガードして反撃の拳を上から振り下ろす。左翼で往なし、右翼でバロンの胸部目掛けて攻撃を放つ。が、翼はバロンの胸に届くことなく受け止められ、至近距離でバロンの撃掌を受け、ロータの腹部が煙を上げる。ロータは黄金の輝きを纏った鎖をぶつけ、同時に力を放出してバロンを弾き飛ばす。両者は一旦距離を取る。

「……なるほど、熱い思いだ。敵ながらあっぱれといったところか」

「相も変わらず無垢な闘気……欲望のない、空色の魂……反吐が出る。何も望まない、何も欲さない、そんな命に何の価値があるの?」

「……価値は誰かが決めてくれるさ。僕はそれに応えるだけだ」

「自分の意思を持たぬものがいけしゃあしゃあと……よくも私の心を見定めたようなことを言えたな」

「……自分で決めるのも、誰かに決めてもらうのも、正しさの一つだ。君が納得できるかどうかは別として、な」

 ロータの口から蒸気が漏れる。

「私の心は兄様のためだけにある。兄様だけが私を絆し、唆し、食らい、嬲り、犯し、尊厳も自我も、私を好きなように作り替える権利がある」

「……それでいいのだろう。僕にはもう、どの自分が正解かなどわからない」

 ロータが鎖を振り回して橙色の輝きを放つ球体を作り出す。その球体の中には鎖が凄まじい速度で蠢いていた。バロンの眼前で炸裂し、バロンは鋼の盾で防ぐ。その衝撃で雲は全て消え、空間が捩れていく。黄金の渦がいくつも現れ、そこから暗黒を纏った鎖が乱射される。バロンは鎖の雨を巧みに躱し、ロータは尻尾に全霊を込めてバロンへぶつける。尾の一撃を加速して躱し、頭上から殴り下ろしてロータは突っ伏す。すぐに起き上がったロータは頭上から追撃するバロンへ魔法陣を展開し、そこから紫光を放つ。バロンは光速で動いて距離を取り、ロータがすかさず右手から紫雷を放射し、バロンは鋼の波で応戦する。

「ちいっ……」

 ロータが焦燥感に駆られる。自分は全力で攻撃を仕掛けているにも関わらず、バロンは本気を出すどころか竜化すらしていない。

「どうして竜化しない……ッ!」

 そして発するシフルが乱れ、苛立ちで気の流れが整わなくなっていく。

「……どうして、か。何となくでもわかるだろう。僕にとって、君は取るに足らない。それだけのことだ」

「舐めるな……!」

 ロータは鎖を放ち、紫光と紫雷とを重ね、更に魔力で作られた竜が何体も現れて極大の光線を放つ。それらが同時に着弾し、バロンが鋼の壁で全て防ぐ。

「このクソがッ……!」

 ロータが無暗に攻撃を仕掛け、バロンの手痛い反撃を食らって吹き飛ばされる。同時に、ロータの胸部を鎖が貫く。

「……なんだ……」

 バロンが警戒し、後方でエリアルが腕を組む。

「バロン、あの鎖は天象の鎖じゃないわ。気を付けて……もっと別次元の力を感じるわ!」

「……ああ、わかっているとも……」

 二人が傍観していると、ロータは激しく呻く。

「兄様のためなら……どんな力でも……受け入れる……私は……兄様の欲求を……全て満たすためだけに、生まれてきた……!」

 鎖の先端が発火し、紫炎を発する。それはロータの全身に燃え広がり、ロータは立ち上がる。

「声がする……兄様の、声が……力を求める、切なる言葉が、孤独を埋め尽くす、知識への渇望が……」

 ロータが胸から鎖を引き抜く。

「狂おしき炎の衝動と共に、私の全てを懸ける」

 そして鎖に包まれ、紫色の大爆発を起こす。そこには、ロータとは似ても似つかぬ、紫色の魔獣が居た。魔獣は二本の足で降り立ち、怨愛の炎を宿した翼と剣を携えていた。

「兄様のため、全てを滅ぼさん。我が名は隷王龍〈コンジャンクション〉」

 エリアルがその言葉に反応する。

「コンジャンクション……なるほど、セレナ太陽アルバ大気ストラトスのなかで一つになってるって、そういうことかしら」

「……望遠鏡から見ているにしては近すぎる気もするがな」

 バロンは改めて拳を構える。

「ふん、まだその姿で戦おうと言うの……?空っぽの心では相手を侮るだけしかできない……」

 コンジャンクションが剣を振るうと、紫炎の激流がバロン目掛けて荒れ狂う。バロンは闘気を巧みに流して炎の軌跡を変え、距離を縮める。コンジャンクションは炎の翼を盾にし、バロンは流体の鋼で炎の噴出を押さえて防御を突破し、コンジャンクションは身を翻して剣をぶつける。右腕で防がれ、左腕の攻撃が届く前に鎖を放ち、それを盾にして魔法陣から熱線を放ってバロンを強襲する。

「……随分と冷たい炎だ。そんなもので僕を焼き尽くせるのか?」

「戯れ言を……!」

 熱線を光の闘気で受け流し、至近距離で鋼の槍を撃ち込む。コンジャンクションは剣で薙ぎ払い、そして空いている左腕を地面に叩きつけて衝撃波と熱波を放つ。バロンはその二つの攻撃を全て往なし、撃ち込んだ鋼の槍が弾け飛んでコンジャンクションの速度が流体金属で鈍化し、そこへバロンが渾身の拳を叩き込む。コンジャンクションの鎧が砕け、中身のロータが飛び出して転がる。

「ぐっ……」

 ロータは起き上がろうとするが、余りにも重度のダメージを受けたためか、その場から動かない。

「……」

 バロンは近づく。そして、砕けたコンジャンクションの体から、鎖を取り出す。

「……こっちがアルバの持っている鎖だな」

 ロータが這いずってバロンの足にすがりつく。

「行かせない……兄様のもとへは、行かせない……!」

 バロンはロータの頭を掴んで持ち上げる。

「……他の世界の君が報われることを願う」

 そして、拳でロータを砕き、消滅させる。後方からエリアルが近寄ってくる。

「本当に殺してよかったの?」

「……仕方ないだろう。彼女は、どうあっても敵対することしかできない。ヴァナ・ファキナを滅ぼし、彼女が生きていたなら、次は彼女こそが世界にとっての脅威となる。僕たちも一度は経験したことだ」

「サヘラントロプスの争乱ね……零獄の審判の時も彼女は敵になったし……」

「……敵に情けは無用だ」

「そうね……」

 二人はアタラクシアの内部へ向かう。


 アタラクシア・広間

 黒い翼に紫雷を纏った龍が顎の棘を振り下ろす。ルクレツィアがその攻撃を受け止め、カウンターに切り上げる。結晶の前に四匹の龍が並び、ホシヒメとルクレツィアが龍たちと向かい合う。

「どうだ?我の作り上げた、我にのみ従う龍たち――隷王龍の力は!」

 結晶から上機嫌な声が響く。

「えーっと、その炎吹き出す翼の奴がフレノアで、黒い翼の奴がユニマギカ、紫色の光が出てる翼の奴がボルドスクラブ、緑色の翼の奴がファブリング……だっけ?」

 ホシヒメがそう言うと、ルクレツィアが頷く。

「そや、あのデカい結晶が言うにはそうらしいで。なんや、全員洗剤みたいな名前やなあ」

 フレノアが翼から蒼い炎を吹き出す。

「異史には犠牲になってもらう。我々が永遠に栄華を誇るために。卑賤なる人間は時間に逆らえぬかもしれんが、我々にはそんなものはどうでもいい」

 そして口許に凄まじい火力の炎が蓄えられる。

「さぁて、本気で行こっか、ルクレツィア」

 ホシヒメが拳を鳴らす。

「なんや、ようやくか。ウチはずっとこいつらをぶち殺しとうてうずうずしとったんや」

 ルクレツィアが竜化する。フレノアが放った最大級の破壊的な熱線をホシヒメが竜闘気の壁で凌ぎ、ルクレツィアが腕から結晶を撒き散らす。

「ウチの力をとくと見とき!」

 フレノアに続いて攻撃しようとしたファブリングが、その結晶の嵐を受けて爆発し、壁に叩きつけられる。その影から来たユニマギカが右腕でルクレツィアを床に叩きつけ、そのまま床が崩れる。ホシヒメが熱線を凌ぎきり、横から突っ込んできたファブリングを躱し、ボルドスクラブが胸部を開いてそこから紫光を放つ。ホシヒメは両手を合わせて竜闘気を衝撃波にして飛ばし、紫光を打ち消しながらアタラクシアから撥ね飛ばす。

