ママは能力者⑧ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話

ゆうすけ

ベイビーマジック

「あー、もうこの人たちホントに邪魔!」


 ドーム球場のアリーナでうさ耳バニーガール姿のメグはブチ切れて叫んでいた。でも周囲の喧騒はメグのブチ切れなど物の数ではないほど殺気立っている。


「私の子供の認知ー!!」

「今後の養育費ー!!」


 目はうつろになって髪を振り乱し、センターステージに向かって吠え掛かる女たちの姿はさながら五万人のゾンビ集団だ。


「さっきまで曲に合わせて飛んだり跳ねたりしていたのに、あれで妊娠なんてしてるなんて思えないんだけどなあ」


 マークは冷静に周囲を見てコメントする。メグは頷いた。


「だよねー。これどう考えても集団催眠の一種だよねー。そうじゃなければ誰かが魔法を使ったか」

「メグちゃん以外に魔法使える人がいるの? この中に」

「うーん、そうそういるとは思えないけど、五万人いれば一人ぐらいいるかもよ。とにかくユウちゃんだけ助けて行くなんて、あの自衛隊員ホントにサービス悪いわよね。私たちはほったらかしじゃない!」

「それなんだけどさ。あの自衛隊員なんか少し違和感あったんだよね。まっすぐユウちゃんのところに来て、迷わずユウちゃん一人をピックアップして行ったじゃん? なんか助けたというよりも、さらって行った感じがするんだ。おっと危ない!」


 マークが口をはさみかけたところで、目を血走らせた想像妊娠集団と化したファンたちが、ぐいぐいとセンターステージに向かって押し寄せ始める。ステージ上ではBakichiがマイクを振りかざしていた。


「Hey! Yo! 俺のかわいいハニーたち! 認知届はここにあるぜ! ただし、枚数が限られてるからな! 先着順にお前だけのヒーローになってやるぜ!」


 Bakichiのシャウトに一気に球場内が殺気立った。何枚認知届があるのか分からないが、分母は間違いなく五万人だ。これに競り勝って五万分のいくつかのチケットを手に入れる、そう誰もが考えたのは必然だ。もちろん、周囲のファンはただの敵。すぐにあちこちで小競り合いが起き始めた。


「なによ! あんたみたいなクソブス、Bakichiさんの半径一億メートルに入らないでよ! けがれる!」

「おまえみたいなド貧乳に言われたかない。ロリコン変態に肩車でもしてもらってろってんだ!」 


 あちこちで聞くに堪えない罵詈雑言が飛び交い、ファン同士が取っ組み合いを始めていた。その様子はまさしく阿鼻叫喚。もはや目の血走った恐怖の想像妊娠集団。


「Have&Bakichiの二人、あんなこと叫んだら藪蛇なのになあ。なんだかHave&Bakichiの二人の言動も、なんかおかしいんだよなあ。そう思わない? メグちゃん」


 マークが指摘する。メグは人差し指を頬にあてて、一瞬迷っている様子だ。


「んー、おかしいといえばおかしいし、おかしくないといえばおかしくない。けどこれ以上この狂気の中にいると、私も妊娠している気分になっちゃうわね。仕方ない。あんまりやりたくなかったけど、アレで全員いっぺんにゼロクリアしちゃおうか」


 そういうとメグはおもむろに魔法ステッキを取り出してくるりと振り回した。


「マジカル・ミラクル・リリカル・バニー! みーんな赤ん坊になーれ! それー!」


 ◇


「レー、もう諦めるのです! いくら凄腕パイロットでも炎上墜落したらどうしようもないのです!」

「いや! 私、諦めない! ほっといてよ! 私が一人で探すんだから!」


 レーとミサは戦車から降りて一面の雪の中をさまよっていた。

 フジコーの乗っていた戦闘機の残骸が、白い雪原の上にところどころ黒いシミのように散らばっている。その多くは焼け焦げて熱を放ち、周囲の雪を溶かしていた。

 容赦のない一撃で戦闘機を撃ち落としたヘリは、すでに空のかなたに飛び去っている。北国の雪の夜は黒に近い群青のビロードだ。それが二人の頭上に重くのしかかってきている。


