第28話 真実への序曲
プリントに記載された日付は七年前……。
丁度俺が、街を追放された数日前となっている。
【文章ファイル1】
かねてより白面財閥と議題にされていた、MASK社内における新兵器の開発競争が始まる。
会議の議題は、“どうすれば任意に紛争を引き起こし、また、自由に停止させることができるか”である。
我々軍産複合体の理念は、いかに強力な武器を作るかではなく、いかしてに長期的に戦争で儲けるかに焦点が当てられているからだ。
【文章ファイル2】
〈特殊機関ペルソナ〉を筆頭に、J大佐の指揮のもと秘密結社〈ゼルプスト〉が結成される。
MASKの本家が“素顔”と“覆面”の名を関しているのに対し、我々は“仮面”と“己”の名を用いる。覆面は素顔を隠すものだが、仮面は己を偽るものだ。
【文章ファイル3】
空木博士が、変身能力に特化した新兵器〈ゼノフェイス〉を完成させる。
J大佐はこの仮面の力を利用し、複数の工作員を他国の首脳や参謀に一斉に成り交わせることで、政治を掌握させることを提案。
〈ゼルプスト〉の同志は全員が合意したが、開発者である空木博士によって否決される。あろうことか博士は、我々を司法で訴える気でいるらしい。
【文章ファイル4】
秘密会議により、空木博士一家への粛清が決定。
裁判所への根回しも既に完了してある。
反対者数はゼロ。J大佐の命令で空木博士の妻を拉致することに成功する。
J大佐が博士に〈ゼノフェイス〉の量産を強いるが、拒まれる。
脅しの材料として夫人への暗示や薬物投与を試みたが目を離した隙に自決される。
空木博士に夫人の死を、誇張して伝える。
博士は平静を装っていたが、脳波のはげしい乱れを測定器にて確認。
次は息子を人質に取り、より有効な脅迫を行う第二段階へと移行すること決定される。
(何だ……これ……は……)
シャドウが残していったと思われる機密ファイルを読み上げながら、俺は薄ら寒いものを感じていた。
この機密文書には、俺の家族がいかにして陰謀に巻き込まれたかが
そして、見えてくる敵の具体的な姿……。
(本家との開発競争を行う派閥〈ゼルプスト〉だと? 俺が所属している反MASK団体〈セルフ〉とは、英語とドイツ語の違いだけで意味は同じだ。これは偶然か?)
確実なことは〈悪魔〉による戦争の
父さんも元はこのチームに属し、過激な作戦に反対したため粛清されたのだ。
(つまり、こいつらが両親の仇。見つけたぞ……必ず、息の根を止めてやる……!)
明確な目標の把握。自分の中で
しかし続いて〈ゼルプスト〉の名簿を見た瞬間、俺は
仇となる連中の名は、確かにそこに記載されている。
ところがその者達は、自分が手を下すまでもなく………
「既に、死んでいる……。全員ッ、死んでいるだと!?」
ワイズマンを筆頭とした名簿の名前。そして死者のリストにも覚えがある。
そう……こいつらは別に、事故や病気でいつの間にか死んでいたわけではない。
「みんな、最近になってシャドウに殺されているじゃないか! 全員……あいつが殺ったのか!? バカな……連続殺人事件の被害者は、みんな俺達のパトロン……MASKの中の善良な者達ではなかったのか!? どういうことなんだこれは……」
シャドウが残していった機密文章には、まだ続きがあった。
今更だが、このファイルの重要性は凄まじいものがある。
あの殺人鬼がなぜ、どのような思惑でこんな物を俺の前に残していったか不明だが、ここに記載されている情報はどれも貴重なものばかりだった。
俺は、緊張に呑まれながらも次のページをめくる……
【文章ファイル5】
空木博士の息子、空木夏也を〈ペルソナ〉に拉致することに成功。
訓練兵として起用する。どうやら他の少年兵と問題ばかり起こしているらしい。
思いの外、衰弱がはげしい。母親同様に死なれては困るので栄養剤を投与する。
一方、空木博士は妻を見殺しにしたことに相当な罪悪感を覚えている模様。
このまま息子を利用し、経過を見守りたいと思う。
【文章ファイル6】
ここにきて、非常にまずい事案が発生した。
とんでもないイレギュラー問題だ。スタッフも全員が顔を青くしている。
大変な危機だ。このままでは競合どころではなく、本家と全面的な抗争が勃発する恐れがある……。
(……何だ? イレギュラー問題……だと?)
機密ファイルを読みながら、俺は思わず首をかしげた。
あそこで事件でもおきていたのか?
当時、施設内でおきた問題などいくらでもあったが、このあわてぶりはいったい?