「ちいっ、ローカパーラの片割れ風情が!やれ!フレノア!ファブリング!」

 結晶が声を荒げ、ファブリングは翼を発光させ、そこから緑の光をアタラクシアの天井を破って空へ飛ばす。上空で光は弾け、雨のように降り注ぐ。ホシヒメがそれの回避に専念すると、ファブリングが狙い澄ました突進を繰り返す。ホシヒメは光を竜闘気で受け止め、ファブリングの突進に合わせて解き放つ。ファブリングはそれだけでほぼ体が崩壊し、崩れ落ちる。

「バカな、我の眷属が!」

 結晶が動揺し、フレノアは冷静に戦況を見定める。

「仕方あるまい。この世界の力を吸い尽くすために、我らの力は抑えざるを得なかった。世界の輪転の狭間に巻き込まれては、また計画が練り直しになる」

 ホシヒメがフレノアと正面で相対する。

「竜の姫よ、お前は相克と相生を知っているか」

「そーこく?そーじょう?」

「対立するものは互いを滅ぼし合い、和合し合うものは互いを高め合う、そういうことだ」

「ほえー、それが?」

「我らの力となれ。敵として戦い合えば、互いに互いを滅ぼし合うことになる。だがどうだ?お前が我らに力を貸してくれれば、我らはより高みへ辿り着ける」

 ホシヒメは頷く。

「うんうん、いい提案だね。だけど、断るよ」

「ほう?なぜだ?」

「昔に、私のことを殺そうとして来た友達がいたんだ。その友達は、自分の力を高めて研ぎ澄まし続けて、やがて私と世界をかけて殺し合った。その時に言われたんだ。『力とは、誰かに与えられるものじゃない。自分の手で掴み取るものだ』ってね」

 フレノアは笑う。

「なるほど。確かに真理だ」

 ファブリングとボルドスクラブが消え、フレノアに吸い込まれる。

「だが真に力あるものは、鍛える必要がないとは思わないか?己の強さに自信があるのなら、鍛えた弱者を、己のポテンシャルだけで打ち負かすべきだろう」

「もっと強くなりたいから鍛えるんだよ。どんな手を使ってでも、戦いは楽しまなくちゃ。自分が自分のことを強いと思うなら、それよりも強い他人なんてこの世にいくらでもいる。戦いに終わりはない。戦いに生きる人たちが満足することなんて、永遠にないから」

 フレノアは蒼い炎を宿した翼の出力を上げる。

「よかろう。真の強者はどちらであるか、決めようではないか」

 結晶が怪訝な声を出す。

「貴様、欲を出して負けるなど許さんぞ」

「約束は出来んな。戦いの狂騒に取り巻かれては、正気など容易に消し飛ぶからな」

 フレノアは狂乱の感情を放つ。

「行くぞホシヒメ!」

 フレノアが右翼を振り下ろし、アタラクシアを蒼い炎が焼き裂く。ホシヒメは瞬時に右に避け、光速で接近して竜闘気を放つ。フレノアは全身から熱気を放ち、攻撃を打ち消して、左腕でホシヒメを握る。至近距離で熱線を溜めるが、振りほどいたホシヒメにドロップキックを受けて中断する。ホシヒメは踵落としを構え、フレノアはそれを避け、右腕を振り上げる。熱された爪が空間を焼き、崩れたアタラクシアの瓦礫が撒き散らす砂埃に引火して火の粉を散らす。ホシヒメは振り上げを受けるが、竜闘気で衝撃を軽減してフレノアの後隙に蹴りを合わせる。フレノアは左半身を引き、またホシヒメを掴み、今度は僅かな溜めで火球を噛み潰して炸裂させる。ホシヒメは防御も出来ずにそれが直撃し、反撃に竜闘気の嵐をフレノアの顔面に叩き込む。

「うぬう!?」

 フレノアにとってその攻撃は予想外だったようで、ホシヒメを手放して後退する。


 同時刻・アタラクシア 外部フレームエリア

 ルクレツィアが外殻の柱を走り回り、ユニマギカがそれ目掛けて雷を連射する。

「(どうやら誘導は甘いみたいやな。あの残りの三体も、何か制約があるんか……)」

 思考を巡らしていると、眼前に雷が落ちて急ブレーキをかける。同時に後ろから飛んでくる雷をジャンプで避け、結晶の破片を幾つもユニマギカへ飛ばす。ユニマギカは電撃を放って結晶を打ち消し、顎の棘に凄絶な電撃を纏わせて突進する。ルクレツィアが躱し、ユニマギカは勢い余ってアタラクシアの柱や壁に激突するが、片っ端から破壊していく。

「(なんちゅうパワーや。アタラクシアの構造材はフォルメタリア鋼とちゃうんか。それをああも容易に引き裂くっちゅうのは……直撃だけは無しやな)」

 ユニマギカは腕を柱へ突き刺してブレーキをかけ、反転する。ルクレツィアは前足を床へ叩きつけ、結晶の塊をいくつも召喚する。そして闘気弾を結晶へ放つ。ユニマギカの死角へ回り込むように生成された結晶にユニマギカは次々と激突し、闘気弾が直撃して怯む。そこへルクレツィアが飛びかかり、異常に肥大化した右前足でユニマギカを殴り抜く。しかしユニマギカは踏みとどまり、全力を解放して顎の棘をルクレツィアへ突き立てる。超高出力の電撃がルクレツィアの体を駆け巡って焼き尽くし、ルクレツィアは結晶をユニマギカの胸部へ突き刺して爆発させて距離を取る。呼吸を整えるルクレツィアの体からは煙が上がっている。ユニマギカは空間が張り裂けるほどの大音量で咆哮し、ルクレツィアは思わず後ずさる。

「痺れる戦いやな、ウチもワクワクしてきたで!」

「ぐぅっ……がぁっ!」

 ユニマギカは呻き、片膝を折る。

「(なんや急に……)」

 そして翼を広げ、広間へ戻っていく。

「あかんっ!ホシヒメの方を優先しよった!」

 ルクレツィアもその後を追う。


 アタラクシア・広間

 ユニマギカとルクレツィアが広間へ辿り着くと、そこには体が崩壊を始めたフレノアと、ほぼ無傷のホシヒメがいた。

「くっ……どいつもこいつも使えぬ屑どもが!」

 結晶が声を荒げ、フレノアとユニマギカが吸い込まれる。結晶に罅が入り、そこから瘴気が漏れ出す。

「おかえり、ルクレツィア」

 ホシヒメが拳を突き合わせて言う。

「今から楽しなるところやったんやけどな」

 結晶から怒声のように咆哮が響き渡る。

「我が真の姿を以て、貴様らに終演を与えるとしよう。享楽はここまでだ」

 結晶が砕け、瘴気が凄まじい速度で膨れ上がっていく。ホシヒメは瘴気の向こうにバロンが見え、ルクレツィアに飛び乗って外へ出る。


 太平洋

 完全に干上がった太平洋の上空に四人が集結する。エリアルの作った力場に立ち、瘴気が膨れ上がっていくのを見る。

「すっご……これだけの力があの中に入ってたの?」

 ホシヒメがそう言うと、バロンは頷く。

「……今、この周の世界の因果が奴に集中している。全ての力を手にしてしまったら、僕たちではどうしようもない。そして、僕たちが負けたら、そのときは……」

「全部終わり、そういうこっちゃな」

 ルクレツィアの言葉に、バロンは頷く。瘴気がやがて巨龍の姿を成し、異様に巨大な翼を広げる。その巨大な体躯は、存在するだけで視界を埋め尽くすほどだった。

「我はここに顕現せり!我が名は真滅王龍ヴァナ・ファキナ!至上の存在にして、最強、絶対、全ての権威そのもの!」

 ヴァナ・ファキナはその長大な首をもたげ、咆哮する。バロンとロータの戦いで入った世界の罅が完全に砕け、そこから暗黒が流れ込んでくる。

「ワハハハハハハハ!見たか、アルヴァナ!エンゲルバイン!貴様らの浅知恵では我の計画を止められぬようだな!」

 ヴァナ・ファキナは今の姿になれたことが余程嬉しいのか、四人を無視して高笑いし続ける。

「なんかこーやって遠くから見てる分にはただの元気な人にしか見えないよ?」

 ホシヒメがそう言うと、エリアルが頭を抱え、バロンが苦笑いする。

「……まあ、元を辿ればエリアルだからな……」

 そこへ、ヴァナ・ファキナはこれまた巨大な腕を振り、人差し指で一行を指差す。

「滅亡の時だ、宙核!貴様を我の体に取り込めば、それで全ては終わる!」

 翼をはためかせ、ヴァナ・ファキナは飛び立つ。そして右腕を振り下ろす。四人は左右に避けるが、サイズから来る単純な破壊力が、四人を吹き飛ばす。エリアルを除く三人が竜化し、エリアルは周囲に防御結界を張る。ホシヒメが口から核熱線を放つ。しかし、ヴァナ・ファキナにはまるで効いていないようで、左裏拳を受けて吹き飛ばされる。ルクレツィアがその隙に腕に着地し、胸部目掛けて駆け上がる。が、ヴァナ・ファキナがルクレツィアへ目線を合わせると、ルクレツィアの居た場所が爆発する。更に、それを予知して躱したルクレツィアの足元に紫色の棘を生やして突き刺し、そのまま吸収する。続けてヴァナ・ファキナは黒鋼にパンチを繰り出し、黒鋼は右ストレートを合わせて応戦する。

