第41話 ポーラスター 国見サービスエリア
国見サービスエリアは、SAとしては大きい方だった。
長いランプをのぼった先にある、たっぷりと広い駐車場。長い建物の左右にトイレ施設。中央にはフードコートとショッピング・コーナーがあるのだが、いまは人っ子一人いない。
いつもは乗用車やトラックで埋まっているはずの駐車場にも車両は見当たらず、だだっ広いアスファルトの平地に、白線のみが走っているさまはまるで荒野。
黒崎は白線を無視してポーラスターをどっかとトイレの前に横付けすると、ギアをニュートラルにして、サイドブレーキをかけた。
「んじゃ、まずは倉木のトイレからな」
ちらりと後ろを振り返りながら、操作スイッチに手を伸ばす。
女子相手にトイレとか大声でいうのはまずいのでは?と退助ははらはらして後席の倉木を振り返るが、彼女は、自分のトイレが先であるのは当然であるとばかりに、車椅子を乗降ハッチの前に移動させている。
退助は倉木が降車したのを確認してから、ドアを開けてステップを降りた。
外はすでに夕暮れが迫っている。
建物の向こうに走る稜線のうえまで赤く染まった太陽が降りてきていて、それを追うように巨大な月、惑星ラクシュミーがサイリウムのような緑色の光を放っている。深い緑色のラクシュミーは、まるで空を覆うような巨大さ。片側が淡いターコイズ・ブルーに輝いているのは、地球が放つ青い光を受けているからだ。
紺碧色の空に、赤い夕陽と青緑の月が浮いている。さらに高いところには銀色の月。なんとも幻想的な光景である。あの美しい惑星から恐ろしい侵略者たちがやってきているとはとてもとても信じられなかった。
目を凝らすと、恐ろしいほどに美しい放浪惑星の表面は、分裂を開始した受精卵のように、等間隔の直線で区切られている。まるで何者かが造った人工物のようだ。もしかしたら本当に、テレビで誰かが言っていたように、あれは天然自然の惑星ではなく、ジャバラが宇宙を渡るために作った宇宙船なのかもしれない。
ぶーんと音を立てて、駐車場のあちこちで街頭に光が灯った。暗さにセンサーが反応して、照明のスイッチが入ったらしい。時を同じくして、建物の明かりも点く。
「この辺りは、電源が生きているようだな」
ポケットに手を突っ込んでトイレに向かう黒崎が、周囲を見回しながらつぶやく。
「寝るときは、駐車場の隅までポーラスターを移動させた方がいいな。なにかの気まぐれでジャバラに攻撃されたらたまんねえから」
が、退助が振り返ると、高速道路本線のLEDも点灯している。
いつも明かりがついていて、それでもジャバラに破壊されていないのなら、今日もだいじょうぶだと思うのだが、そこは口には出さなかった。
退助たちはトイレを済ませると、倉木の車椅子と合流し、ぶらりと屋内のショッピング・コーナーへ行ってみた。
明かりは点いているが、人は誰もいない。だが、棚の商品はすべてなくなっていた。
業者が回収したというより、避難する利用客が根こそぎ持って行った様子だ。全体的になんか、荒らされた印象がある。
「こりゃ、食べられるものは……、無いな」
棚の下のストッカーを開けてみて、そこも空っぽなのを確認した黒崎が残念そうに肩をすくめる。
「あったら盗み食いするつもりだったんですか?」
退助が揶揄すると、黒崎はとぼけた顔で返答する。
「いや、戦時徴用さ」
黒崎はフードコートへすたすたと向かうと、躊躇なく厨房へ入ってゆく。
「なにやってるんですか」
「食料調達」
「窃盗ですよ」
「孫子の兵法にいわく。上兵は敵に食むってね。ま、フードコートは敵地じゃないけど」
「ポーラスターに食料は積んでないんですか?」
「あるよ。十分な量。だが、いつなくなるか分からないし、俺たちもいつまで生きているか分からない。案外、世界が滅亡するまでしぶとく生き残るかもしれないぜ」
「案外世界はすぐに滅亡するかもしれませんけどね。たとえば、明日くらいに」
「それ、洒落になってねえわ」
黒崎はけらけらと笑った。
「明日には滅亡しません」
後ろからモーター音を響かせてついてくる倉木が反論した。
「人類滅亡までにはどう少なく見積もっても、あと一年はかかります」
