第39話 退助 恫喝


 ジャバラの侵攻が本格化したのは、退助が相模原の避難所について三日ほど経過した時点だった。

 そのころには退助のインチキ超能力者という素性もばれ、少年たちからの暴力も本格化していた。殴る蹴るがエスカレートし、その狂気に満ちた乱痴気騒ぎがやがて自分の命を奪うことになるだろうと、退助はうすうす感づき始めたころだ。

 そんなとき、日本を含む世界各国の大都市に、ジャバラの殲滅機械が大挙して押し寄せたのだった。


 金属製の八本足の怪物シュンビンは、まるで巨大なタランチュラだった。全高はゆうに二十メートルを超え、二階建ての建物よりも大きい。頑強な脚で走る速度は平地で三百キロを超えるという。殲滅兵器アナイアレイターやイレイザー・キャノンを標準装備し、一機で街ひとつ粉砕するのに一時間もかからない火力を有していた。

 シュンビンより少し小型の四脚戦車は、シチュウ。こちらはトラック・サイズの鋼鉄の熊だ。小回りが利き、多数の小火器と、胴体の中央に大型のオキシジェン・ブラスターを装備している。優秀なセンサーと、軽快な運動性でもって、逃げる人間を容赦なく狩った。動くものはとにかくなんでも破壊する。人、車、電車。エレベーターやエスカレーターがある建物は、基礎から天井まで粉々に粉砕した。

 このジャバラの多脚戦車は、まったく容赦のない攻撃者だった。

 動くものと見れば片っ端から破壊する。センサーに反応したものは、ひとつ残らず破壊光線を浴びせ、動かなくなるまで一切の手加減がない。しかも、二十四時間不眠不休で動き回るのだ。

 こんな怪物部隊が、おもにヨーロッパの沿岸都市、南アフリカ、アメリカ西海岸で暴れまくった。

 日本も例外ではなく、北海道から青森にかけての、北部の都市が狙い撃ちされたらしい。

 だが、本当に恐ろしいのは、これらの多脚戦車ではなかった。

 この戦車には、悪夢のような殺戮機械、ブシが多数乗り込んでおり、この狂戦士のごとき金属の殺人人形がふるう猛威は、人間たちを恐怖のどん底に叩き落した。ブシは、人間狩りの専用機械だったのだ。


 あちこちの都市がブシの大群に襲われたらしい。だが、その映像はなかなかニュースでは流されなかった。理由はブシの攻撃があまりにも残虐だったからである。映像自体はあったのだが、テレビ放送で流せる内容ではなかったし、インターネットに制限がかかっている状態で動画サイトに上がることもなかった。だがそれでも、テレビ放送はその危険度を伝えるために、画面のほとんどにモザイクをかけて、人間に襲い掛かるブシの動画を一部放映した。

 それは逃げる男性に背後から駆け寄った人型の黒い機械が、頭部の巨大なハサミを用いて人を狩る瞬間を写したもので、そのものずばりはモザイクの向こうなのだが、起こったことは誰が見ても想像がつく映像だった。

 ブシは金属の身体で出来た人型。ただし、身長は三メートル近くあり、肘と膝が人間とは反対方向へ曲がる。その姿は、ジャバラがあたかも人に擬態させて作った殺戮兵器だが、コピーが不完全で、人に近いがあまりに異様な形態をしており、見る者を逆に恐怖のどん底につきおとす存在であった。

 奴らはバイクに近い速度で走り、あっというまに人に追いついて、頭部を変形させた巨大なハサミ、もしくは本来手がある位置についた四指のチェンソーでもって人間を野菜のように切り裂いた。多くはハサミで首を切断され、まれにチェンソーで背中を裂かれて背骨を抜かれ、人は殺されるらしい。

 らしい、というのは、きちんと報道されていないから、ニュース映像を見た人たちの勝手な憶測である。そんな怪物が襲ってきたら、隠れる場所のない避難所なんぞ、あっという間に全滅させられる。何しろ相手は、自由に空を飛びまわる飛翔体や、六脚で高速移動する多脚戦車で移動してくるのだ。

 人型であり、サイズも人間にちかいブシは、人が建物の中に隠れても、その扉をこじ開け、壁を突き破って襲って来るらしい。どこにいても、どんな場所に隠れても、一度襲われたら助からない。なんの躊躇もなく、黒い金属の人型機械は人間の首を刈って回るのだった。そのさまは、あたかもミツバチの巣を襲うスズメバチそのもの。

 彼らは、容赦なく、作業のように、人間の首を、ちょきんちょきんと刈り取ってゆくのだという。


 退助がいった相模原の避難所には、中学生から高校生の男が大勢いた。おそらく全員で二十人を超えていたのではないか。退助は数えたことはなかったし、他の誰も数えたりしなかったろうから、正確な数は分からないが、たぶんそれくらいだろうと思う。

 その男子たちを束ねていたのが、山賀という男だった。彼はすでに学生ではないようで、工事現場で着るような作業着を着込み、頭に手拭いを巻いていた。だが山賀は決して大人たちのグループに入ろうとはせず、まるで当然のような顔をして退助たち学生グループの中に紛れ込んでいた。大人たちが分担してやっている仕事のローテーションには入ろうとせず、ガキどもを率いて、偉そうに命令ばかりしていた。

 そんな山賀が突然、坂をくだった先にある隣の避難所の奴らを締めに行くと言い出した。

 その一言で退助たちは列を成し、舗装された山道を下って、低い場所にある小学校の体育館をめざした。いったいこれから何が起こるのか、退助には想像もできなかったが、ガードレールの向こうに茶色い校庭と、新しめの体育館が見えたあたりで、突然山賀が立ち止まった。