「フハハハハハ!もはや宙核ごときの力で我は止められんわ!」

 その言葉通り、黒鋼の拳は押しきられ、吹き飛ばされる。エリアルの防御結界に激突してようやく体の制御を取り戻すほどのパワーに、黒鋼は僅かに焦りを覚える。

「……審判者となったシュバルツシルトと同等か、それ以上のパワーがあるようだな……」

 ヴァナ・ファキナは黒鋼に光線を放ち、黒鋼は鋼の盾でそれを防ぐ。激甚な出力を前に押されるが、黒鋼はそのまま突進する。黒鋼への攻撃に集中しているところへ、横から巨大な氷塊がヴァナ・ファキナの顔に激突する。そちらへ向くと、ホシヒメが猛然と突進してきていた。

「目障りだな、蜥蜴風情が王龍に歯向かうか!」

 ヴァナ・ファキナは両手を胸の前で球を抱えるようにし、そこから凄まじい力を放つ。

「オヌ・パエル・ポーラ!」

 ホシヒメは翼で防御するが、その力に吹き飛ばされる。

「へぇ……すっごく強いんじゃん。満足できないかと思ってたけど、これは燃えるね!」

 ホシヒメは翼を開き、夥しい数の光弾をヴァナ・ファキナへ叩きつけ、更に魔法陣を叩きつけてそこから極大の熱光線を照射する。が、ヴァナ・ファキナがダメージを受けている様子はない。

「……ホシヒメ!まずは奴の力を測るしかない!」

 そう言われてホシヒメはヴァナ・ファキナの攻撃を躱しつつバロンと合流する。

「全然攻撃が効いてないよ。どうしたらいいんだろ?」

「……元々、奴はエリアルの知識欲が自我を持った存在だ。自分だけでは存在を保てないが故に、他の力を吸収してああなっている。中に居るストラトスに呼び掛けることが出来ればあるいは……」

「わかった。攻撃にそういう感じの思いを乗せればいいんだね?」

「……そうだ。行くぞ!」

 二人はヴァナ・ファキナの大振りな攻撃を躱しながら、攻撃を続けていく。


 ???

「ねえ、起きてよ。起きてってば」

「ん……」

「もう、今日は待ちに待った収穫の日なんだから、少しくらい早起きしてくれてもいいじゃない」

 響く優しい声に、感じる暖かい日差し。思わず目を開くと、そこには顔を覗き込んでくるシエルがいた。

「ほら、早く行くわよ」

 シエルは木の扉を開けて外へ出ていく。立ち上がり、その後へ続く。外へ出ると、沈みかけの夕日と咲き誇るオオアマナの花畑の中を、シエルが駆け抜けていくのが見える。

「全部終わったのか……?」

 頭を押さえる。シエルがこちらへ振り返る。

「どうしたのー?」

 大声で手を振りながらシエルがこちらへ呼び掛けてくる。自分の掌を見ると、そこには金色の毛があった。再び手を握りしめ、先へ進んでいく。シエルと合流し、先へ進んでいく。

「ねえ、さっきから顔が険しいけど、どうしたの?」

 シエルが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「え?ああ、いや、なんでもない」

 二人でオオアマナの花畑を歩いていくと、不意に一頭の白蝶が眼前を通り過ぎ、こちらだけが足を踏み外して無限の奈落へ落ちていく。そしてまた、同じようにオオアマナの花畑に着地する。

「なんだ、ここは……」

 花畑だけは本物のようだが、背景は明らかに作り物で、上から吊り下げられた糸で、シエルと千早、アポロニア、レイヴン、ミリル、セレナ、リータ、アルバが拘束されていた。

「あらゆる木は、火を燃え上がらせるための供物でしかない」

 後ろからリフレインのように聞こえてくる。

「あらゆる木は、火を燃え上がらせるための供物でしかない」

 延々と反響するその声が、次第に脳内で大きくなっていく。その苦痛に顔を歪めると、景色がまばたきする度に切り替わっていく。夕日が消えて荒廃した世界が見え、それでもオオアマナは枯れていない。吊り下げられている人間は全てレイジに切り替わったり、元の人々に戻ったりしている。吊り下げられた人らしきものたちは、皆好き勝手に絶叫し始める。

「なんだよこれ……クソっ、うるせえんだよ!」

 その怨霊の呻きから逃れるために手を振り回す。そしてその手を誰かが掴む。

「待って、ストラトス!」

 その名前を聞いた瞬間、意識が正常に戻っていく。


 ヴァナ・ファキナ内部・淵荊白蘭

 意識を取り戻したストラトスは、シエルの手をまじまじと握り返す。

「ちょ、ちょっと……ねえ、大丈夫なの?私がここに来たとき、誰もいないところに向かってずっと私の名前を呼んでたわよ?」

「え、ええ?そうなのか?」

 ストラトスが足元を確認すると、さっきまで見えていたオオアマナは踏み潰された百合になっていた。

「幻覚の類いか……?」

「まあいいわ。それで、ここがどこかわかる?ずっと真っ暗で、何もないのよ」

「ああ、俺もよく分からない。シフルと戦った後、グラナディアさんが――」

 そこで気づく。

「そ、そうだ。グラナディアさんはどこにいるかわかるか?」

「だーかーらー、ずっと真っ暗で何もわかんないんだってば。やっとあなたを見つけられたんだけど、それ以外は誰も」

「仕方ねえ、先に進むぞ」

「ええ」

 二人は暗闇の中を進んでいく。次第に熱気を感じ、汗が流れてくる。

「なんか……暑くねえか」

「ええ、そうね……」

 更にしばらく歩くと、突然周囲が炎で照らされる。

「おやあ?まだ動けたとは、流石宙核の娘。今ごろみんな自分の見たい夢の中で幸せな気分なのにさ」

 二人の眼前には、グラナディアが立っていた。

「グラナディアさん!あの時、あんた一体、何をしたんだ!」

 ストラトスが叫ぶと、グラナディアは鼻で笑う。

「何をした、ねえ?そんなの、少し考えればわかるだろう?私はヴァナ・ファキナを復活させるために、自分が時の十二要素になってシフルの計画に協力し、君をここまで導いた」

「なんでそんなことを……ヴァナ・ファキナってのは、世界を滅ぼす奴なんだろ!?」

 頭上に燃え盛る太陽が現れ、再び地面がオオアマナで覆われる。

「君たちは、ドボエ・ベリエ・アベロエスという存在を知っているかな?」

 二人は首を横に振る。

「いいだろう、説明してあげるよ。ベリエはラータ・コルンツが作り上げた生命体さ。ピンク髪のボインボインでまったくもって私は嫌いだがね、そいつはラータの復活を狙ってるのさ」

「ラータ……?ロータでもリータでもなく?」

「そ。ラータさ。ラータの説明もいるねえ。ラータはその名の通りコルンツ家に関係する存在さ。前の周の世界の最後で、ロータとラータは敵対し、結果としてロータが勝ち、今の世界に繋がっているのさ。そいつとベリエは、レイヴンへ復讐するために暗躍を続けている……まあ勘違いしないで欲しいのは、私はあくまでも個人的な復讐のために協力してあげてるってだけってところ」

「でもあんたは自分の意思でこの世界を滅びに導こうとしてる。許すわけにはいかねえ」

「ははは。許すわけには行かない、かぁ……ははは、アッハハハハ!」

 グラナディアは笑う。

「いやごめん、余りにもくさい台詞でね。まあいい。許してくれないなら別にね。君に許しを請う必要もない」

 そして腰に挿していた赤黒い剣を抜く。

「この剣は〈断呪の腕たちまじないのかいな〉。私の影法師を具現化させた剣さ」

 断呪の腕を持つ右腕が、黒いカビのようなものに侵食されていき、カビは赤黒い雷を放つ。

「さてと。人はなぜ許しを請うたり、許さなかったりするんだろうね?君はわかるかい?」

「字面の通りだろ、許せねえから許さねえんだ」

「そう。それで正解だ。あれやこれやと理由をつけても、そうだからそうだとしか人間には言えない」

 そして太陽が消え、曇天のレイヴン邸が現れる。オオアマナの花畑はそのままだ。

「君と決着をつけるのはここしかないだろう。ヴァナ・ファキナの完全復活を邪魔されては面倒だからね」

 ストラトスは背中の槍を握る。

「シエル、悪いが協力してもらうぜ」

「何よ、今さら。私が協力しないとでも思ったの?」

「まさか。あんたなら俺を助けてくれるって信じてるしな」

 二人は拳を突き合わせる。

「ははは。イチャイチャしちゃってもう……」

 グラナディアは呆れ顔で首を横に振る。

「全くこれだから……人の幸せってのをぶち壊さずにはいられないッ!」

 グラナディアはの露出した腕や、腹や、太ももに赤いラインが走る。

「人は一人で生きられると思うかい?」

「いいや。だって現にさ、グラナディアさんも俺も、そしてヴァナ・ファキナでさえも、自分一人じゃ自分の目的を果たすことが出来なかっただろ?」

 グラナディアは髪留めを外し、特徴的なツインテールがほどけ、緋色の長髪が姿を現す。

「その通りだね。実に君は誠実だ。だがね、その答えは凡夫と変わらないんだよ」

「どういうことだ」

「そうだね、まず一つ、一人の定義とはなんだね?そして次に、その一人というのは、より大きな総体の一部ではないかね?そして最後に、その総体が一個の個体として振る舞う仕草で稼働する部位に、その一人が含まれてはいないかね?」