退助と黒崎は歩きながら同時に倉木を振り返る。
退助はなにも言わなかったが、黒崎は肩をすくめて「リアルな数字をいうなよ」と小さくつぶやいた。
「今日の晩飯はここにあるもので済まそう」
フードコートの洋食屋の厨房を確認してきた黒崎が、上着を脱いでカウンターの上に放りだす。
「冷蔵庫にあるもので、俺が作るよ」
「黒崎さん、料理得意なんですか?」
退助が心配になって訊ねると、黒崎は肩をすくめる。
「特に得意じゃない。ただ、レトルトのカレーと、レトルトのポテトサラダと、レトルトのハンバーグがあったからな」
「全部レトルトですね」
「サービスエリアのフードコートなんて、そんなもんだろ。野菜もあったんだが、全部傷んでるから、レトルトしかない。でも、ここで俺たちが食べてやらないと、レトルトたちもやがて駄目になる。ま、賞味期限が二年くらいあるから、人類滅亡の方が早いけどな。ちょっとまってて、お湯が沸くまで時間がかかるから」
退助と倉木はフードコートの端っこのテーブルについて、黒崎の調理を待つことにした。椅子をどかし、倉木がテーブルにつくための場所を作る退助。そのあと、冷水器から水をくんで人数分のコップをテーブルに並べた。
「ありがとうございます」
ちょこんと頭を下げたが、倉木は水には口をつけない。
なんか変な沈黙が二人の間に流れる。立っているわけにもいかず、退助は着席した。倉木の斜め前。四人席だから、ここ以外の選択肢はなかった。倉木の真正面も、倉木の隣も、退助にはハードルが高すぎる。
なにか話さねばと焦った退助は、当たり障りのない質問をしてみる。
「倉木さんは、いくつなんですか?」
「え!?」
車椅子の女子は、驚いたように目を大きくした。顔をあげた拍子に、つややかな黒髪が揺れる。
「……ふたつです」
ちょっと不機嫌に返された。
「ふたつ? 二歳ってこと?」
「え!? 歳の話? バストじゃなくて?」
「いや、だれもバストの話なんてしてないでしょ!」
「だって、わたしの胸見ながら訊いたじゃないですか」
「見てませんよ」
というより、退助は人の目を見て話すのが苦手なのだ。
それを言おうか迷って、また変な沈黙が流れる。
「……二十歳です」
「え、そうなんですか」
また変なリアクションをしてしまった。てっきり倉木の外見から十七とか十八くらいだと勝手に想像していたのだ。もっと年下だと思いました、と言いかけて、口をつぐむ。女性に対して幼く見えると言うのは失礼なことだと気づいたからだ。でも、老けて見えるも失礼なはず。
難しい。女性との会話は、退助には難しすぎる。
退助はまたまた、何をいっていいか分からず黙ってしまう。倉木の顔をさけて目線を下げるが、また胸を見ていると勘違いされたらまずい。はっと目を上げと、今度はばっちり彼女と視線が絡み合った。
あっ、と思うが外せない。
倉木の瞳は、鮮やかな焦げ茶色。美しく澄んだ瞳は、まるで見る者を吸い込む魔法の鏡のようだった。
「ごめんなさいね」
ふいに倉木が口を開いた。桜色の唇が、可愛く動く。
「ふつうの中学生のあなたを、生きて帰れない作戦に無理やり参加させてしまって」
「いえ」退助は首を横に振る。「どこでなにをしようが、生きて帰る保証のない現状ですから。最後に楽しい旅ができて、良かったです」
倉木は返答のかわりに口を尖らせた。
「明日には、わたしたち、死ぬ予定だけど」
「この旅に出なかったら、きのう死んでいたかもしれないです」
退助は微笑した。
そのタイミングで黒崎がテーブルにやってくる。
「少し時間かかるぞ」
「お湯は沸いたんですか?」
「お湯もだが、ご飯を炊いている。ガス炊飯器があったからさ、それを使ってさ。ガスのご飯はおいしいぞ。調子に乗って十合も炊いちまったよ」
「なんでそんなに炊くんですか? ここで営業開始するんですか?」
「いや、ガス釜だからさ。たくさん炊かないと駄目なんだよ。だから、ちょっとまってて。今夜はカレーだぞ、ハンバーグカレーな。レトルトだけど」
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