僕と地球と怪獣と

鱗青

怪獣と僕と地球と

『フゴッゴッゴ!抵抗を止めて降参せえ!さもないと人質がどないなっても知らんで!』

「おのれ怪獣…卑怯だぞ!」

 台詞はしっかり安っぽい子供騙しヒーローショー。だが西遊記に出てくる猪八戒そっくりの巨大な怪獣と、マントを翻した覆面男が東京はお台場の国際展示場を背景に対峙しているのは現実だ。

『ほぉら早よせんと踏み潰してまうでぇ。おっちゃん最近加齢のせいかバランス悪いねんなぁ…おとと』

 おどけた調子で短いが巨大な脚をふらつかせる怪獣。彼の真下にさかさピラミッド型の建物があり、中ではコミケの為に世界中から集まった趣味人ギークの皆様が悲鳴を上げている。

 ところが覆面男ヒーロー、両手を突き出して構えをとる。 

『…何してますのん』

「涙を呑んで!怪獣キサマ諸共もろとも東京湾の藻屑もくずにしてくれる!」

『いや待て正気か?ワイだけならともかく人質ンなっとる数万人のタマ取るつもりけ?』

「地球の為、正義の為、私の為だ。皆納得してくれるとも!」

『何ちゅう手前勝手な主義主張!若いヒーローはこれやから!』

「滅べあく…尊い犠牲と共に!」

 あわあわと豚鼻を鳴らす怪獣に、覆面男ヒーローの放った光線が照射。それは爆音と共にオレンジ色の光球を生み出し、展示場周辺全てを包み込んだ。

貴方あなたしゃがみ込んで建物を護っていなければ、東京の地図が少し変わってたでしょうね」

『とんでもない阿保アホや!人間ジブンら生死いきしになんかいっこも気にかけてへんど。あれでもヒーローかい‼︎』

 スペースシャトルもいじれる巨大な格納庫で、これまた大きな培養調整槽タンクに胡座になりながら愚痴をこぼす傷だらけの怪獣。作業服ツナギを着た僕は重機を操作し、彼へ特大ホースから薬液をぶち撒ける。

 ここは富士の樹海の地下深くにある、怪獣の為の前線基地。母星から空間転移ワープで送られてきた様々な物資と設備がある。

 この施設で人間は僕──怪獣の星の機械を使いこなす専門家プロフェッショナル──だけ。あとはドローンと自動運転の機器類で、生命体は存在しない。僕と怪獣ホーム…そう呼べるだろう。

『人間ちゅうのは案外バカなんか?ワイぉへんかったらとっくに滅んどるんちゃいますか〜』

 怪獣が揶揄する。彼が地球に宣戦布告してからというもの、各地での紛争も鳴りを潜めている。皮肉にも、明確なに直面してようやく人類は連帯できたわけだ。

骨肉こつにく相食あいはむ争い事ばかりしていた国が殆どですから。同族いじめが好きな生物なんですよ」

『…そう言やお前ジブン、ここに来てもう何年や?ええ加減ワイに愛想尽かしとらんのけ?』

 僕は笑う。そんな事はあり得ない。

 十年前の高校生の頃。生きているのが辛くて仕方がなかった。毎日便所で殴られ、吸殻を口に突っ込まれて…あの夜も真冬の多摩川でクラスの連中に囲まれ、動画を撮られながら寒中水泳をやらされた。