「……?えーっと……どういうことだ?」

 ストラトスはシエルの方を向く。

「一人って言うのは、私たちが普段思う自分のことじゃないって言いたいんじゃないの。人が一個体で生きられないけれど、社会を形成し、その一員として働くことで生きているのだとすれば、一個体の人は私たちの体を形成する細胞のようなもので、その社会そのものが、〝一人〟っていうことを言いたいんじゃ」

 グラナディアは頷く。

「百点満点だよ、シエル。地球というものを巨大な脳味噌だと考えてみるんだ。自然は原始的な行動を行うOS。そこに住まう人間は、非生産的な行動を行うシナプスだ」

「お、おう……」

 ストラトスは全く理解できてないが、頷く。

「だからこうして、ヴァナ・ファキナの中で全て一つになれば最強の個が生まれるのさ。あらゆる挙動を一人で成す、究極の独裁者が生まれる。素晴らしいとは思わないかい?」

「やっぱすげえよ、あんたは」

 その言葉に、グラナディアはきょとんとする。

「俺にはそんな考えは思い浮かばねえ。一体どれだけの修羅場を潜り抜けたらそこまでの考えに至れるのかってさ」

「なんだ、そんなことか。簡単なことさ。君と私では思考回路が違う、生まれも育ちも違う、ただそれだけのことさ。君が憎しみの人生から、希望の人生へ変わったように、他の私はもしかしたら、君のように光へ身を投げたかもしれない。今の私は竜のために挽歌を奏でる、それだけさ」

 グラナディアの右腕と断呪の腕が融合していく。断呪の腕は単純な両刃剣だったが、次第に骨で作られたチェーンソーのような姿へ変貌していく。

「さて、無駄話ももう十分かな。さあ行こうか」

 グラナディアは左腕から巨大な火球を放つ。螺旋状の焔を推進力としてどす黒い覇気を放つ炎を二人は躱し、ストラトスが流れるように突進する。グラナディアは右腕で槍を防ぎ、断呪の腕の一閃を放つ。時間障壁でガードしようとするが、出力の差で押し負け、吹き飛ばされる。更にストラトスを追うように炎が走り、爆発する。シエルが横から殴りかかる。グラナディアは断呪の腕を振り上げ、鋼を纏わせた前腕でガードする。しかし、断呪の腕に並んだ凶悪な牙は深々と突き刺さり、そのままシエルは投げ飛ばされる。二人は受け身を取り、グラナディアと向かい合う。

「流石はグラナディアさんだぜ。パワーもスピードも技のキレも、常人のレベルを遥かに逸してる」

「ええ、そうね……」

 シエルが赤熱した右腕を修復させる。

「全く非常識だわ。ここまで怨愛の炎を使いこなすなんて」

 グラナディアは右腕を構え直す。

「まだまだ、こんなものじゃないさ!」

 断呪の腕の刀身に炎が宿り、炎がストラトスへ走る。熱線の通り道が爆発し、オオアマナの花弁が舞い上がる。煙の中からストラトスが現れ、空中から槍を放つ。断呪の腕で往なし、ストラトスはその刀身を蹴って距離を取り、力を込めてグラナディアの足元に投げつける。同時に、緑色の閃光が放たれ、グラナディアの動きが僅かに鈍化する。そこへシエルがライダーキックをぶつけ、続けて回転しながら掌底で腹を抉りつつ、止めに闘気を放って吹き飛ばす。グラナディアは左手を地面にぶつけ、そして周囲の景色が爆炎に包まれる。

「なんだ!?」

「全く君が羨ましいよ。自分の意志で誰かのために命を燃やせる君がね……」

 グラナディアは立ち上がる。

「私は見ての通り一匹狐ローンフォックスでね。生まれてこのかた人脈に恵まれたことがないんだよ」

 ストラトスは、グラナディアの瞳を見る。

「……。いいや、あんたは誰かのために戦ってるように見えるぜ。もう一度その誰かの心を自分に引き寄せたい、そういう風にな」

「ふふ、子供の純粋な瞳は困ったものだね……私が……」

 グラナディアから発せられる雰囲気が変わる。

「僕がそんなお人好しに見えるかい?」

 二人はグラナディアの変化に気付く。明らかに張り付けただけの笑みで見える八重歯が、心に孕む狂気を端的に表しているように見える。

「はぁ。全く、君のような勘だけ聡い乳臭い餓鬼は嫌いなんだよ。僕が誰かのために戦ってるだって?どうして、そう思ったのかな?」

「……。こんなことを言うと変態臭いかもしれないけど、あんたからはずっと、あんた以外の濃い匂いがした。ずっと人生に染み付いてるような、そんな感じの」

 グラナディアはその言葉に呆れたように笑う。

「ははっ、人生に染み付いた匂いか……言い得て妙だね。確かにその通りかもしれない。だがそれは君にとってのレイヴンのようなものさ。その匂いの主のために戦ってるわけじゃないよ」

 断呪の腕がパリパリとスパークを起こす。

「まあ、でも……」

 そして断呪の腕の刃が消え、柄からどす黒い炎が剣状に噴き出す。

「この炎がこうなるくらいには、僕の心に突き刺さっているのかもね」

 シエルが組んだ腕をほどく。

「その色の怨愛の炎は……あなたもまた、愛を捨ててはないってこと?」

 グラナディアは焔の刀身を撫でる。

「愛、愛ねえ……」

 そして剣を自分の頭上で振り回し、前に構える。

「ならば、この焔の熱量を愛情だと錯覚したまま灰になるがいいさ」

 グラナディアが噴出する炎の量を上げて薙ぎ払う、花弁が舞い上がり、焦がされて風景を彩る。二人は上下に分かれて躱し、下に潜ったシエルが猛ダッシュで接近し、鋼の剣を産み出して断呪の腕と打ち合う。グラナディアは炎に通すシフルを刃の競り合う部分だけ希釈させて剣をすり抜けさせてシエルの姿勢を崩し、蹴りを入れて距離を離させる。が、シエルは後退する間際に鋼の棘をグラナディアの右胸に打ち込む。上からストラトスが時間障壁を前面に出しつつ突進し、グラナディアは避けようとするが、刺さってから急成長した鋼の棘の衝撃で怯み、そのままストラトスの槍で頸部から胴体を刺し貫かれる。

「なる……ほど……いいじゃ、ないか……屍にこれ以上の仕事は出来ないからね……」

 ストラトスは着地し、グラナディアは槍を自分で抜き、投げ捨てる。首の根本には空洞が出来ており、血は流れ出ていない。

「見事だ、ストラトス。出会ったときとはまるで違う……仲間を信頼し、戦いへ己を捧げる……もしかしたら……それこそが……アルヴァナの望む……破滅をもたらす……存在なのかもしれない……」

 二人がグラナディアへ近づく。

「グラナディアさん、俺……」

 重い表情をするストラトスの頬を、グラナディアが撫でる。

「若さというのはやはり毒だ……今日のことで改めて実感したよ……だが……それが活かされることもないがね……」

「でも……」

 グラナディアは力なく微笑む。

「君が正しいと望み、君が掴んだ未来だろう……?ならば僕のような腐りきった婆のことなど気にせず……自分の望んだままに進みたまえよ……」

 周囲の景色が闇に戻り、グラナディアがその闇へ溶けていく。

「ああ……何度死んでも慣れないな……この……言いようもない、寒気は……」

 そして、グラナディアの気配は完全に消えた。

「グラナディアさん……」

 ストラトスが足元の槍を拾い上げ、穂先についた灰を摘まむ。

「感慨に浸ってるところ悪いんだけど、何か気にならない?」

 シエルが水を差すようにそう言うが、ストラトスはすぐに聞き入れる。

「ああ。どうしてグラナディアさんは一人で挑んできたんだろう。今ごろみんな夢の中と言っていたけど、ここまで大それたことをやるなら他に協力者が居てもいいはずだ」

「とにかく、今は進むしかなさそうね」

 二人は闇の中を進んでいく。


 太平洋

 怒涛の攻撃が乱れ飛び、互いの法外なまでの威力の攻撃が更に時空を歪めていく。ヴァナ・ファキナの放つ光線と、ホシヒメの放つ熱線が激突し、エリアルの防壁がなければ宇宙が滅ぶほどの出力の爆発で対消滅する。その影から大量の鋼の槍が射出され、ヴァナ・ファキナは鎖を呼び出して応戦する。

