第30話 疑惑と問答

   ◆◆◆


「大佐、無事ですか!」


 近辺に並んだ何台ものトレーラーと装甲車。

 ユング大佐の安否を気遣いながら、一番大きなトレーラーに乗り込む。


 配電盤や機材に囲まれた車内の作戦本部は、幸い何者かに襲撃された痕跡など微塵もなく、大佐は耳にしていた通信機を外しながら迎えてくれた。


「お前こそ無事だったようだな、何よりだ」


「現在、学園の旧校舎を中心に火の手が上がっています。おそらくはシャドウの仕業かと」


「何? なぜあの殺人鬼が、人気ひとけのない旧校舎を破壊する」


「それは……」


 大佐にはまだ、旧校舎で見た〈使い魔〉のことを報告していない。

 それを伝えることは、孝太郎のことも語る必要がある。

 あいつが抹殺の対象に繋がるということ。そこに俺は一抹の懸念を感じていた。

 孝太郎の狂気に触れながら、それでも俺にはあの幼なじみの思惑を否定する資格がない。


 いや、それはおそらく兜都の住民すべてが同様なのかも知れない。

 皆が大なり小なり、戦争経済で利を得、生活の糧にしているのだ。

 この兜都は言うなれば殺人者の町。

 市民が軍需産業の恩恵を受けている以上、それを簡単に覆すことは……。


(いや……もう、そんなことはどうでもいいか)


 俺は復讐のためだけに生きると決めた。

 それに、MASKの兵器開発競争があったからこそ、俺の家族は粛清にあったのではないか。

 ならば、孝太郎の実験とて今や憎むべき標的のはず……


「――旧校舎には、白面孝太郎が利用していた〈悪魔〉召喚の設備があります。おそらくシャドウはそれを破壊したのでしょう」


 見聞きした情報を伝えると、ユング大佐は大きく目を見開いた。


「な、に? 旧校舎だと!? お前はそれを確認したのか!? それに主犯は……白面財閥の御曹司、ミスター・孝太郎だと?」


「はい。この目で確認しました」


「……そ、そうか。で、御曹司はどうした。始末したのか?」


「いえ。ですが孝太郎が……いや、なぜ白面財閥の本家がそんな真似をしているのか、因果関係となる証拠は見つけました。すべては七年前に始まった競合政策によるものです」


 例の機密ファイルを差し出すと、ユング大佐は血走った目でファイルを凝視する。そしてなぜか俺を睨み付ける大佐の瞳には、どこか焦りの色が浮かんでいた。


「……お前、これをどこで見つけた?」


「ワイズマン博士の研究ラボです。先の本社ビルでの騒動の際、偶然地下で」


「…………」


「大佐、教えてください。なぜワイズマン博士の書類に、〈ゼルプスト〉の名が刻まれているのですか? その文書に書かれた〈ゼルプスト〉とやらと、我々〈セルフ〉には何の関係があるんです!? 同じ名だ、偶然だとは思えない!」


「くだらん邪推はよせ。お前はただ役割をまっとうすればいい。白面財閥本家は、得体の知れぬ兵器実験を行っている。……そら、これが本家に協力する者達のリストだ。お前は白面孝太郎に変装し、この者達を暗殺しろ。皆殺しにしたあと、主犯である白面孝太郎を自殺に見せかけ殺害すればいい。すべてはそれで収まる」


「正気ですか? それではMASKの一勢力が潰されるだけだ。残りの連中……開発競争を行っていた〈ゼルプスト〉の連中はどうなります!? あとはこいつらが利権を乗っ取り、MASKを意のままにするだけだ!」


「何も問題はない! その〈ゼルプスト〉とてシャドウにより、殺されているのだろう? ならばMASKは事実上解体されたようなものではないか!」


 肩を怒らせて叫ぶ大佐とは対照的に、俺の感情は冷ややかだった。


「……いいえ。まだ一人……大物が残っています。〈ゼルプスト〉の実行部隊と、それを指揮しているであろう、J大佐なる人物が……!」


「お前は何が言いたいのだ夏也? いや、〈アニムス〉よ。お前は我らの同志だ。まさかその仲間を疑うというのか?」


「疑問には思ってましたよ……。なぜ俺の任務が〈悪魔〉の召喚現場を確認し、実行犯を取り押さえることだったのか。もしそんな設備が本当にあるのなら、どうして施設の破壊命令が含まれていないのか」


「我々が設備を鹵獲ろかくする気だったとでも言いたいのか? 破壊命令は追って伝えるつもりだった。それに我々が〈悪魔〉とやらを欲する理由がない」


「……〈ゼルプスト〉の〈ゼノフェイス計画〉は暗礁に乗り上げていた。開発者の空木博士は死に、肝心の〈ゼノフェイス〉は量産できず、挙げ句には、使用するには電池のように並列起動させる必要があるらしい。これでは各国の首相に成り代わり世界を征服するなど、夢のまた夢だ。だから競合開発されている〈悪魔〉を奪おうと考えた!」


「ハッハッハ!! ……やれやれ、〈アニムス〉よ。想像力がたくましいのは結構なことだが、この怪文書がまったくの偽物であるとは考えたことはないのか?」


「に、偽物……?」


 俺の脳裏にシズ姉ぇのことがよぎった。

 暗示を掛けられていると思った彼女、偽静流には全く暗示を掛けられていなかった点だ。

 あの不可解な現象を思いだし、思わず冷や汗が垂れる。


「そうとも。お前は年相応に、陰謀論に興奮しているだけに過ぎん。第一、〈ゼノフェイス〉の矛盾点はお前が一番よく知っているではないか。……並列起動だと? バカな。その〈ゼノフェイス〉本人であるお前が、何の苦もなく単独で変身を成し遂げているのはなぜだ?」


「……っ! そ、それは……」


「お前は騙されているんだよ。我々を信じろ。我らが提供する情報こそが真実だ」

 

 大佐のいうことが真実……?

 では、あの機密情報はシャドウが用意した全くのデタラメ?


(俺はただ、踊らされていただけだというのか?)


 それを認めれば、認めてしまえば……やはりシズ姉ぇは俺を見捨てたということになる。

 違う……それだけは、それだけは違うはずだ!

 俺はもう、死んだあの人を憎んではいたくない……!


「さあ、分かったら直ちに行動に移れ。まったく……ミスター・孝太郎が率先していたとは驚いたよ。だがこれで本家の連中は終わりだ。お前の力を使って奴らを根絶やしにしろ!」


(くそ……なにか、なにか手がかりはないのか……!?)


 今まで俺が見聞きした情報の中で、なにか綻びとなる要素は無かったか?

 思い出せ……自身の記憶を追想しろ!

 俺はもう、シズ姉ぇを憎みたくないんだ……!!

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