第32話 仮面が砕かれるとき

「…………」


 俺の問いかけに、シャドウは答えない。

 しかし抜かれた日本刀からは、かつてないほどの殺気がほとばしる。


「クソ、くそがァッ! 俺の右腕が!! テメェら何してる、オレを援護しろぉッ!」


 周りにいた〈セルフ〉の隊員が一斉に銃を構える。

 電気銃だけじゃない。

 ガトリング砲に火炎放射器といった、面制圧に適した重火器が確実に俺たちを照準している。

 まずい、いくら何でもこの状況では……!


(ダメだ! こんな弾幕を敷かれたら、たとえコイツでも逃げ場なんて……!)


 だがシャドウは、まるで俺を射線上から守るように一歩前に立ちはだかった。


「どうして俺をかばうんだ!? む、無茶だ……お前がどれだけ早くても、避けられるはずがない! 逃げろ! 俺のことはいい、お前だけでも急いで……!」


「……、…………」


「逃がすかボケがァっ!! 撃てっ、撃てーーーッ!!」


 こんなに銃を一斉に向けられ、掃射をかわせるはずがない。


(そうだ。俺は、そんな方法は、知らない)


 ではシャドウは!? 知っているというのか?

 これを避け、なおかつ敵を討つ方法を!?


 シャドウは自分の兜に手を当てる。

 そして、ついに力ある言葉を唱えるのだった……!


「――〈マ、ス、カ、レ、イ、ド〉……ッ!!」


 刹那、雨合羽あまがっぱの騎士はまばゆいばかりの雷光に変貌した。

 それはさながら裁きの雷。

 敵が引き金を引くより速く、轟雷の束と化したその光は、瞬く間に敵の陣形を駆けめぐる。

 辺りに迸る、雷鳴、閃光、そして爆風。

〈セルフ〉の隊員達は、自分が何に殺されたのかも理解できずに絶命したに違いない。

 その雷光の奔流は、まるで嵐の中を泳ぐ龍のごとき流麗さで襲いかかると、尋常でない破壊力をもって辺り一帯を粉砕していた。


「ッッッ……ッ!!」


 おそらくは一呼吸……いや、瞬きすらもゆるやかな時の中だったに違いない。

 再びヒトとしての姿を取り戻した黒衣の騎士は、ただただ平然とそこに立っていた。


「ひっ、ひぃぃぃイイイ……ッ!?」


 仲間達の全滅。

 稲妻のあぎとからかろうじて逃れたキースが、無様に腰を抜かしてあとずさりをする。

 周りに転がるのは、もはや物言わぬ屍と化した残骸のみ。

 いったい何億ボルトの電圧をその身に受けたのか、全身が焼け焦げてていた。


「…………」


 シャドウがキースに向け、刀を構える。


「うっ……ま、待てぇっ! こ、こいつを見ろォッ……!」


 途端、キースは自分のボディを指さす。

 金属で覆われた身体の前面を開く。そこにあったものは……


「ひゃははッ、どうだ見えるか!? こいつはオレに移植された空木博士の心臓よォ! オレの身体には博士の命が移植されているんだ。俺を殺れば、心臓も止まるぞ…… フハハッ!! やれるか!? この俺をやれるかぁッ!?」


「きっ……貴っ様ァァ……!!」


 許すべからず鬼畜。

 キースに向かって身を乗り出す俺を、シャドウの手が遮る。

 しかしシャドウは、かつてない激情をともないながら刀を静かに構えて見せた。

 まるで刀が怒りに呼応するかのように放電に包まれ、刀身が青白い光に包まれる。


「なッ!? お、おい! 聞いているのかッ、オレの身体には……ひぃっ、や、やめ……」


 次の瞬間、シャドウは光り輝く刀を構えたまま突進し、キースの身体を深々と刺し貫いていた。

 刀は空木博士の心臓をも破壊し、更に根深く埋まった接合部からは凄まじい勢いで火花が溢れ出す。


「ば……ばかな……。こんな、はずでは……っ」


 シャドウは刀を振り抜き、もはや用は無しといわんばかりに背を向ける。

 直後、バチバチと稲妻を溢れ出させたキースは、内部から放射状に光を放ち始め……

 カッ! とまばゆい閃光を放ち――


「ぐぅぉおおおおおおああアアッ!!」


 ドォォオンッ! と爆散しながら絶命した。


(つ、強い……!)


 強すぎる。いったいこの殺人鬼は何者なんだ?