「……ふん、真滅王龍という名は伊達ではないらしい。ここまでシフルを上手く扱うとは」

 バロンがそう言うと、ホシヒメも頷く。

「ここまで大きくなるのにどれだけの世界を食べてきたんだろう……」

 ヴァナ・ファキナは二人を見据える。

「全ては我の手中にあってこそ輝く。我と一体となることで、我は真の全知全能足り得るのだ!」

 そして右腕を空へ掲げる。

「そうだ!我は自然にして被造物、全ての意志にして全ての本能!森羅万象全てを網羅しようとも、我に敵うものなど存在しないのだ!」

 右手にシフルが集束し、それを人差し指に溜め、バロンへ放つ。バロンは鋼の盾で難なく防ぎきる。

「……ならばお前が死ぬまで永遠に戦い続けるだけだ。行くぞ、ホシヒメ!」

「うん!」


 ヴァナ・ファキナ内部・淵荊白蘭

 二人がしばらく歩くと、突然落下するような感覚に見舞われる。そして少しの間自由落下し、気がつくと、砂に埋もれたビルの上にいた。


 ヴァナ・ファキナ内部・茫漠の墓場

 先ほどまでの一面の闇とは打って変わり、今度は雲一つない青空と、どこまでも続く白砂の砂漠が広がっていた。

「なんだ、ここ」

 ストラトスが率直な感想を述べると、シエルが答える。

「わからないけど……なんというか、何も感じないわ」

「何も感じない?」

「ええ。どこにも気配がないわ。どこまで行っても虚無があるだけ。この空間を作り出すためだけに必要なシフルしか感じられないわ」

 二人はビルから飛び降り、日光を浴びて冷めきっている砂に着地する。

「ようやく進んだかと思ったら、また何もねえな」

「そうね……」

 白砂の上を二人は延々と歩き、そして大きなアパート三つに囲まれた広場が現れる。二人は広場に足を踏み入れると、広場は突然空中へ浮き上がる。

「おわっ、なんだ!?」

「来る……!ストラトス、強大な気配が急速に近づいてくるわ!構えて!」

 シエルがそう言った瞬間、強烈な風が起こり、二人の頭上からロータが舞い降りてくる。

「あんたは……!」

 ストラトスが着地したロータへ視線を向ける。

「やっぱり……出来損ないは計画に勘案しないのが一番ね……狐の助言など聞く必要もなかったのに……」

 周囲の廃墟も砂から上昇し、まばらに白砂が流れてくる。そして、突然横から現れた何かにシエルが突き飛ばされる。

「シエル!?」

 ストラトスがそちらへ向く。

「ストラトス!そっちは頼むわね!」

 シエルは受け身を取って親指を立てる。シエルを追うように巨影が空中を飛んでいく。ストラトスはロータへ向き直る。

「ふう……」

 ロータは心底不快そうに髪を靡かせる。

「兄様はどうしてこんなやつを生んだのか……兄様の力となれることを感謝しないばかりか、あまつさえ反逆を企てようとは……」

 ストラトスは槍をロータへ向ける。

「あんたは親父を止める立場の人間だったはずだろ。それを、わざわざ間違った方向へ進ませて、何を今さら言ってんだ」

「出来損ないの蜥蜴が……兄様に愛された以上、兄様に尽くす以外の幸せなどこの世界にはない!」

 異常に早口でそう告げ、ロータは黒い骨の両翼を広げる。

「意志が消えてなくなるほど……細切れにすれば……お前も少しは役に立つだろう……」

 ロータの目が黒く染まり、光彩が赤く輝く。そして尻尾が生え、口から蒸気を漏らす。

「力の前には、何者も無力……!」

 ロータが鎖の這いずる球体を鎖から解き放ち、凄絶な爆発を起こす。ストラトスは竜化して飛び立ち、爆発から逃れる。しかしロータは攻撃のあとの隙すらなく、続けて魔力の塊の巨竜を作り出し、それがビームを放つ。ストラトスは時間障壁でそれを僅かに送らせ、躱す。ロータは紫色の棘を無数に召喚し、雨のように降らせる。ストラトスは必死に躱すが、いくつかの棘が突き刺さる。それで突然体の動きが急速に鈍る。魔力の巨竜の殴打を受けて叩き落とされ、ロータの鎖で絡め取られ、引き寄せられて左翼で腹を刺し貫かれる。

「ぐふっ!?」

 ストラトスはこれまでの戦いで感じたことのないほどの激痛を感じる。

「ふん……その棘には……私が与える痛みを強化する力がある……実際に感じる痛みより、遥かに凶悪な苦痛が暴れまわるはず……」

 翼爪が深く差し込まれ、ストラトスの骨髄に染み渡る痛みに意識が吹き飛びそうになる。しかしなんとか意識を繋ぎ止め、翼を掴み、反抗しようとする。

「あがぁっ……!」

「ふん……」

 ロータが右翼でストラトスへ止めを刺そうとすると、右翼が空を裂き、ストラトスが居なかった。ロータはすぐに振り向き、広場を見る。そこには、シフルとセレナ、アポロニア、そしてヒカリが居た。ストラトスは、シフルの口に咥えられていた。シフルはストラトスを下ろし、ロータの方を向く。

「彼を殺させはしない。君の相手は私たちだ」

 セレナが剣を抜く。

「ずいぶんと趣味が悪いのね、ロータおばさん。私たちが深層心理の夢で満足するとでも?」

 ヒカリがガントレットを突き合わす。

「貴様は部外者だ。この戦いに踏み入る権利すらない」

 アポロニアは、静かに頷く。

「理外の力は、確実に世界を歪ませる。例え全てが合一となっても、必ず綻びは生まれる」

 ロータは露骨に不機嫌な顔をする。

「雑魚が……囀ずるな……」

 シフルはセレナに合図し、セレナは頷く。ストラトスを抱えて竜化し、セレナは飛び去る。

「……」

 ロータは当然のごとくセレナを狙うが、シフルが立ちふさがる。

「君を行かせはしない。この荒涼たる砂漠が、君の、そして私たちの墓場だ」

「ちっ」

 ロータが鎖を召喚すると、シフルの時間障壁に受け止められ、そこへヒカリが光速で接近し、閃光を放つ。ロータはその光を右翼で弾き、右手に纏わせた紅い炎で薙ぎ払い、ヒカリの右のガントレットが破壊され、ロータは逃さず魔法陣を展開し、紫光を放つ。壊滅的な威力のそれはヒカリの纏うインベードアーマーを容易く貫通し、吹き飛ばす。アポロニアが輝く一矢を放ち、それがロータの頬を掠める。更にシフルが時間を光線に変えて発射する。ロータは鎖の防壁で光線を弾き、瞬時に作り出した怨愛の炎の火球をアポロニアに向けて発射する。アポロニアはすぐに躱し、ロータはそこを逃さず鎖で絡めとり、引き寄せる。

「消え失せろ、紛い物がッ!」

 ロータは引き寄せて吹き飛ばし、全力で魔力を炸裂させ、アポロニアを消し炭にする。衝撃波が砂漠全域を揺らし、白い砂嵐が巻き起こり始める。シフルとロータは足場に着地し、シフルはヒカリと合流する。

「アポロニア……」

 シフルが弾け飛んだ虚空を見つめ呟く。

「紛い物の魂に……因果は宿らない……」

 ロータがそう言うと、シフルは頷く。

「うむ……その通りだ。彼は私が目的のために作ったエゴの産物。アイスヴァルバロイドの派生の一つでしかない。彼は元より使い捨てだ。残酷ではあるが」

「どうでもいい……死ね!」

 ロータが目にも止まらぬ速度で魔法陣を産み出し、紫光を放つ。シフルが胸部の緑色のコアを輝かせ、全力の時間障壁で防ぐ。

「まだ死ねぬ。君にセレナを追わせるわけにはいかないのでね」

「傲慢な……未来人ね……」


 ――……――……――

 一方その頃シエルは、横向きに浮上しているビルの中を、突進してきた巨影――獣化したトラツグミから逃げ回っていた。

「あっちはシフルたちが協力してくれてるようね……!」

 スライディングで滑り込み、シエルはトラツグミの視線から逃れる。トラツグミは本来は床である壁をぶち抜き、手当たり次第にデスクや段ボールの山を蹴散らす。

「こいつだけはあっちに行かせるわけにはいかないわね……絶対にみんなで生きて帰るんだから」

 シエルは窓ガラスの床に這いつくばってトラツグミの様子を見る。トラツグミはその巨体に似合わず、窓ガラスを踏みしめても割るわけではなかった。

「思ってるよりは頑丈なのかも」

 シエルはデスク下から飛び出し、トラツグミへ鋼の槍を放つ。トラツグミは瞬時に反応して弾き、シエル目掛けて力任せに右前足を振りかぶる。シエルはジャンプで後方に避け、トラツグミの叩きつけで窓ガラスが割れる。両者は落下していき、砂漠へ着地する。