押し寄せてくる静かな疑念。
続くページをめくろうとした瞬間、俺の背筋にゾクリとした悪寒が駆け抜けた。
……なにか、いやな予感がする。
本当に、この先を見てもいいのか?
俺はもしかしたら、知らなくても良いような情報まで得ようとしているのではないか?
両親の仇の情報が掴めたのだ。俺にとって、これ以上有益な情報はないはず。
ならば、残りの情報など見なくてもいいじゃないか。
――続キヲ、見テハ、イケナイ。
自分の第六感が、
この全身に駆けめぐる
次のページに、最大の禁忌が書かれていることが
(俺は……)
気が付けば、緊張と恐怖で俺の足はガクガクと震えだしていた。
クソッ……何をやっている。
めくれ! 次のページを読み上げろ。
そこに、俺が知るべき真の価値はあるはずだ……。
「……っ」
胸にせり上がってくる不安の
【文章ファイル7】
――……■■■■、■■。■■■。
ソレを読み上げた時、世界の時間は停止した。
「…………なん、だ。……コレは……。は、はは……。待て……待て待てッ、おかしい……おかしいだろうが!? そんなことありえないッ!」
思わず目を
そこに記載された真実を拒むかのように、何度も同じ文章を読み返す。
だというのに、だというのにも関わらずソレは……決して
――……月影静流、死亡。享年十。
(シズ、姉ぇ……?)
それは、七年も前に月影静流が亡くなっていたという一枚の死亡診断書だった。
(何だ……何なんだよこれは……! どういうことだ!? そんなバカなことが現実にありうるのか……!? ……ありえ、ないだろ……ッ)
シズ姉ぇが死んでいた? 七年も昔に?
では! では……俺が今まで会っていたあのシズ姉ぇは、いったいだれなんだ。
麻痺した思考で、ファイルを読み進める。
そこに
「替え、玉……だと? じゃあ、今生きているシズ姉ぇは……全くの別人? つまり……人違い、偽物だった……と?」
俺が接していた幼なじみ……月影静流は、死んだ事実を隠すために用意された偽物だった。
彼女が別人だと気が付く要素はあったか?
……いや、ない。七年も経てば、性格など様変わりしているのが普通だ。
(そうだ、肝心の孝太郎すら偽物だと言うことに気が付いていないじゃないか。俺もあいつも、あの娘を完全にシズ姉ぇだと思っていたはず……)
更に問題なのは、偽物の当人でさえ自分が月影静流の替え玉だと気が付いていないという点だ。
おそらく彼女は〈ペルソナ〉お得意の催眠暗示、更に整形手術による改造を受けたに違いない。
(本物のシズ姉ぇが死んだのは七年前……つまり、俺が引っ越しをしていった年だ。確か、彼女には半年間の引きこもり時期があったはず……)
その半年の間に、シズ姉ぇの替え玉は用意されたと見るべきだろう。
今も孝太郎と一緒にいるあの娘は、本当の自分が誰であったかも忘れてしまった哀れな犠牲者に過ぎないのだ。
「あんまりだろ……こんなの……」
本物の月影静流はとっくの昔に死んでしまっていた……。
そう思うと急に胸の奥にわびしさがこみ上げてくる。
胸に去来するのは、幼き頃の彼女との思い出だった。
両親が死に、寂しさから飛び降り自殺を図った彼女を抱き留めた最初の出会い。
それからしばらくして心を癒し、笑顔が戻った女の子。
彼女は明るく振るまい、俺もシズ姉ぇというあだ名で呼び親しみ……
そして幼いながらも互いを大切に思い、将来を信じて疑わなかった二人。
『――これ、本当にわたしにくれるの……?』
『――ありがとうっ! 夏也っこれ、わたし一生の宝物にするねっ!』
『うぅっ、待ってる……わたし、夏也が迎えに来てくれるまで絶対に待ってるから……ッ!』
あの言葉を交わした少女は……
もう、とっくの昔にこの世からいなくなっていたのだ。
(あの別れの日が、見納めだったなんて……)
彼女が孝太郎とあっけなく結ばれていたのも、今では頷ける。
俺との約束を忘れていたのではなく、そもそも約束などしていない他人だったのだから当然といえば当然の帰結だった。
「あっけないもんだな……小さい頃の約束なんて、本当にさ……」
乾いた声で、
やがて思い至ったのは、どうしてシズ姉ぇが死んだのかという原因だった。
【文章ファイル8】
月影静流の遺体に外傷は無し。おそらくは背負っていたリュックが転落の際に衝撃を吸収したのだろう。しかし頭蓋が揺さぶられたのか、脳死は確実の模様。
山の
生前、複数聞き込みをしたらしく、友達らしき少年を捜し回っていた様子。
「……ッ!?」
――ドクン、と。心臓が大きく脈打つ。
(ちょっと、待て……待て、よ。おい……)
形容できない不安が背筋を駆け上り、俺は呼吸をするのも忘れて文章を読む。
【文章ファイル9】
リュックの中からは、数日分の着替え、二人分の弁当。いくつかの手紙が発見される。宛名はすべて同一人物、空木夏也へ差し出されたもの。
転落死した事故の現場が、〈ペルソナ〉の基地付近の山だったことから、おそらくは音信不通になった空木夏也の安否を気遣い、当人を捜しにきたものと推察する。
「…………ッ、……っ!」
ドクン、ドクンと。
呼吸を忘れた自分に酸素を求め、心臓がやかましく音をあげている。
うる、さい。うるさいうるさいうるさいッ!