「フジコーさん、私は、私より弱い男は嫌いなの! 大嫌いなの! 私より先に死ぬなんて、そんな弱いフジコーさんなんて、大嫌い!」


 レーは焦げ跡が残る戦闘機の破片をひとつひとつ覗き込みながら慟哭している。


「レー。もう、行くのです。泣くのは後でもできるのです」

「ママ、私、見つけたのに……。私を叩きのめしてくれる、私だけのヒーロー、見つけたのに……せっかく、見つけたのに……」


 レーは雪の上にぺたんと腰を下ろすとさめざめと泣いた。単細胞脳筋女ではなく、ただ一人の恋に涙する乙女の嗚咽が、果てしない夜の白い雪原にゆらいでいた。


(レー、とってもとってもかわいそうなのです。その気持ち、ママには痛いほど分かるのです。でも、どうにかして自分で立ち直らないといけないのです……)


 ミサは両手で顔を覆うレーにそっと寄り添って肩に手をかける。


「レー、戦車に戻るのです。いつまでもこんな雪の中で裸Yシャツで泣いていると、冗談抜きで凍死するのです」


 ◇


 一方ドームでは阿鼻叫喚の地獄が、メグのステッキの一振りで一気に静まった。みなぺたんと腰を下ろして呆けた顔をしている。その様子に目を丸くしたマークが声を上げた。


「うわっ、相変わらずエグい魔法使うよね、メグちゃん。これは、どういう効果の魔法なのさ?」

「簡単よ。脳細胞の思考活動を幼児レベルまで落としちゃう魔法。魔法自体はそんなに難しいもんじゃないのよ」

「レベル8ぐらい?」

「レベル4よ。魔法学校二年で習う中級クラスの一番最初の魔法」

「そんなに簡単なの? でも五万人が一気に静まったから効果抜群じゃん!」


 メグとマークはさっきまで取っ組み合って、髪の毛をひっぱったり、噛みついたり、服を破ったりしていた想像妊娠集団の間をかき分けてセンターステージへと向かう。

 今はみなぺたんとアリーナの床に腰を下ろして呆然としたり、ハイハイして進んだり。たまに立ち上がる人もいるが、その歩き方は緩慢でぎこちない。


「うん。五万人に一気に魔法をかけるのは、ちょいとテクニックと魔力がいるんだけどね。五十人に一気にかけれればクラストップの魔力ぐらい。五百人にかけれれば学校一の魔法少女って感じだったかな」


 マークはそれを聞いて目を剥いた。五百人で学校一なら、一度に五万人に魔法をかけてしまったメグは一体どういうレベルなんだろう。オリンピックメダリストレベルでもまだ生ぬるいように思える。それこそ陰陽師で例えるなら千年に一度の安倍晴明レベルとでもいえばいいのだろうか。この人を怒らせるのはやめておこう、とマークは深く心に刻んだ。


「ただねえ、この魔法には致命的な欠点があってねー」


 センターステージまで難なくたどり着いたメグとマークは、指をしゃぶっているHaveと、ぺたんと腰を下ろして手を振っているBakichiのところへやってきた。


「見た目おっさんのまま幼児化するから、ビジュアル的に果てしなくキモいの。それとね」


 Bakichiがメグを澄んだ目で見た。途端に満面の笑みをうかべてメグに飛びかかる。


「ばぶー。ぱいぱいー」


 メグは飛びかかってきたBakichiにがしっと蹴りを入れて吹き飛ばす。


「おっぱいめがけてすっ飛んでくるようになっちゃのよ。えーい、キモい、うっとおしい、来るなー!!」



 ……つづく(いや、もうね。どうしましょう、これ)




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ママは能力者⑧ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214

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