「ここがあなたの墓標よ、トラツグミ!」

 シエルが指差しそう告げると、トラツグミはいきり立って咆哮する。と、そこへ、上空からトンファーが砂に突き刺さり、凄まじい冷気を放つ。

「!?」

 トラツグミは激しく動揺し、シエルは余りにも予想外の援軍に目を見開く。

「まさかこれは……!」

 そしてトンファーに続き、一人の女性が砂漠に着地する。圧倒的な存在感を発する女性は、やおら立ち上がる。

「白金零!」

 シエルがそう叫ぶと、女性はトンファーを引き抜いて振り向く。

「元々私が協力したかった未来とは大きくかけ離れているわ。だからあなたたちに協力する」

「えっと……」

「心配しなくても、主役は譲るわ。トドメがMVPに見えるって風潮は嫌いだけれどね」

 零が放つ独特の雰囲気にシエルは飲まれるが、気を取り直して並び立つ。

「ならば力を貸していただきます。行きましょう、零さん!」

「懐かしい呼ばれ方ね。いいわ、杉原くんの代わりに、彼女を楽にしてあげましょう」

 トンファーを構え、零は純シフルを発する。

「(なんて澄んだオーラなの……これが本物の零なる神……)」

 シエルは零に気を取られ、トラツグミが伸ばしてきた蔦への反応が遅れる。しかし、零は予測していたかのように軽い挙動で氷剣へ持ち替えそのまま蔦を凍らせて切断する。

「あなたは戦いに特化するために作られたわけじゃない。ここから見ていたけど、むしろよくここまで頑張ったわね」

 零は華麗に身を翻しながらそう告げる。トラツグミは零が現れてから明らかに動揺しており、動きが鈍い。

「白金……零……!あ、あ、あ……明人様……私、は……あなた様のために……彼の者の、命を……!」

 トラツグミは咆哮し、周囲の廃墟を吸収し始める。

「ん……めんどくさいことになりそうね。止めよう!」

 零が竜化し、砂漠を殴り付けると、氷水の波濤が巻き起こる。荒れ狂う波がトラツグミへ激突し、その体が先端から凍りついていく。シエルは残った氷塊を乗り継ぎつつ、右腕に鋼を纏わせて位置エネルギーを利用して手刀を振り下ろす。トラツグミは体に纏わりつく氷を砕いてシエルへ迎撃するが、単純なパワーで押し負けて左前足を切断される。シエルはすぐさま飛び退く。

「爆発しない……?」

 シエルはあっさり攻撃が通ったことに困惑する。そうだ、トラツグミはあの白い液体が炸裂装甲のような役割を持っていたはずだと。しかし、竜化した零――寂滅――が声を発する。

「彼女の力の中にある、黒い何かが私の氷で機能停止しているみたい」

 その言葉に、シエルは納得する。

「なるほど……零なる神のシフルエネルギーはあらゆる生命の動きを鈍化させるほどのパワーで、それでE-ウィルスの質量が増えなかったってことですか」

「そうみたい」

 トラツグミは悶え、吸収しようとしていた廃墟を手放す。そして、氷が全て体温で解け、左腕の切断面から歪な腕が生える。

「飼い主がいなくなったまま鳥籠に取り残されるのは哀れね。あなたもそう思わない?」

 寂滅はシエルを見下ろす。

「同情はしません。この事態を望んでいた一人ですから」

 そして寂滅はトラツグミを見据える。

「誰かのために生きるものは、その誰かがいなくなった途端に崩壊する。その別れが、託されたものでなければないほどね」

 トラツグミは寂滅へ向けて猛突進する。

「だからこそ」

 寂滅は再び砂漠を叩き、巨大な氷の壁を産み出す。トラツグミは左腕を叩きつけて氷壁を砕き、寂滅は拳を振り下ろし、同時に巨大な水塊が爆裂し、トラツグミを吹き飛ばす。

「今生きている仲間を大切にして」

 寂滅はトラツグミへ急接近し、掌から爆発的な冷気を放って更に吹き飛ばす。

「後悔のない人生を生きて」

 シエルは寂滅のその言葉を聞いて頷く。寂滅はシエルへ顔を向けて微笑む。そして、シエルは駆け出す。

「さあ、トラツグミ。共に泥梨に落ちましょう」

 体勢を立て直したトラツグミは寂滅へ吠える。

「白金ぇ……!」

「そんなに心配しなくても、私もあなたも地獄行きよ。杉原くんの居る、ね」

 ――……――……――


 砂漠を越えると、セレスティアル・アーク屋上の教会の前に到着する。セレナは竜化を解き、着地する。ストラトスを下ろし、そちらを見る。

「危機一髪ね」

 セレナがそう言うと、ストラトスは薄い呼吸で差し出された手を握って立ち上がる。

「ずいぶん酷い傷を負ったわね」

 ストラトスは自分の腹に手を当てる。縦に五本の穴が空いており、止血はされているものの、傷の修復には至っていないようである。

「ああ、これが新人類殺しの威力ってことだよな……それよりセレナ、さっきは助けてくれてありがとな」

「シフルのためよ。それ以上でもそれ以外でもないわ」

「それでも、あのままだったら俺は死んでた」

「そう。なら勝手に感謝するといいわ。どちらにせよ、私はシフルのために、こいつヴァナ・ファキナに引導を渡してやるだけよ」

「ここはどこなんだ」

 セレナが腕を組んで教会を見上げる。

「ここはセレスティアル・アークの屋上よ。ここに来たときに見たんじゃないの」

「そう言えば……そう、かもな」

「言わばここがChaos社の、我が家の呪いの始まり。アガスティアレイヴンが杉原に干渉し、そこから零獄でレイヴンが生まれたことで、私たちがいる」

「この中に、俺たちの因縁の全てがあるってことか」

「アルバのこと、助けたいでしょ」

 ストラトスはその名前を聞いて、深く頷く。

「苦しい思いをするのは、もう俺たちだけで十分だぜ」

 二人は教会の扉を開ける。薄暗い教会の中には、ステンドグラス越しに淡い光が入り込み、得も言われぬ雰囲気に包まれていた。奥に見える祭壇には、両手を合わせて縛り上げられたアルバが座っており、その前にレイヴンが立ち尽くし、最前列の長椅子にはリータとミリルが座っていた。

「親父……」

 ストラトスが呟く。レイヴンが振り返り、その姿を捉える。

「お前さんには二度と会わないと思ってたんだがな」

 肩を怒らせてストラトスはレイヴンへにじり寄り、胸ぐらを掴んで殴る。レイヴンは黙ってそれを受ける。そして、ストラトスはレイヴンを離す。

「すまねえ。あんたを殴ってもしょうがないのはわかってる。けど、もし会ったらぶん殴るって決めてた」

 レイヴンは黙ったままだ。

「なあ、あんたは本当に本心から、セレナたちに酷いことをしたのか」

 レイヴンは目を伏せ、深いため息をついて、目を開く。

「どう弁解しても変わらないだろ?俺の本心だったとしても、このデカい棺桶ヴァナ・ファキナの力だったとしても、俺がやったことには変わりない」

「それって――」

 ストラトスが何か言おうとした瞬間、セレナが後ろから近づいてきてレイヴンを平手打ちする。

「イラッと来るわね、このクソッタレが!」

 そう叫んだセレナへ、レイヴンは動ずることなく視線を戻す。

「好きなだけ殴れ。剣で切りつけて気が晴れるならそれでもいい。俺がどれだけ反省して謝ったとしても、お前さんが自分の心に区切りをつけなきゃ何にもならない」

「はぁ!?スカして現実から目を背けるんじゃないわよ!」

 ストラトスは剣を抜こうとするセレナを宥める。

「まあ待てよセレナ。これ以上こいつをぶん殴っても変わらない」

 セレナはストラトスの手を振りほどく。

「……。ふん、目的を見失ったら意味ないわね」

「よし、俺たちはこれで一旦の区切りだ、親父」

 二人はレイヴンの方を向く。

「なあ、親父。俺たちに忖度しなくていい。あんたの本心を教えてくれ。あんたはどっちが本当のあんたなんだ」

「どう言っても言い訳っぽく聞こえるだろうが……俺は娘に手を出すような趣味はない。ミリルやリータ、それにロータも、俺にとっては大切な仲間、それ以外にない」

 セレナが腕を組んでため息をつく。ストラトスが続ける。

「あんたは本当にヴァナ・ファキナの復活のために生まれた存在なのか」

「さあな。それに関しては本当に知らない。白金零に聞いた方が早いだろ」

 ストラトスは祭壇のアルバへ目線を上げる。

「アルバを助けるにはどうすればいい?」

 レイヴンも体を翻し、祭壇を見上げる。

「ヴァナ・ファキナの力は体内にこの世界の時の十二要素が全て集結していることと、ロータが極限まで溜め込んだ力、そしてヴァナ・ファキナ自身があらゆる世界を食らって渡り歩いて溜め込んだ力で成り立っている。お前さんがやるべきなのは、アルバをここから解き放ち、あいつの力を受け止めてやることだ」