ちょっと……静かにしていてくれ……っ
(七年前に、俺を……捜しにきた? シズ姉ぇが……? そしてそのせいで、あの山で迷い、崖から落ち……死亡した……?)
あの頃の俺は、ひたすら二人からの救助を信じ、連絡が来るのを待っていた。
だが手紙など一通も届かなかった。
……当然だ、彼女は死んでいたのだから。
俺はそんなシズ姉ぇを怨み、どうして助けに来ないのかとひたすらに彼女を呪った。
憎かった……。見捨てられ、裏切られたという気持ちで心がいっぱいだった。
だから俺は、告げたのだ。
そう、その時まで月影静流本人だと思っていた相手に、俺はあの時何を言った?
シズ姉ぇに向かって、俺は……俺は、“彼女に対し”何と叫んだ……!?
『黙れッ!! お前は俺を見捨てた……見捨てたんだよッ!! ……あァそうさ、俺は復讐のために舞い戻ってきた! なのに過去にこだわるのが
「う……うあああああぁぁぁあぁアアアアーーーッ!!」
魂から絞り出すような絶叫が喉元から
響き渡るのは
心が砕けるかのような
「俺は……ッ、俺はぁっ……なんて、ことをォ……っ!!」
本当の俺は、シズ姉ぇに見捨てられなどしていなかった。
彼女は俺のことを心配し、あんな遠い山にまで捜しに訪れ…ッ、そして、足を滑らせ、谷底に落ち……死んでしまったのだ……!
「シズ姉ぇ……シズ姉ぇッ、グッ、ォォォ……ぉぁああああアアッ!! ……ごめん、ごめんッ 俺の、俺なんかのせいで……命をッ、う……ぁあぁぁッ……」
あの人は……シズ姉ぇは最期まで俺の身を案じ、助けにきてくれていたのだ……。
裏切りなど元より最初から無く、なのに俺は……今の今まで、ついぞ彼女を信じてあげることができなかった。
「…………ッ、俺、は……っ!」
今、初めて思い知る……。好きだった人を憎むのが、どれほど辛いことであったのかと。
だれかを憎しみ続けることが、どれほど俺の心を
愛されていた。俺は……最後の最後まで、本当に彼女に愛されていたのだ……!
(シズ姉ぇっ……シズ姉ぇ……ッ!!)
今この瞬間、想いは報われ、俺は過去の呪縛から解き放たれた気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう……ありがとぅぅ。シズ姉ぇぇ……っ、うっ、ううぅぅ……~ッ!!」
途切れることのない嗚咽。最後に声を上げて泣いたのは、いったいいつだろう。
ひとしきり泣き続けた俺は、どこか……憑き物が落ちたように心が軽くなっていた。
(もう、未練はない)
俺が生きた証は確かにあった。ならばあとはこの身を復讐の刃とし、敵を討つだけ。
両親の粛清に荷担した連中は、シャドウによってあらたか始末されてしまったようだが、それはMASKの内部にいた連中……片側のチームだけのようだった。
他のファイルをざっと見て分かったのは、〈ゼルプスト〉は二つのチームに分かれていたということ。
作戦を指揮する上層部と、直接手を下す実行部隊の二つである。
シャドウが殺したのは上層部……ほぼインテリ層のすべてだ。
だが、このJ大佐とやらだけはまだ逃げ延びているらしい。
おそらくは実行部隊と合流しているのだろう。
(逃がすものか……必ず殺してやる)
とりあえず、この情報を仲間の元へ持ち帰らなくてはいけない。
俺はラボを抜け出そうとし……そして機密ファイルの最後の一文にふと目をとめた。
【文章ファイル10】
――XENO=FACE・Ⅰ&Ⅱ
空木博士の協力と処置により、我々はイレギュラー問題の克服に成功する。
しかし変身ユニットを起動させるには、仮面を並列励起させる必要があることが発覚。
ユニットの片方は、未だ行方不明。今後どうにかして確保しなくてはならない。
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