 溺れる僕を皆が笑っていた。そこへ突然、夜空を割ってオーロラが現れた。皆が仰天する前で光の粒子が大量に降り注ぎ、みるみるうちに怪獣の姿になり。

お前ジブンらそないな事して楽しい?』

 巨体を屈めた怪獣からムッツリへの字ぐちで(なぜか関西弁で)凄まれ、皆は三々五々に逃げ出した…

「僕を裸にして川に落として笑っていた連中から、救ってくれたじゃないですか」

 僕にとっての救い手ヒーローは、貴方だ。やれやれと立ち去る後ろ姿に追いすがり、連れて行ってくれと懇願したのは、僕だ。

 照れる怪獣はブフン、と大きな鼻を鳴らす。

『特別な事しとらんで。お前ジブンの姿が人間の中でもワイに近かったからや。ヘヘッ、ベソかいとってな』

 肥って不細工でドン臭く、オタク気質。地頭だけは良かった。それが幸いして現在は地球外科学オーバーテクノロジーをふんだんに仕込まれた機械も操作できる。言語体系からして異なる科学に触れるのは頭が破裂しそうな日々の連続だった。それだって、虐められ自殺を考えていた毎日に比べたら屁でもない。

「現在二代目のヒーローは、先代と違って非共感的サイコパスな気質があります。非道な手段もいとわないでしょう…油断は禁物です」

『真面目君やなあ』

「それが取柄とりえですから」

『いや本当ホンマのとこ、ワイらの常識からしても凄い事やで。この星の軽く五倍は進んどる科学を努力だけで理解しとんのやさけな』

 僕は手元のタブレットで薬液の濃度、分解速度、怪獣の生体反応バイタルデータを見ながら応える。

「それこそ特別な事じゃない。大切な存在ものの為なら何だって…多分、そういう奇跡ちからを誰でも一つだけ持ってるんですよ」

『ンフゴッフッフ!頼もしいのう相棒。危機ピンチの時は助けてもらおか」

 溜まった薬液に肩まで浸かり、おっさんらしく鼻歌なぞ奏でながら怪獣は目を細める。冗談まで言ってくれるのが嬉しくて、僕は帽子で顔を隠す。

 一ヶ月後、その事態が訪れた。

 小国が侵略されても機能しない国連が、ヒーローに地球上の全ての超音速弾頭ミサイル貸与たいよすると決定した。個人の裁量を超えた兵器をヒーローは予想通り滅多矢鱈めったやたらに使い倒した。腕時計のような誘導装置コントローラーで怪獣を狙い一昼夜、日本列島の太平洋沿いの海岸を追い回し…

 流石のヒーローも弾頭を撃ち尽くし、怪獣と新木場は夢の島公園で対峙した。

『どした?まだワイは余力残しとるど。今日という今日は降参するか』

 ヒーローは怪獣の顔の高さに浮かびながら覆面の口許を歪ませて笑う。

「要求するのは私の方だ。怪獣キサマの身柄と科学を人間側こちらへ引き渡せ」

面白おもろいやんけ。断れば?』

 地面が変形する…いや、地中に隠されていた巨大な特殊鋼板モノリスが砂埃を引いて何枚も立ち上がり、展開図を組み立てるように怪獣の巨体を立方体に閉じ込めた。

 何やこれ、出さんかい!と内側で怪獣が暴れても少しの隙間も開かない。

「その中は怪獣にも効く麻酔ガスと炸薬が入っている。了承するなら麻酔が、でなければ…」

『ドカンかいな⁉︎』

 箱の中で青ざめる怪獣。勝ち誇って高笑いするヒーロー。

 そして僕は。

「落ち着いて、少しの間動かないで!すぐ転移させます!」

 戦闘の為に人払いされた新木場駅の駅舎、屋根に続く非常階段を息を荒げて上りながらインカムに叫ぶ。電磁波の遮断はないらしく、怪獣につけた通信機が拾った安堵の溜息が受信機から聞こえる。

 地球人の僕が操縦できる飛翔体なんて便利な物はない。樹海を出て只管ひたすらバイクを駆り、怪獣とヒーローの戦闘を追尾していたのだ。

 やっとの事で小型化に成功したばかりの空間転移装置。怪獣の星の科学を理解して応用するだけで、この十年を費やした結晶。僕はそれを握って屋根の上を走り抜け、アンテナ塔にしがみついてよじ登る。