「ならあんたは何をするんだ」

「ロータを止める。お前さんが目覚めたお陰で、ここに取り込まれた奴らは全員目覚めることが出来た。なら、その恩に応えないとな」

 ストラトスはその言葉に違和感を感じる。

「まさかあんた、ロータと刺し違えるとかいうつもりじゃねえだろうな」

「ははっ、まさかな。あいつに遅れを取るほど怠けてねえよ」

 レイヴンは二人の間を抜ける。

「後は任せるぜ、ニューヒーロー」

 そのまま教会を出ていった。

「どこまで行ってもいけ好かないクソ野郎だわ」

 セレナがそう吐き捨てる。

「とにかく、今はアルバが優先だ」

 ストラトスが祭壇へ近づくと、ミリルとリータが立ち上がる。

「母さん、リータさん」

 そちらへストラトスが向き直る。リータは成長した姿だが、ミリルは死んだときの姿のままだった。

「あんたが母さん……だよな?」

 ミリルは頷く。

「そう、私がミリル・レイナード」

 ミリルは次に何を話せばいいのかわからずに口ごもる。

「母さん……」

 ストラトスは目に涙を滲ませる。ミリルは腕を開き、ストラトスを抱き締める。

「ごめんね、辛いときに傍に居てあげられなくて」

「俺……俺……っ……」

「いいの。何も言わなくて」

 ストラトスはミリルから離れる。

「いや……いいんだ……これ以上は、母さんに甘えすぎるから」

 ミリルはストラトスを見上げる。

「一つ聞いていいか、母さん」

「うん」

「母さんは、親父のことを心から愛してたのか?」

 ミリルは静かに頷く。

「なら、いいんだ」

 ストラトスはアルバの方へ向き直る。そして槍を背から抜き、鎖を断ち切る。アルバは力なく崩れ、ストラトスが抱き止める。

「アルバ、大丈夫か」

 ストラトスが声をかけると、アルバは緩やかに目を開く。

「ストラトスくん……」

「よかった、無事だったんだな」

「ダメ……です……」

「え?」

「私を……解き放っちゃ、ダメなんです……」

 アルバから力が溢れ出し、ストラトスはアルバを抱き締めて堪える。

「離れて……離れてください……!私は……君のいない世界なんて……生きていたくない……!」

「なら余計離さねえよ!絶対連れて帰るからな!」

 溢れる黒い闘気が教会を崩し、空間を歪ませていく。

「まずいわね……お母さん、ミリル!一旦外に出るわよ!」

 ミリルはセレナの方に駆け寄る。

「でもストラトスのことを置いていくわけには……」

 セレナは逡巡するミリルの手を取る。

「心配しなくても、あいつならアルバを連れて戻ってくるわ!」

 セレナに連れられ、ミリルとリータは外へ出る。

「ストラトス、くんっ……」

「ああ、ずっとここにいるから心配すんな……!」

 アルバから尚も力は溢れ続け、そして鎖が湧き出て教会の内側を支えるように張り巡らされる。同時に力の放出が落ち着く。

「よし、大丈夫か?」

 ストラトスがアルバに呼び掛けると、アルバはストラトスを突き飛ばす。

「な、なんだ……?」

 アルバへ視線を向けると、アルバは瞳孔が赤く輝き、焦点が定まっていないように見える。その気配で、ストラトスは察する。

「そいつが君を苦しめる原因ってことか。なら俺は全力で助けるだけだ」

 アルバは赤いローブのような物に包まれ、フードの部分に詰められた暗黒の中から紅い双眸が異彩を放つ。

「我が名はアルファリア。始源の世界よりこの世界を睥睨し続けてきた、最も偉大な人間グレートオールドワンが一柱」

「なんでアルバを依代に選んだんだ」

「異なことを言う。此は兵器ぞ。なれも気づいておるはずだ。天象の鎖は始源世界を覆う殻。それを自在に操れるロータの血族は、もはやその血筋そのものが究極の兵器。其を手中に収めずになんとする」

「兵器である前に人だろ」

 アルファリアは笑う。

「確かにその通りだ。だからこそ汝が必要なのだよ。心が無ければ兵器は兵器としての十全足る力を発揮できない」

「アルバの傍に居てやることに異存はねえ。だがあんたに尽くす気は一ミリもねえ」

 ストラトスは槍を向ける。

「それもよかろう。なれば、力尽くで奪い取るのみよ」

 アルファリアのスカートからサーキュラソーが三つ飛んでいき、ストラトスはそれを打ち落とす。サーキュラソーは自力で浮力を取り戻して飛んでいき、アルファリアは重ねて鎖を放つ。ストラトスは飛んで躱し、鎖を伝って急接近する。そして槍を放とうとした瞬間、アルファリアはアルバを露出させて盾にする。ストラトスは穂先を鎖に差し込み、飛び出してアルバを奪い取り、アルファリアを蹴りつけて後ろに下がる。

「大丈夫かアルバ」

 ストラトスが声をかけると、アルバは満ち足りた顔で頷く。

「立てるか?」

「もちろん……!」

 ストラトスはアルバを下ろし、二人でアルファリアの方を向く。

「これであんたの計画も頓挫したってワケだ」

 アルファリアは腹の奥底から響く笑い声を響かせる。

「ほほほ……やはり童子の囀りは甘美よな」

 ストラトスは顔をしかめ、アルバがそちらへ顔を向ける。

「ストラトスくん、少しの間ですがあの人に体を奪われていたとき……ヴァナ・ファキナより遥かに強力な力を感じました……」

 紅いローブが消え、その中から和装のような制服に身を包んだ黒髪の女性が現れる。

零獄彼の地での宿命が、ここまで続くとはの。だが我は満足だ」

 生身となったアルファリアは、翠玉のような煌めきを放つ双剣を取り出す。

「気概を見せた汝への褒美だ。この哀れな竜へ挽歌を奏でるとしよう」

「待てよ、何するつもりだ!」

 アルファリアが双剣の柄を繋ぎ合わせて、振り下ろす――。


 少し前

 ヴァナ・ファキナ体内・茫漠の墓場

「消えろ!」

 ロータが両手を合わせて絶大な闘気を撃ち出し、シフルが全力で時間の盾を産み出す。が、それは瞬時に打ち破られ、シフルの代わりにヒカリがその攻撃を食らい、消し飛ぶ。

「ヒカリ……!」

 シフルはすぐに横に避け、時空をねじ曲げてロータの背後から突進する。が、突進に任せた前足の攻撃を足で止められ、翼の一撃でシフルの翼がもげる。続く攻撃に対応できずに直撃する――ところで何者かにシフルは蹴り飛ばされ、ロータの攻撃をその何者かが代わりに受ける。

「……ッ!?兄、様ぁ……!?」

 ロータが激しく動揺する。レイヴンはロータの翼の一撃を弾き返す。

「なん……でぇ……!?どぉ……してぇ……!?」

「全く困った妹だな。俺と蜥蜴の見分けもつかないか?」

「ちが……うぁ……にいさまはもう死んで……ぇ……?」

「もう怖がらなくていい」

 レイヴンは長剣を抜き、突進と共に強烈な突きを放つ。ロータは反射的に右翼でガードするが、気の流れが大幅に鈍っているためか翼は砕け散る。瞬間的にレイヴンは短剣を抜き、左翼を切断する。強烈な動揺によってロータは浮力を失うが、レイヴンはロータを抱えて広場に着地する。ロータは尻尾でレイヴンを吹き飛ばすが、レイヴンは受け身を取る。