 自分が手も足も出なかったキースを瞬殺するその力量。

 そして今、空木博士のことを想うがゆえに垣間見えた怒りの影。


「お前は……いったい……?」


 どうにかして身体を起こしながら尋ねると、シャドウは刀を収めて俺の方を振り返った。

 すると突然俺の前にかがみ込み、膝下と肩に腕を回しながら一気に抱き上げてくる。


「わっ!? な、何をするっ!」


「…………」


 まさかのお姫様だっこ。

 自分がそんなことをされるとは夢にも思わず狼狽ろうばいする。

 しかしシャドウはそんな俺の態度などどこ吹く風なのか、装甲車の並んでいた所からしばらく離れた人気のない場所に連れてくると、俺の身体を静かに……優しく下ろした。


 何とも言えぬ気まずさがあり、俺は憮然ぶぜんとした気持ちになってしまう。


「……た、助けてもらったことは感謝する。だがシャドウ、お前は何者だ? なぜ俺を助けた? それにさっきの変身は……」


 そこまで言いかけた途端。

 不意にシャドウは身に纏っていたレインコートのフードを脱いだかと思うと、続いて自身の……重々しい鉄兜に手を掛けた。


「お、おい……?」


 そしておもむろに兜を脱ぐ。


「――な……何!? お、お前は……っ!!」


 ついに素顔を晒したシャドウ。


 その正体は…………この俺、『空木夏也』だった。


「お、同じ顔……? 俺が、二人いる? ど、どういうことだ! なぜ俺がもう一人!? お前は何者だ!」


 空木夏也が二人もいるなんて。

 まさかこいつは、双子の兄弟だとでもいうのか!?


(待てよ……)


 ……この俺、空木夏也は〈ゼノフェイス〉だ。

 ありとあらゆるモノに成り済ますことができる悪魔の化粧の持ち主。

 では、もしも……

 もしも自分が“デフォルト”だと思っていたこの姿そのものが、変身能力によってもたらされた空木夏也という仮面だったとしたら……?


「……ッ!!」


 ドクンッと心臓が大きく脈打った。

 得体の知れない悪寒が駆け抜け、かつてない頭痛に俺は再び地面へ倒れ込む。


「ぐっ、ァ……ああッ……頭が、割れ、る! そ、んっ……な……ぁあ、あアアッ」


「……つらいんだな」


 目の前にいたもう一人の俺……空木夏也が俺の顔に手を伸ばす。


「いま、楽にしてやる」


 そしてその手のひらが、今度こそ自分の顔を掌握しょうあくした。


「――思い出せ。君の〈自意識セルフ〉を……!」


 〈ゼノフェイス〉の能力。

 もう一人の空木夏也は俺に仮面の力を行使し……全神経にはげしいノイズが走らされた。


「あ、ア、ァァァ……お、俺……我、己……オレ……おれ、はッ! ぁああアアッ!!」


 深淵なる心の闇。

 己の深層心理に封じ込められていた確固とした“自我”が、いま力強き呼び声によって覚醒させられる……。


『――なんてことだ! なぜこの娘が、よりにもよってこの山で死んでいる!?』

『――おい、まずいぞ……完全に脳死している! もしこれが本家の人間にバレたら、俺たちが真っ先に疑われちまう……!』

『――ふ、ふざけるな! 濡れ衣だろうが!? このガキが勝手にここでくたばっていただけのことだろう!?』

『――言い訳などたつものか……! 下手すれば俺らが粛清されるんだぞ……!!』

『――オレに良いアイディアがある……。この娘に、〈アニマ〉と〈仮面〉を宿らせるんだ。あの二つの能力を使えば、あるいは……』

『――待て! 貴重な片割れの一つだぞ!? もう片方が見つかってないのに、使えるわけないだろ! 量産だってまだなんだ! やめろ!!』

『――うるせえ! やらなきゃ俺らが消されるんだよ! おいっ、空木博士を呼んでくるぞ。奴は自分の妻を見殺しにしたことを、えらく悔いていたはずだ!!』

『――そうか、身内を助けれなかった心を利用するのか。そうだな……それしかない! おい、博士に処置を頼むんだ。じゃなきゃ俺たちが会長に殺される!』

『――急げ! 大至急〈仮面〉でこの娘の顔を覆うんだ! 何としても蘇生させるぞ!』


            ――…………俺は……

   ……僕、は…………――

                   ――……私……は……――。


『――湖畔の釣り堀で、Ⅰ号の起動を確認。先発隊、依然として反応ありません』

『――追跡部隊はどうした? 後続の第二、第三連隊がいたはずだろう』

『――し、シグナルロスト! たった今、全滅した模様です……』

『――化け物かッ!!』

『――大佐! Ⅰ号に共鳴し、Ⅱ号の励起れいきを確認。植物状態だった娘が意識を取り戻します』

『――クッ……そうか、よし。〈アニマ〉の記憶共有で暗示を施せ。この娘を別人に“作り替える”!』



 パリィンッ!

 なにかが、砕け散る音がした。

 せり上がってくる情動に突き動かされ、四つんばいになったまま荒く息をつく。

 空木夏也という擬態ぎたいを解かれ、長く伸びた自分の黒髪がバサリと解放される。

 覚醒完了。

 意識は明瞭とは言えないながらも、ゆっくりと回復してくる。

 辺りの風景は、先ほどの郊外の森へと戻っていた。

 そして……目の前の人物からスッと差し出される、小さな手鏡。


 ――そこに……『月影静流』の真の顔は映っていた……。

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