『助かったわ、おおきに!…しゃあけど近距離やと確か…になってまうんやなかったか?』

、ですよ」

『それやと中にワイお前ジブン入替いれかわるちゅう事やないか』

 僕は微笑む。怪獣の言う通り。もっと遠くから作動させる事もできたのだが、万が一街中に位置座標が自動設定されれば怪獣に大勢の人間が潰される。それは嫌だった。

 僕の為じゃない。僕の怪獣ヒーローの為。彼がいわれなき非難を受けるなど許せない。

「貴方が信じてくれたから、僕は何だってできる…これが僕の奇跡の力です」

 塔の上は風が強い。帽子が飛ばされ、ツナギの汗が瞬時に冷える。公園の中でそびえる巨大な箱は、怪獣が暴れるせいでシーソーのように揺れている。

 僕にチャンスをくれた。今こそ貴方を助ける時──

「地球征服、成功させて下さいね」

 僕はひと呼吸。

 装置のスイッチを押し込む。

 白光の炸裂が、瞼の裏側に流れ込んでくる。奈落へ飛び降りたように上下感覚が無くなる浮遊感。轟音と、爆発。


『お、目ぇ覚ましたな』

 僕は怪獣の腕の中、心地良い温度の液体に浸かっていた。

 え?

培養調整槽タンクをこないな使い方すんの初めてやったさけ、一か八かの賭けやった。成功して良かった〜』

 基地の中だ。壁のシミまで見慣れた建物なのに、スケール感がおかしい。…縮まっている?

 違う。。怪獣と同じ体格サイズになって、一緒に調整槽の薬液に入っているのだ。

『ちょお歯くいしばり』

 言葉を失くす僕にニコニコと言う怪獣。僕は従順に従った。

 バァン‼︎

 平手打ちだった。格納庫が反響に満たされる。痛みが遅れてやってきて、鈍っていた頭がハッキリした。

『自己犠牲が一番いっちゃんムカつくねん。二度と命を粗末にするなや。ええか‼︎』

 見た事もない怪獣の激怒に、僕は頷く。転移は成功したのだ。怪獣はどうやってか(もしかして外側からは簡単に)あの箱を打ち壊して僕を救い出し、息があるうちに薬液の調節をして僕を治療…巨大化させたのだろう。

『どんだけ心配させるねん…アホが』

『御免なさい…』 

ワイが支配する地球には、お前ジブンが絶対に必要なんや。その…人間との交渉とか、そうゆうんだけちゃうど』

 僕は自分の裸の手足を見下ろした。東京都庁も楽々登れる大きさ。

 もう普通の人間には戻れない。これからの僕は、名実ともに怪獣かれの仲間──というわけだ。

 そしてもう一つ気がついた。

『何やモジモジしよってから』

 裸なのだ。それも同じ体格で。彼我ひがの差異が大きすぎた時には気にも留めなかったけれど、今の僕と彼は一つ風呂に入っているも同然…

『それ言うならワイなんかいつも裸やぞ』

 僕の体に回した腕に力を込め、引き寄せる。直に感じる怪獣の体温。筋肉の硬さと柔らかさ、そして肌触り…心臓が寺社の鐘のように響き出す。

『この基地も流石に巨体が二人やと手狭やな。母星から追加物資を援助してもらおか。ついでに…』

 怪獣はそっぽを向いて頭を掻く。

『ヒーローにならってワイ達も次世代を確保せんとあかんな』

 意味を取りかねた僕に、真面目な顔で迫る怪獣。

ワイ子供次世代作りこさえたないか?』

 確認するまでもなく僕達は双方共、男だ。言い淀む僕に、嫌なんか?と訊いてくる。

『それって可能なんですか…?』

ったり前やがな』

 怪獣はここ一番の笑顔で頷いた。そのまま怪獣と怪人ぼくの影が一つに重なり、調整槽の薬液が波を打ち始めた。二体の胴体が密着し、手足が互いの隙間に滑り込んでいく。やがて荒れ狂う大波が生まれ、白い波頭から格納庫に飛沫しぶきを散らす。それは光の反射で無数の虹を作り出すのだった。

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