「違う……違う違う違う!兄様はもう死んだんだッ!趣味の悪い幻影で私の目をごまかせると思うなぁ!」

 ロータが鎖を高速で乱射する。レイヴンは軽いステップから空中に飛び出し、鎖を華麗に回避する。

「魂の流れも読めないか、ロータ。こりゃ後でお仕置きだな」

 レイヴンは狂乱するロータの攻撃を意に介さずに接近し、瞬時に背後に回って尻尾を切断する。ロータは前につんのめり、レイヴンは着地したシフルへ視線を向ける。

「おい!あんたはストラトスのところへ行ってやれ!主役はあいつに任せな!」

 シフルは驚く。

「だが……その少女は一人で相手に出来るレベルを遥かに――」

「安心しな、妹一人も御せないようじゃきまりが悪いからな」

「ぬう……わかった」

 シフルは飛び立つ。同時にロータは起き上がり、レイヴンと向き合う。

「はぁ、はぁっ……」

「尻尾が生えてるのもまあ可愛いが、お前はお前のままが一番魅力的だな、ロータ」

「この……偽物がぁッ!」

 ロータが防御を無視した突進をし、レイヴンは受け止める。

「ったく、だからお前を一人にしたくなかったんだがな」

 長剣を構え、ロータごと自分を貫く。

「うぐはぁっ……!?兄、様……?」

「ほら、これで寂しくないだろ?これからはずっと傍に居てやるよ」

「はっ……はぁ……」

 ロータの目が元に戻る。マントの下から翼の付け根が落下する。

「本当に……本物の……兄様……なんで……どうして……ぇ」

 ロータは大粒の涙を流す。レイヴンはロータの涙を手で拭う。

「あんなデカい蜥蜴が俺なわけないだろ?」

「兄様が死んでから……ずっとずっと……兄様に会うことだけを……ずっとぉ……」

「最初っからこうしなきゃいけなかったのかもな。なあ、ロータ。これがこの時代にあの子達を送り出した俺たちが出来る、精一杯の贖罪、だよな」

「兄様……」

 二人は消滅し、長剣と短剣が広場に突き刺さる。


 ヴァナ・ファキナ内部・久遠の天教会

 アルファリアが剣を振り下ろすと、教会が砕け散る。外に出ていたセレナたちがストラトスと合流する。

「とりあえずアルバは取り戻したようね」

 セレナの言葉にストラトスは頷く。

「で、こいつはまさか……アルファリア!?」

 アルファリアはセレナたちを見て、剣を収める。

「ほう、零なる神の破片か」

 そして頭上にシフルが持っていたフレーム――ゾディアックタイムラウンドを呼び出す。そこへ、シフルとシエルが現れる。

 ストラトスとセレナはそちらへ振り向く。

「ストラトス君。今の君には、そのタイムラウンドのマスターアクセス権限がある」

 シフルがそう言うと、ストラトスは頷く。

「ああ、あんたと戦ってるときに感じた力はそれだろ」

「その通りだ。同時に、君以外の全員から刻の因果は消え去った」

「ずいぶんとご都合主義だな」

「そこにいるミリル・レイナードが干渉したお陰だ」

 ストラトスはミリルの方を向く。ミリルは微笑みを返し、ストラトスはシフルへ向き直る。

「俺は何をすればいい」

「ここから残った人々を連れて外へ出るのだ。いくらこの宇宙の外から来た強大な存在であろうと、内部からの崩壊には耐えられまい」

「あんたはどうするんだ」

「私はただの未来人だ。ここから抉じ開けた穴の維持でもしておくさ」

 シフルはセレナを見る。

「シフル……」

「心配しないでいいだろう?どうせこの世界は、この龍を仕留めたら無くなる。君と私の会瀬は、一時の幻だとでも思ってくれ」

「……。わかったわ。でももしまた会えたなら……その時は、ゆっくり語らいましょう」

「ああ、楽しみにしておこう」

 会話が終わったのを見たシエルが、ストラトスへ駆け寄る。

「トラツグミとロータは白金さんとレイヴンが止めを刺したわ。もうこいつの中身で目立ってるのは私たちだけみたい」

「おし、早いとここっから出て――」

 ストラトスが振り向くと、体から黒い粒子が湧き出るアルバが立っていた。

「おい、アルバ?」

「す、ストラトスくんっ……助けて……」

 アルバが伸ばした手を、ストラトスが握ろうとするが、透けてしまって触れない。その様を見て、アルファリアが口を開く。

「是。レイヴンとロータの子であるが故に、レイヴンよりもヴァナ・ファキナの心の琴線に触れたか」

 ストラトスがすぐに反応する。

「どういうことだ?」

「此の龍の鎧と完全に同化するものは、吸収されたときに既に死んでいるか、夢に飲まれたもの、そして極めてこの体と親和性が高いものだ。此の小娘は最後に当てはまっているのだろうな」

 アルバが目の前から消え去り、ストラトスは教会の床を殴り付ける。

「じゃあどうすればいいんだ!」

「ヴァナ・ファキナをぶっ倒せばいいでしょ」

 セレナが淡々とそう言う。ストラトスにシエルが手を貸し、ストラトスはそれを握りしめる。

「あなたの力で、ここから出るわよ。それで止めを刺すの!」

「おう、そうだな……!」

 ストラトスはゾディアックタイムラウンドの前に立つ。そして十二個の光がストラトスに吸収され、ストラトスは竜化する。深い青色の両翼が生え、右腕から光線を放つ。すると空に穴が空き、小型の次元門を作り出す。そして、ストラトス、シエル、セレナ、リータが穴へ向けて飛び立つ。シフルとミリル、アルファリアが並んで見送る。

「追いたければ追ってよかったんですよ」

 ミリルがそう言うと、シフルはくたびれたため息を出す。

「いや、セレナは今を生きる人間。私は未来を変えるためにこの時代に来た異端者だ。これで、良かったのだ」

 アルファリアが鼻で笑う。

「汝は儚い男だ。救世主とは難儀だのう」

「結局、私では世界を救えなかったが……まあ、彼に全てを任せられるのなら、私は生まれてきた価値があったと言える」


 太平洋

「うぐぉぁ!?」

 突然、ヴァナ・ファキナが悶える。

「おのれ……我が写し身が自ら裏切ったと言うのか……ッ!おぐあああああああ!?」

 そして脇腹の辺りから次元門が開かれ、そこからストラトスとシエルとセレナとリータが現れる。次元門が閉じると、今までエネルギーの塊のような見た目だったヴァナ・ファキナの体が固形になり、そして溶解を始める。エリアルが作り出した足場に全員が着地し、そこへ黒鋼とホシヒメが近寄ってくる。

「……無事だったか」

「はい!」

 ストラトスが立ち上がり、頷く。

「貴様らァアアアアアアッ!」

 凄まじい怒号を撒き散らしながらヴァナ・ファキナが起き上がる。

「あいつがヴァナ・ファキナ……!」

 ヴァナ・ファキナは口から極大の熱線を放つ。ストラトスが時間の壁を産み出し、それに全ての熱量を奪われて熱線は消滅する。

「バカな!貴様のような下らんゴミに、我の攻撃が止められるだと!?」

「行くぜクソッタレ!」

 ストラトスが飛び立ち、それに黒鋼とホシヒメも続く。リータがエリアルの傍に立ち、障壁のサポートに回る。

「あら、今回はこっちに味方してくれるの?ローカパーラさん」

 エリアルがリータへそう言うと、リータは神妙な顔で頷く。

「元はと言えば、彼の竜の封印はアルヴァナより授かった私の使命。ここまでの被害になってしまったのは私の不始末ですから、今は貴殿方と共に」

「へえ。殊勝な心がけ、感謝するわ。じゃあ、気を引き締めてここを守るわよ」

「もちろん」

 同時に、セレナは竜化して飛び立ち、シエルは自力でヴァナ・ファキナへ飛んでいく。ヴァナ・ファキナが崩壊しかけている右腕を振り上げて攻撃するが、避けもしないストラトスの時間障壁で受け止められ、ぶつかった反動で腕が砕ける。ストラトスの肩に飛び乗ったシエルはそこから鋼の槍を撃ち出し、ヴァナ・ファキナの右翼がもげる。ホシヒメが放つ光線がヴァナ・ファキナの左半身をほぼ破壊し、セレナの投げつけた長剣がヴァナ・ファキナの額に突き刺さる。

「オオオオオオオッ!」

 黒鋼の渾身の一撃が、巨竜、ヴァナ・ファキナの胸を抉る。

「おのれ……真滅王龍たる我が……ゼノビアごときに討たれた……カスに!」

 ヴァナ・ファキナの咆哮が空間を激しく揺らし、リータとエリアルが生み出す防御結界にダメージを与えていく。

「ただでは死なんぞ、宙核!貴様を道連れにしてやる!」

「……構わない……それで未来が輝かしいものになるのなら!」

 黒鋼の一撃でヴァナ・ファキナの体は完全に崩壊し、その体から溢れ出る凄まじいエネルギーを黒鋼が抱え込んで対消滅させる。

「き、さまらぁ……この……恨みッ……必ず……晴らしてくれるわ……!」

 ヴァナ・ファキナの体は消え去り、力を失ったバロンが落下していく。ストラトスがすぐに受け止め、そのまま地上へ戻る。

 激戦を見届けて、灰色の蝶は去っていった。

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