 じっと声もなく立ち尽くし、微動だにしない彼の視線を追った退助たちは、小学校の校庭に駆け出してきた大人たちの影を見下ろす。年齢も性別も、走る速度もばらばらな避難民たちが、一様に必死の形相で校庭に走り出してきて、そのあとを猟犬のように走る黒い影法師たちが追いすがる。

 影はあっという間に避難民たちに追いつくと、その瞬間に頭部をふたつに割り、裁ち鋏と化した部位でもって避難民たちの首を断ち切った。

 ぽんぽんと小気味よく、逃げる人たちの首が飛ぶ。首を落とされた身体は、まろぶように校庭に倒れ、その足元に黒い玉のような頭部が転がる。

 退助は呆然とその地獄絵図を、山賀たちの後ろから俯瞰した。

 さっと全身の血が凍りつき、体中がかじかむような寒気に震える。自分で自分の見たものが信じられない。それはまるで、なにか質の悪い冗談のようにしか認識できなかった。きっと脳の理解がついていかないのだろう。そのときの退助の心は、恐怖よりも滑稽さを感じていた。

 突然、先頭の山賀がくるりと振り返り、もの凄い勢いで、いま来た道を駆け戻り始めた。バネの壊れたカラクリ人形のように、勢いよく手足を動かし、何者かに憑りつかれたように、狂気を孕んだ速度でアスファルトの舗装路を駆け上がってゆく。

 その後ろ姿に触発されたように、退助の周囲の少年たちも悲鳴をあげて走り出した。

 十人以上で徒党を組んで、生意気な奴らを締めに行くと息巻いていた少年たちは、行く手で繰り広げられたジャバラによる虐殺に、心魂を震え上がらせ、聳え立つような恐怖の津波に追われて逃げ出していた。

 山賀はいつも、自分は一対一の喧嘩で負けたことはない、以前には三十人相手に喧嘩して勝ったこともあると自慢していた。その自慢話がたとえ本当であったとしても、それは所詮『人類』という枠の中の、『自分たち』という小さい池の中での話でしかない。

 本当に広い世界の中では、喧嘩が強いなどという自慢は、荒海の水泡のひとつ程度の価値もないのだ。


 坂の上の中学まで逃げた山賀たちは、校舎の一階のいつもの教室に集まった。全員いることを確認した山賀は、退助たちへ突き刺すような真剣な目で命じた。

「いいか、このことは、誰にもいうんじゃねえぞ。俺たちだけの秘密だ。もし裏切った奴がいたら、そんときはマジで殺すからな。これは、言葉そのまんまの意味だぞ。こんなご時世なんだ。中坊の一人や二人消えても誰も不思議に思わねえ。ジャバラにやられたんじゃねえの?くらいなもんだ。いいな、分かったらお前ら、他の奴らにはぜったい黙っとけよ」

「でも……」

 山賀にいつもべったりな小栗が珍しく反論した。

「このままじゃあ、やばいんじゃ……」

 たしかにその通りである。

 ジャバラのブシが下の小学校に出たのだ。つぎに出るのはここである可能性が高い。あのまま奴らが坂を上ってきて、ここを襲わないとどうして言えよう。

「なんだ、おめえ。俺に逆らおうってのか?」

「そうじゃないけど」小栗は口ごもる。「あいつらがあそこに姿を現すってことは、ここだって……」

「どこにそんな証拠があるんだよ。言ってみろよ」

 山賀のそれは、恫喝だった。その睨みの利いた視線に、小栗ばかりではなく他のみんなもしゅんと黙り込んだ。

 後ろの方で山賀の様子をうかがっていた退助は、正直うんざりだった。

 真っ先に逃げ出した山賀。そのくせして、それを必死に取り繕う山賀。さらに、自分の体面をみんなの命より優先する山賀。

 退助はとてもつき合っていられないと腹の底で思ったが、顔には出さなかった。表面は真剣な表情で山賀の言葉にうなずきつつ、頭の中では自分ひとり逃げ出す算段を整えていた。

 とにかく、話が終わったら、ここから出て山を登ろう。山の奥に行けば人が少ない。人が少ない場所をジャバラのブシがわざわざ探索してまで人間狩りをするとは思えない。

 そこまで考えて退助は、はっと気づいた。

 山の奥に逃げて、それからどうすればいいのだろう。避難所のない、食料の支給もない場所で、自分はなんの道具もなく生きられるだろうか? いやそれは無理だ。

 どこか別の場所へ。別の避難所へ移動する必要がある。でも、別の避難所って? それはどこにある? そして、そこは果たしてジャバラに襲われないのか?

 いいや、ない。いまこの地上に、ジャバラに襲われない安全な場所なんて、もうどこにもないのだ。退助はその事実に突き当り、がっくりとうなだれた。

 もう、以前の生活は二度ともどってこない。もう地球がもとにもどることはないのだ。

 人類は絶滅するだけ。

 いや、人類のことはどうでもいい。自分が絶滅してしまうことこそが重要なのだ。

 もう、どこに逃げても助からない。ならば、いっそジャバラのブシに襲われて、一瞬で楽になった方がいいのではないか。異星人の核兵器で跡形もなく消し飛んでしまった方が楽なのではないか。

 退助は山賀の恫喝の声が響く教室で、ひとり静かに絶望していた。

 もう、どうにもならないという、この状況に。この現実に。


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